第80話 お世話

 モルルが、身長ほどもある牛乳を飲んでいた。


「わぁ……体より多い量飲んじゃってる」


 トキシィが、色々と諦めた目でそう言った。牛乳運び係をやった、クレイ、サンドラも顔が死んでいる。


「ぷはーっ! おかわり!」


 そして元気に牛乳を飲み干し、おかわりを所望するモルルだ。クレイがそっと新しいミルクタンクを差し出したのを受け取って、ニッコリとふたを開ける。


「んくっ、んくっ、んくっ」


 そしてモルルは、タンクに頭を突っ込む勢いでぐんぐん飲んでいく。何と言う食欲だろうか。ウチのエンゲル係数がぐんぐん上がっていく。


「……なるほど。アレクさんの言った量は、一日分ではなく一食分だったのかな」


 クレイは長く息を吐きだして、そう呟いた。俺はクレイに問いかける。


「もう、備蓄なくなりそうか?」


「そうだね、なくなる。なくなるし、食費がとんでもないから、今までみたいにモノの値段を気にせず好き勝手に買い物、と言うのは難しくなるだろうね」


「……マジ?」


「まぁ元手があるからいくらか手も猶予もあるけどね。先んじて投資はしておいたし、ある程度は相殺できるが……食費は単純計算で、僕ら全員合わせた金額の十倍程度だとは思っておいて欲しい」


