第82話 お遊び

 モルルが生まれてから、数週間が経った。


 この数週間は、メンバー五人がかりで必死に育児に奔走する日々だったと言って差し支えない。


 用意していた一週間分の肉を一日で食べ終えたモルルに、一同は唖然とし慌ててさらにその何倍もの肉を買い出しに出たり。


 全力で遊びたい、というモルルの要望に応えたパーティが、モルルの本気を前に死を垣間見たり。


 そんなモルルがもたらす無邪気な被害を前に、生活費のために森で十数匹のワイルドボア(地竜のワンサイズ下のイノシシ。大型車くらい)を狩ったり。


 色々と試行錯誤して、やっと何とか、モルルという小さな大怪獣の養い方を学んだ数週間だった。


 まだまだ食費など諸問題を抱えてはいたが、ひとまずパーティメンバーはモルルがいる日々にすっかりとなれ、逆にモルルもパーティメンバーやこの家に慣れていった。


「ぱぱ! いーい?」


 そして今、モルルは俺から十数メートル離れた地面の上で、ピョンピョンと跳ねている。


 近所の森の中。メンバーが訓練するときによく訪れる、静かで他に人の現れない空間。


 今日のモルルは、ちゃんと頑丈な冒険者服を身にまとっていた。以前運動した時に、高級服を布切れ同然にしてしまった失敗から俺たちは学んだのだ。


 モフモフの髪すら運動時はポニテにまとめたモルルにとって、首輪だけが、生まれた日から変わっていない唯一の部分だろう。


 そう思うと、子供の成長は早い。


「ああ。良いぞ、モルル」


 俺は笑顔を浮かべて、指先でチョイチョイと挑発のジェスチャーをした。


「さ、


 俺の言葉で制限を外されたモルルは、ニヤッと笑った。


「いくよ、ぱぱ」


 その宣言と共に。


 モルルは消えた。


「―――――――」


 モルルが宣言の直前まで居た場所に、大きな土煙が立ち上った。そして、周囲の木々に起こる、


 何のことはない。モルルの本気は、人間の視力では目にも止まらないというだけ。


 人間をはるかに超越した身体能力は、モルルに地面へと足を付けさせずに、木々の側面を跳躍するばかりで移動することを許していたというだけのこと。


 そしてそれは。


 俺よりも強い、という事を意味しない。


「フェイントとは考えたけど、まだ甘いな」


 俺に飛んできた蹴りの足首を、俺は地面へと投げ飛ばす。


「んきゃっ。まだまだ!」


 地面に投げられたモルルはすぐに受け身を取って、再び跳躍し視界から消える。俺は全く別の角度から襲い来た拳を逸らして、受け流した。


「んむむむむ! これならどうだ!」


 ガサガサッ、と言う音はモルルの跳躍が木々の葉っぱを突き破った証拠。俺は見るまでもなく、かかと落としを裏拳で叩き落とす。


 そんなやり取りを、何度も何度も繰り返した。モルルは瞬時にその姿をかき消し、なるべく俺の意表を突くように飛んでくる。そして俺はそれを、受け流したり、投げたり、叩き落したりする。


 それを、数十分続けると、モルルもだいぶ疲れてくる。メタモルドラゴンの体力には頭が下がる思いだ。俺はこんな全力の動きを数十分も保てない。


「んなああああああああ!」


 残る全力を振り絞って襲い掛かってくるモルルに、俺はこう唱えた。


「ウェイトアップ、オブジェクトウェイトダウン、オブジェクトチェンジポイント―――今日の全力は終わりだ、モルル」


 俺は俺自身に【加重】をかけ、逆にモルルに【軽減】と【発生点変更】で威力と速度に減衰を掛けた。


 そして受け止める。殺しきれなかったエネルギーを、モルルを受け止めてぐるりと回ることで流す。


 モルルは汗だくで、キラキラとした笑みを俺に向けていた。


「たのしかった!」


「うんうん、良かったなモルル。汗だくになっちゃったし、プールでも入るか?」


「はいるー!」


「ハハハ、まだまだ遊べるってか。すげぇなぁ」


 俺は笑いながら、外野で見ていたアイス、トキシィに合流する。


 トキシィが開口一番に言った。


「ウェイド、まだ強くなるの?」


「え?」


 何が?


「まま!」


 俺に抱き上げられていたモルルがぴょんと俺から降りて、そのままアイスへと向かって行く。


「はーい、ママですよ~……っ。モルル、汗だく、だね」


「うん!」


 アイスはワシワシと、タオルでモルルの汗を拭いてあげている。俺も立って受け流して遊んでいただけとはいえ、結構疲れてしまった。


「ふぅ、いやー中々子供の遊び相手ってのもハードだな。もう銅の冒険者くらいは強いと思うぞモルル」


「その銅の冒険者同然の存在を、ウェイドは素手で魔法なしであしらってた、と」


「ん? まぁ親だし、このくらいは出来ないとな」


 な、とモルルに言う。「な!」と満面の笑みが帰ってくる。何だこの娘可愛すぎか。


「でも、ときしーままの、いうことも、ただしい……。ちょっとまえまで、モルルとぱぱ、ごかく。きづいたら、まけどーし……」


「だよねだよね! 最初は全員で必死になってモルルから逃げてたのに、今ではウェイド一人で、モルルでお手玉してるんだもん! おかしいのウェイドだよね!」


「ぱぱは、やばい」


「コツ掴んだだけでこの言われ様だよ」


 ちょっとへこむと、「ああ、そういう事じゃなくて。その、強くなるの早すぎって言いたかっただけで」「どんまい、ぱぱ」と二人して俺を慰めてくれる。


 最近は、こんな調子だった。俺とアイス、そしてトキシィの三人で、モルルの世話。クレイはアレクと共に資金繰り。サンドラは自由と言う感じだ。


 それで言うと、アレクは最近忙しいらしく、ほとんどこの家で姿を見せなくなっていた。


 一応ルーンの書き取りはまだまだストックがあるから続けていたが、思えばモルルが生まれてから会っていない。


 ……もし書き取りが終わっても戻ってこなかったら、契約不履行として何かねだってみようか。もしかしたら良いモノをくれるかも。


 そんなことを考えていると、アイスが「これで、よし……」とモルルの汗を拭き終わった。俺たちは立ち上がり、「んじゃプールでも入るか」と頷き合う。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る