第83話 プール

 プールに入ると、この家の贅沢さを思い出す。


 何せ部屋大量、大容量倉庫付き、プール付き、家の意思付きだ。部屋の明かりなんてほとんど意識せずに、自動で点いたり消えたりするのだから頭が下がる。たまに自動で音楽も流れる。


 とくにプールは、そういう『家の遊び心』が、一番によく出てくる場所だ。プールの端に置いてあるレコードは、人が来れば勝手に音楽を流すし、状況によって音楽を使い分ける。


 そして何より、プールの水がその時々で動きを変えるのだ。ちょっとした渦潮の要領で流れるプールになったり、謎の動力で波が発生したりと楽しい。何ならプールそのものの形も変わる。


 今は流れるプールになっていた。俺は浮き輪の上で外縁を流されるままに漂い、まだ体力のあるモルルとアイス、トキシィは渦の中心近くでグルグル回っている。


「「「キャー! あはははは!」」」


 元気だなぁ、と思いながら、俺はぬぼっと流されるばかり。ちゃんと住んでると、この家マジでいいな……。感謝感謝。


 そんなことを考えていると、俺の浮き輪を掴むものが現れた。


「ん?」


「ウェイド楽しそう。あたしも乗せて」


 水着姿のサンドラが、俺の浮き輪を掴んでいた。いつもの様な金髪のサイドテールと、その白い肌を惜しげもなく晒す黒のビキニ。均整の取れた体は美しささえ感じる。


 それに「お」と俺は言った。


「今日は家にいたのか」


「ノー。軽くクエストこなして帰ってきた。そしたらプールから遊びの波動を感じ取った」


「マジか、悪いな。こんな浮き輪で良ければ乗ってくれ」


 俺が浮き輪から降りようとすると、サンドラはまさかの俺の上に腰を下ろした。


 そして流れるプールを流れ始める。


「……サンドラさん?」


「最近アイスが一歩リードしてる感が否めない。ここはリードを取り戻しておくに限る」


「何の話?」


「つーん」


 サンドラは俺の上に寝そべったまま、俺の顔からそっぽを向いてしまう。だが全身で乗っかってくるので、その重みと言うか、弾力と言うか、意識させられてしまう。


 サンドラの金髪が、俺の胸板に載せられていた。良くないのが、サンドラの小ぶりなお尻が俺の腰の真上にあることだ。


「サンドラ、その、マジでどかないとそろそろ俺の俺が……」


「ウェイド、この上はバランスが悪い。ちゃんと押さえてて」


「は?」


 俺はサンドラに手を取られ、お腹のあたりで両手を抑えられる。


 ……お腹とはいえ、女性の素肌にがっつりと触れるのは、何と言うか、柔らかさと言うか。


「サンドラ、……だいぶ大胆過ぎないか」


「このくらい余裕」


「その割に顔赤いけど」


「……あたしにだってドキドキすることはある」


「嘘だぞ」


 無表情でサンドラは俺の顔を見る。そして、その口がふにゃっと歪んだ。


 顔が、僅かに赤く染まる。


「もてあそばれた」


「はは、鎌掛け弱過ぎだろ」


「復讐」


 サンドラは俺の上でぐるりと反転する。俺に向けられていた背中が上を向く。


 要するに、サンドラの形の整った胸が、俺の腹の上で潰れる。


「……サンドラさん。降参です」


「勝った。勝者の権利としてこのまま一時間耐久」


「それ多分別の勝負始まる」


「あー! ウェイドがサンドラとイチャついてる! モルル、アイス、襲撃だぁー!」


「「おー!」」


 トキシィの声に反応して、プールの流れが止まる。三人が勢いよく泳いできて、そのまま俺の上にわさっと覆いかぶさってきた。


 浮き輪ごと全員で水の中に沈む。水色の世界の中で、泡が乱れながら上に昇っていく。そして俺たちはいっせいに水上に顔を出し、顔を見合わせ、吹き出すように笑い合った。


「いやー襲われっぱなしだ。勘弁してくれ」


「ダメでーす。ウェイドはもっとこの水着美少女に囲まれた状況に感謝して、堪能してってくださーい」


 意地悪な笑顔で俺の腕にトキシィが抱き着いてくる。トキシィの控えめだが確かにある胸が俺に押し付けられている。


 そうなるともう俺には抵抗の手立てがない。


「頼むって~。みんなの水着は散々褒めたじゃんか。これ以上どうしろってんだ」


「そう言って、ウェイドくん、笑顔、だよ……っ?」


「アイス、俺は口じゃあこんなことを言ってるが、この状況が嫌な男はいないって」


「素直なんだか素直じゃないんだか」


「ウェイドは色仕掛けに弱くて素直。全部本音と見た」


 つんつんとサンドラが俺の頬を指で突いてくる。「俺のことをよく分かってるよ」と俺は肩を竦める。


 そこで、家の方から「おうウェイド。この世の春じゃねぇの」と声を掛けられた。