「……モルル、そんな食うの?」


「ああ、食べる。何せ、ただでさえ相当の量だった想定の、さらに三倍だ。このままだと、貯金は目減りしていく一方だね」


「なるほど……そうだな。いくらか真剣に考えてみる。可愛い我が子のためだ。少しくらいの無理は訳ないさ」


「台詞が完全に父親なのは面白いところだけれど、ほどほどにね。僕もモルルちゃんは可愛いし、今更手放すつもりもない。さらにいくらか資金繰りをしてみるよ」


「助かるぜ、クレイ」


「これでもウェイドパーティの腹心のつもりだからね。僕には僕の戦いがあるということさ」


 そう言ってクレイは、身支度を始めた。早速動いてくれるらしい。俺そろそろクレイに頭が上がらなくなるな。


 そんなやり取りをしていると、やっとモルルがお腹いっぱいになったらしく、「ふひぃ~」とお腹をぽんぽん叩いた。


 俺は近づいて話しかける。


「モルル、お腹いっぱいか?」


「ぱぁぱ! うん! おなかいっぱい!」


「ウェイドくん、すごいよ、モルルちゃん……。ものすごい勢いで、言葉を覚えてる」


「その分ものすごい勢いで飲み干しちゃったけどね~。また買い出し行かなきゃ。サンドラ、付き合って」


「また? 今日はほっつき歩く気分だった」


「また。でもこれかなり手間だよねぇ……。定期契約にしてもらおうかな。量が量だし行ける気がする」


「サンダースピード」


「あっ! サンドラが逃げた!」


 トキシィが電光石火と化してこの場を脱出したサンドラに手を伸ばす。しかし追いつけるわけもなく、その場で崩れ落ちた。


 それに、アイスは気遣って声をかける。


「……トキシィちゃん、わたしが、今日は一緒に行く、ね……?」


「あ、ありがとう、アイスちゃん……。サンドラめ~。次会ったらただじゃ置かないから!」


 そんなやり取りを経て、二人はテキパキ身支度を整えてしまう。


「じゃあ、ウェイドくん。買い出し、行ってくる……ね」


「モルルのお守りよろしく! 一番懐いてるし、遊んであげてね! 危ないことはしないように! あと……」


「トキシィちゃん、それ多分際限ないから、早くいこ……?」


「あー、うん。私もそんな気がしてきた」


「じゃあね、ウェイドくん……。気を付けて」


 二人は姦しく俺に言って、二人で出ていった。


 そして残される俺とモルルだ。二人揃って顔を見合わせる。


「一気に寂しくなっちゃったな」


「んーん! ぱぁぱいるから、へーき!」


「んーそうかぁ~! ……マジで生誕一日目とは思えない語彙の量だな……」


 モルルは立ち上がり、そして俺の膝の上に腰を落ち着けた。それからドヤッとした顔で俺を仰ぎ見る。可愛すぎる何だこの生物。あと髪モフモフ過ぎじゃねこれ。うおおすげぇ。


「ぱぁぱ」


「ん~? どうしたんだモルル?」


「モルル、おそと、いきたい!」


「あー……そうだな」


 気を付けて、とは言われているが、家から出すな、とは言われていない。要するに、何か問題がなければいいのだ。


 俺はモルルを見下ろして言う。


「いう事聞けるか?」


「うんっ! モルル、いいこ!」


「パパが止まれ! って言ったら止まるか?」


「とまる!」


「静かに! って言ったら静かにするか?」


「する! しずかに!」


 ぴたっ……とモルルは口を閉ざして姿勢を正した。それからプルプルと震えてから、「ぷへっ」と息を吐きだす。


 俺は何となく察して教えた。


「静かに、ってのは呼吸まで止める必要はないんだぞ。要するに、うるさくなければいいんだ」


「なるほど……」


 真剣な顔をして頷くモルルに、俺はあまりに可愛すぎて笑ってしまう。それから膝の上からどかして、立ち上がった。


「じゃあ、散歩にでも行くか。ついでにモルルの服でも買おう」


「いく! さんぽ? ……やればわかる!」


「モルルその脳筋具合でその学習速度えげつないな」


 メタモルドラゴンって普通にしてるだけでよっぽど人間よりも優秀なんじゃねぇの?






 ということで、俺はモルルと二人で手をつないでお散歩としゃれ込んでいた。


 服はもう買わないと無い、ということで、俺の小さめの服を羽織らせる形でどうにか事なきを得ている感じだ。


 ひとまずそれで誤魔化しは効いているらしく、俺たちは特に注目を集めることなくメイン通りを歩いていた。


「おー……! ひと、いっぱい!」


「そうだな、いっぱいだな」


「うん! ……? ……ぱぁぱ?」


「ん? どうした、モルル」


 キョロキョロと周囲を見回してから、モルルは俺に尋ねてくる。


「くびわ、モルルだけ」


「そうだな……」


 初日にこの事も気づくのか、とどう真実を伝えたものかと考えていると、モルルは続けた。


「……モルル、ちょーおしゃれ?」


「そのポジティブシンキングは見習っていきたいな」


 実際、経緯は経緯だが、実によく似合っている。武骨な首輪がモルルのもふもふした可愛さでギャップを生む要素になっていて、実に愛らしい。


「ああ、ちょーおしゃれだ。似合ってて可愛いぞ、モルル」


「! んふー。モルル、かわいい!」


「うんうん」


 俺はモルルのもふもふした頭を撫でて、また手をつないでメイン通りを進む。


「えーっと、仕立て屋は、と」


 見つけたのは少しお洒落でお高めそうな服屋だが、まぁ手持ちの金額が金額だ。何とかなるだろう。


 ……無駄遣いで方々から怒られそうではあるが、服は質のいいものを買った方がね、うん。結果的に安かったりするから。そうそう。


 別に他の服屋探すのが面倒とか、そういう事ではないのだ。うん。


 ということで、俺たちはその高級そうな仕立て屋の扉をくぐる。何か全体的にきらびやかで敷居が高い―――


 そんなことを考えていると、甲高い怒鳴り声が響いた。


「何を考えているんですの!? ワタクシにそんな服が似合うと!? 侮辱してらっしゃるのかしら!」


「も、申し訳ございません! 申し訳ございません、ノーブル様!」


 声の発生元には、いかにもな感じのお嬢様が、服屋さんのオーナーらしき人を責め立てていた。


 わぁトラブルのニオイ。

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