第77話 卵、温めますか?

 という事で、みんなで回しながら、俺たちは卵を温めていた。


「アイス……そろそろ交代しないか? 疲れてないか?」


「……まだまだ、大丈夫、だよ?」


「……そうか。疲れてきたら、すぐに言ってくれよ? 特に俺に」


「まるで子供取り合う夫婦だね」


 俺とアイスのやり取りに、クレイが言った。


 少し夜の深まった時間帯。俺とアイス、そしてクレイが、リビングで卵を温めながら、ゆっくりと過ごしていた。


 トキシィとサンドラは、買い出しが結構負担だったのか、早々に寝てしまった。それでおれたちは、まだまだ暖かい気候の秋の夜を、絨毯の上で過ごしていた。


「く、クレイ、くん……! ふ、夫婦だなんて、からかわないで……! ……ね、ねぇ、ウェイド、くん……?」


「……卵……」


「ダメだ、ウェイド君卵にしか目が行ってない」


 クレイに何か言われて、俺は「え? 何か言ったか?」と顔を上げた。すると何故か、アイスからジト目で見られていることに気が付く。


「アレ? アイス、俺なんか変なことしたか?」


「……卵、温めていいよ」


「やった!」


「こんなにウェイド君が子煩悩になるとはね。アイスさんとしては朗報じゃないかな」


「……卵ばっかりでここまで構ってもらえない、のは、ちょっと不満……」


 アイスから渡された卵を大切に受け取り、俺は撫でさすりながら温める。


「しかし、意外だったね。ウェイド君はてっきり、戦闘以外はある程度どうでもいい、というタイプと思っていたけれど」


「ん? いやぁ、そんなことはないぞ。俺は基本的に、ワクワクすることが好きなんだよ。戦闘は特にそうだってだけだ」


「じゃあ、今は……?」


 アイスに聞かれ、俺は満面の笑みで答える。


「愛しさしかない」


「……」


 すると、不満げアイスは俺の正面から、卵を包み込んできた。


 アイスの整った顔が目の前にある。ちょっとドギマギしてくる。


「あ、アイス?」


「わたしも、一緒に温める、ね。それなら、いい、でしょ?」


 上目づかいで、多少視線に鋭さを含めながら、ふっとアイスは微笑んだ。俺は目をパチパチと開閉させて、「そ、そう、だな」と答えるしかない。


「……犬も食わない、と言う奴だね。僕も寝させてもらうよ。お休み、二人とも」


「お、おう! お休みクレイ」


「お休み、クレイくん。……空気読んでくれて、ありがと、ね」


「どういたしまして。後は二人っきりで好きにするといい」


 二人のやり取りを受けて、俺は及び腰になる。いや、ダメなんだって。前世も今世もこういう経験少なすぎて、本当にダメなんだって。


 そして、リビングには卵を両側から包み込んで抱きしめる、俺とアイスの二人きりになった。リビングを照らすたった一つのぼんやりとした光が、風に揺れている。


「……正面からだと、ちょっと、照れちゃう、ね」


「あ、ああ……」


 お互いの息遣いすら感じられるような至近距離。そこに、アイスが座っている。苦手なら逃げればいいのに、何故だか逃げられない気がしている。


 そこで、アイスが話しかけてきた。


「……ウェイドくん、お風呂、入った……?」


「ま、まだ、入ってない」


 答えると、アイスは視線を卵に落とす。


「……卵も一緒に入れたら、温かい、よね」


「そう、だな。温かいと思う」


「……ね」


 アイスは、顔を真っ赤にしながら、上目遣いで俺を見つめてくる。


「……一緒に、入っちゃ、う……?」


「っ……」


 ガツン、と頭を殴りつけられたような衝撃だった。


「前にも、その、お風呂だけなら、入った、し。それに、わたしも、ウェイドくん、も、卵のお世話したい、から」


「……」


「一度入ってるし、恥ずかしくない、よね。……ね、ウェイド、くん」


 にこ……と微笑するアイスの表情は、いつも見ている小さな花の様な笑みではなかった。瞳にどこか獲物を見つめるような鋭さがあって、でも顔は真っ赤で、正気ではないような。そんな。


 俺は、口を滑らせる。


「そう、だな。もう、一度入ってるもん、な」


 浮ついたように勝手なことを話す自分の口が信じられなかった。


 それにアイスは大きく息を吸って、「……うれしい」と言った。それから立ち上がりながら卵を持ち上げて、俺に言う。


「じゃあ、先に入って、温めておく、ね。脱ぐの見られるのは恥ずかしい、から。……後から来てくれると、うれしい、な……」


「……分かった」


 くすっ、と笑って、アイスはリビングを離れていった。俺は一人リビングの中央で沈黙してから、呟く。


「えっ」


 呟いてないわ。戸惑ってるだけだわ。


「あっあっあっ」


 いや、落ち着け、落ち着け俺。深呼吸しろ。そうだ。深呼吸だ。


「すぅー……はぁー……」


 俺はワイバーン戦よりも遥かに緊張している自分に言い聞かせる。


「卵を温めるだけ。卵を温めるだけ……」


 俺は段々と心が落ち着いてくる。そうだ。俺はアイスと仲良くお風呂で卵を温めるだけなのだ。


 過程で何か驚くようなことが起こっても、最終的には卵を温めることが優先となる。何せ卵は下手な場所に放置すれば割れてしまう可能性すらある。それはあり得ない。


 だから、大丈夫なのだ。大丈夫。大丈夫って言ってるだろ!


「……頑張ろう」


 俺は自分の鋼の意志を信じながら、そろそろだろうかと立ち上がった。

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