第81話 お貴族のお嬢様
俺はギャーギャーと騒ぎ立てる身元不明の謎のお嬢様から距離を取りつつ、モルルの手を引いて、離れたところで成り行きを観察している店員さんに声を掛けた。
「すいません。この子に合う服をいくつか探しているんですが」
「あ、はーい……! 児童服でございますね。ではご案内いたしますので、こちらにどうぞ!」
いたたまれない空間から解放された、とでも言いたげな表情で、店員さんは俺を離れた場所に導いた。そこには、ずらりと子供服が並べられている。
「そちらのお嬢様用でしたら、このエリアの服がいいかと存じます。ふわりとした優しい雰囲気のお嬢様ですので、特にこちらが似合うかと……!」
「ありがとうございます。では、一式お任せしてもいいですか。ワケあって育てることになったんですが、服が一着もなくて」
「……ちなみにお客様。当店それなりにお値段張りますが」
「予算は大銀貨1、2枚あたりで」
「失礼しました。ではお見繕いします」
高い買い物だと毎回店員さんに心配されるの、よろしくないなぁと思う今日この頃。もっと高そうな服とか着た方がいいかもしれない。俺のペラペラ服で予算数十万円とか思わないもんな。
……でも面倒だし、今度でいいや。ウチだとトキシィとか垢抜けてるよな。トキシィに相談して決めよう。
店員さんは、テキパキとモルル用の服を選んでカゴにまとめていく。質のいい服ばかりだ。これもしかしたらモルルのファッションショーが始まるのか。楽しみ。
「では、こちらにどうぞ。ごゆっくり~」
案内されて、俺たちは更衣室を前にする。
「モルル、着替え一人で出来るか?」
「できる! おぼえた!」
「マジで頭がいいよなモルル」
という事で一人する。すると数分して、シャッと更衣室のカーテンが開いた。
それに俺は「おおお~」と拍手する。
モルルは、一見いいところのお嬢様にしか見えない格好だった。白地のシャツに黒のカーディガン。服装の着方におかしいところもない。
そして外しても問題ないのに意地でも外されない首輪。何だかアンバランスさが危険な領域に至りつつある。似合いすぎて犯罪の匂いがしてくる。
「ぱぁぱ、モルル、かわいい?」
「めっちゃ可愛いぞ!」
「! んふー。モルル、かわいい」
とってもご機嫌なモルルだ。俺は一拍おいて言ってみる。
「……首輪、邪魔なら外していいからな?」
「や!」
「やかぁ……。じゃあ仕方ないな」
一通り着てもらって、全部可愛かったしモルルも気に入ったみたいだったので、全てお買い上げの流れになった。
それはそれとして思ったのが、そういえば冒険者服はなかったな、という点。店が店なだけに、頑丈な服というものを取り扱っていないらしい。
が、それは今度でもいいだろう。今日の目的はお散歩と、あくまで生活できるだけの服だ。
ということで、俺たちは上機嫌で手をつないで、服を購入するべくカウンターに向かう。
「だから! こんな服がワタクシに似合うというんですの!?」
そしていまだによく分かんないお嬢様が荒ぶっていることを知った。
「……」
俺は無言でお嬢様を避けて購入を済ませようとする。だが、そこでモルルがお嬢様を見て、こう言った。
「ぱぁぱ、あのこ、しずか、できない? ……モルルよりこども。ぷぷ」
生まれて一日で他の子どもにマウント取れるの、頭良すぎて脱帽だ。
だが、そこはやはり子供。俺は窘める。
「モルル。自分と他人を比べて、自分の方が優れている。あちらが劣っている。って話はもうやめとけ」
「むー。なんで?」
「何でってそりゃ」
俺は目をお嬢様にやる。モルルも俺の視線の先を追う。
そこには、耳ざとくモルルの陰口を聞き取って、こちらをものすごい目で見るお嬢様がいた。
「トラブルの元になるから」
「……うかつ!」