 俺はそちらを見やって、「おお」と声を上げる。


「アレク、久しぶりだな。クレイから最近忙しかったのは聞いてたけど」


「ま、ちょっとな。しかし眼福だな。まったく、美少女ばっかり集めてよ」


「そういうつもりでメンバー集めたつもりは全くなかったけどな」


 何やら用がある、という態度だったので、「ごめんな」と前置きして、俺はアレクに近寄っていく。


「それで? 何の用だよ。アレク金にならないことしないだろ」


「そりゃ心外だな。俺の行動に無駄がないのは認めるが、多少の老婆心で動くことだってある」


「ってーと?」


「メタモルドラゴンだよ。苦労してないか?」


「苦労はしてるよそりゃ」


「カッカッカ! そう答えられるなら大丈夫そうだな。どれ、ちょいと顔を見せてくれよ」


 俺は「アイス」と呼んで、抱えているモルルをアレクに見せる。


「アレク、ウチの可愛い一人娘のモルルだ。モルル、この胡散臭い兄ちゃんはアレクだ」


「あははっ、うさんくさーい!」


「おいおい、俺ほど誠実な男はいないってのに。だが、随分可愛がってるのは分かった。可愛い子じゃねぇの。貴族令嬢でもないのに、本当にキレイどころばっかり集まりやがるよな」


 俺をからかってから、アレクはモルルに向かって言う。


「実は俺もこの家に住んでたり住んでなかったりするから、たまに遊んでくれよ、モルル」


「えー、どうしよっかな」


「何だよおい。生まれて数週間でもう魔性の女か? こんなもふもふの髪しちゃってよ。角はどこに隠れてんだ? え?」


 言いながら、ワシワシとアレクはモルルの頭を撫でる。


 すると、表情を変えた。かなり大きな違和感に、アレクの顔から笑みが消える。


「……おい、ウェイド。角はどこだ」


「え、多分ないけど。どうした」


「ない? ない訳ねぇだろ。メタモルドラゴンだろうと、ドラゴンには角がある」


 言って、アレクは強い力でモルルの頭を調べ始める。モルルは痛くはないだろうが、その手荒い手つきを体験したことがなく、「え、え」と驚いている。


「アレク、さん。やめて……! モルルには、本当に角が、ない、の。何度も頭を洗って、ます。角らしきものは、確認して、ない」


 それを制止したのは、アイスだった。貫くように鋭い目で、アレクを射抜いている。


 アレクは、モルルから手を離した。


「悪かった。俺も少し取り乱してたみたいだ。……だが、一つだけ懸念がある。もう無理やりなことはしないから、一つだけ、確認させてもらえないか」


「……」


 アイスは警戒の目でアレクを見たまま、モルルを引き寄せようとした。それを、俺は止める。


「アイス。警戒するのは分かる。けど、アレクの知識は本物だ。クレイの商売仲間でもある。俺たちじゃあ到底気づけない重要なことにも、気付けるかもしれない」


「……ウェイド、くん……」


 しゅんとして、アイスはモルルに視線を落とす。それから、堪えるような表情で、モルルを差し出した。


「二人とも、信用してくれてありがとう。―――モルル、さっきはごめんな。驚かせた」


「う、ううん。いたくなかった、し」


「そうか。優しいな。優しいついでに、口を開けて見せてくれないか?」


「くち?」


「そうだ。口だ」


 アレクは自分の口を指さす。モルルは「ん」と頷いてから、大きく口を開けた。


 覗き込む。注意深く。喉の奥まで見通すように。


 そしてアレクは、腰を抜かして尻もちをついた。


「……アレク?」


「は、はは。こりゃ驚いた。ウェイド、お前やっぱ何か持ってるよ。えげつないモンをよ。じゃねぇと、そろそろ説明が付かねぇ」


「おい、不安にさせるようなことを言って煙に巻くのはやめてくれ。何が分かったんだ」


「分かった、話す。話すから、そんな怖い目で睨むのはやめろ。他の連中がすごむ分には怖かねぇが、お前のだけはゾッとする」


 両手を上げて降参を示すアレクは、口の奥の方を指さす。


「ちょいと、洒落にならないもんがモルルの喉の奥に見つかった。悪いもんじゃねぇ。むしろいいもんだ。とんでもなくいいものだ。……下手すりゃ戦争が起こるくらいの、な」


「なにが見つかったってんだよ」


「古龍の印」


「は?」


 俺の疑問に、アレクは答えた。


「単刀直入に言おう。ウェイド、モルルはメタモルドラゴンじゃない。古龍。エンシェントドラゴンの末裔って奴だ。ドラゴンの種族における最上位種族で、―――存在が確認されてる古龍は、一匹除いてすべて神になってるって言えば、ヤバさが分かるか?」

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