モルルはまた一つ賢くなる。だが時すでに遅しというもので、お嬢様はつかつかと歩いてきてモルルを正面から睨みつけてきた。
改めて前にすると、小柄で、年齢はまだ一桁という頃合いなのではと思わせられる体躯だった。背丈はモルルと並ぶほど。きらびやかで上品な服を着た彼女は、目を惹く存在だ。
「あら、何か文句がおありですの? あなた、入店した時は随分みすぼらしい服でしたのに、良かったですわね。馬子にも衣装ということでしょうか」
「まご……? モルル、まごちがう。ぱぁぱのむすめ」
モルルが助詞を使い始めている、と俺は戦慄している。
「でも、この首輪だけは取ってもらえませんでしたのね。さしずめいいご主人様を迎えた奴隷と言うところかしら? 娘替わりならいいですけれど、大抵あなたのような奴隷は、主人の下卑た欲望のはけ口にすぎないでしょう?」
「どれ……?」
「あー、あんまり子供のケンカに口は挟みたくないんだが」
俺は腰を曲げて、お嬢様に目線を合わせる。
「この子は奴隷じゃない。この首輪は外してもいいと言った上で、この子が付けたいと言ったから付けさせてるだけだ。だから、あんまり悪口を言わないでくれないか?」
「あら、平民の癖によくも……」
お嬢様は俺を見て、言葉を尻切れトンボにした。俺が首を傾げると、彼女は言う。
「……あなた、知っていますわ。ウェイドパーティのリーダー、ウェイドでしょう」
「え、知ってんの? こりゃ光栄だ」
「ええ。今貧乏貴族よりも羽振りの良い新人冒険者でしょう? 少し前にファイアードラゴンを狩っていましたわね」
「良く知ってるな」
「この城塞都市で少しでも情報に敏ければ、知らない者はいませんわ。となると、あなた」
お嬢様はモルルを見る。
「奴隷ではないのでしたわよね」
「そう! ぱぁぱがいってたから!」
「ふぅん……。あなた、名前は」
「モルル!」
モルルは元気に挨拶だ。
「そう。ワタクシはリージュ。リージュ・オブ・ノーブル・カルディツァ。この城塞都市カルディツァを治めるカルディツァ辺境伯の長女ですわ」
俺は目を剥く。この子貴族かよ。貴族っつーかこの城塞都市のトップの娘かよ。ほとんどお姫様じゃんかそれ。
「そう思うと、中々趣がありますわね。訂正と謝罪を。良い服を買ってもらいましたわね。そしてこの首輪も、よくお似合いですわ」
ニッコリとリージュに褒められ、モルルは「ほんと!?」と上機嫌だ。
「ええ、本当ですわ。あなたと仲良くできれば、それ以上のことはありませんわね」
「なかよく? いいよ! モルルとリージュ、なかよし!」
「ええ、ええ。仲良くいたしましょう? では、ウェイド様。モルル様。またの機会に」
リージュはすっかり機嫌を直して「先ほどおすすめいただいた服、全て買いますわ」と怒鳴りつけていた店主に向かって告げた。「ありがとうございます!」と店主は地面に頭が付きそうなほど深い礼をしている。
そこで、不意に近寄ってくる人がいた。
「お嬢様が失礼しました」
「え、ああ、これはどうも」
その人物は、少年とも少女とも言い難い容姿をしていた。真ん中分けで、長い前髪が耳にかかるような髪。そこに一房、緑のメッシュが混ざっている。
「執事の、ウィンディと申します。またご縁があれば」
彼……彼女? 良く変わらないが、ウィンディと名乗る執事は一つ会釈をしてリージュへと近づいていく。
「……」
俺は何か違和感を抱きながらも、服の購入を済ませた。その最中で、気付いてしまう。
「……試練のルーン、光ってね?」
気づかないほどの小さな光。だがそれでも、試練のルーンは、俺に試練が訪れていたことを、ささやかに主張していたのだった。
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