第76話 名付け

 家に帰ると、トキシィとサンドラがドラゴンの卵を見守っていた。布でくるんだりして、可能な限り温めているようだ。


 玄関扉を開けた俺たちに、トキシィが気づく。


「あ、お帰りー。二人とも首輪買えた?」


「ああ、買えた。結構安かったぞ」


「へー、おいくら?」


「大銀貨五枚」


「そっか。もうウェイド一人にお使いさせないね」


 俺の信用どんどん下がってない? 大丈夫?


「アイスちゃん、相場的には問題ない?」


「問題ないよ……っ。頑張れば値切れたと思うけど、多分今後も行くから、言い値で買って恩を売ってきた、の」


「やっぱり商人の娘だね~。交渉が高度でよく分かんないや」


 俺たちはドラゴンの卵が置かれた大机の周りの椅子につく。


 するとサンドラが、俺に向かって口を開いた。


「お疲れ様、ウェイド。お使いなんてとっても大変な困難に、良く打ち勝ってきた」


「んー、トキシィが言ったら間違いなくバカにしてるんだが、サンドラだとどっちか分からないな」


「ちょっと」


 眉を顰めて俺を見るトキシィ。サンドラは続けた。


「あたしだったら多分途中で気が変わって、所持金全部お菓子に変えてきたところだった」


「みんな、サンドラには絶対に大きな金額は持たせないようにしような。今の余裕ある財政状況でも破綻する」


「「了解」」


「そ、そんな、あたしも少しくらいお小遣い欲しい……」


 瞠目するサンドラだが、数百万円相当の金額を全部お菓子に変える宣言を受けては、サンドラにはお金は渡せまい。


 トキシィが宥める。


「まぁまぁ、サンドラには毎月銅貨十枚上げるから」


「わーい」


 三千円相当の金額で喜ぶサンドラだ。これがクレイに並ぶウチのパーティの最年長とは思えない。


「んで、ドラゴンの卵を見てたのか? 様子はどうだよ」


「ちょっと動くようになってきたよ。さっきまで抱きかかえて温めてたんだけど、結構重いから疲れちゃって」


「だいぶ温めたから、今は布を巻いてお茶を濁してる」


「俺にも温めさせてくれ」


 どうぞ、とトキシィから渡された卵を抱きかかえる。改めて抱えると、本当に大きいな。人間なら赤ちゃんどころか小学生くらいなら入ってしまいそうだ。


 俺は両腕で抱きしめて温めつつ、尋ねる。


「それで、牛乳と肉は」


「大量に買いそろえてきたよ。頑張って安く買ってきたから、安心して」


 ドヤ顔でいうトキシィだ。それにサンドラが続く。


「倉庫に数十キロずつ保存してる。アレクから量は聞いてたから、それが適正。ついでにいいお肉も買ってきた。あたしたち用」


「お、いいな。アイス、料理メチャクチャ美味いから、実は毎日の楽しみなんだ」


 俺が笑いかけると、アイスは「喜んでくれて、嬉しい……っ」とほほ笑む。


 そこでちょうどクレイが帰ってきて「お、みんな勢ぞろいだね」と言った。


「帰ってきたな。……そういやクレイって、今日何してたんだ? アレクと話すとかだったけど」


「え? 投資」


 何やってんのこいつ?


「アレクさんにいくらかいい投資先を教えて貰ったからね。いくらか吟味して、契約してきたんだ。大金貨一枚ほどね。恐らく、そう時間を必要とせずに何倍にもなって帰ってくるよ」


「……そんなうまい話あるかって言いたいところだけど、クレイとアレクが言うと本当にそうなりそうなのが怖いんだよな」


「なるよ。楽しみにしていてくれ、ウェイド君」


 クレイの断言ほど怖いものはない、とその時思った。


「ちなみにその投資先って」


「……」


「無言の笑顔やめろよ」


 まぁいい。クレイが勝算のないウマい話に乗せられるとも、アレクが俺たちをハメて損させるとも思えない。きっと本当に得をして戻ってくるのだろう。


 俺たちそろそろ一生働かなくてよくなりそう。いや、だとしても冒険者を辞めるようなことはないのだが。


 俺は一旦この事を忘れることにして、一度咳払いをした。


「じゃあ、全員そろったし、ちょっと話したいことがある。まぁ改める必要はないんだが、飼うことになったしこのドラゴンの名前を決めようかと思ってさ」


「うん。まぁそんな大事そうに抱きしめてたら、そりゃ名前も決める必要があるよね」


 トキシィの指摘に、俺は一層大切に卵を抱きしめる。


「大切な我が子の名前なので、いい名前にしてやりたいんだ、みんなも協力してくれ」


「ウェイドが完全に父親になってる……。あ、でもウェイドが父性溢れてる感じ、ちょっといいね……♡」


「トキシィ、メスの顔になってる。あたっ」


「サンドラ! 変なこと言わないの! もう!」


 顔を真っ赤にしたトキシィに叩かれ、サンドラは頭を押さえている。


 ということで、俺たちは名前を決めることになった。


「じゃあ言い出しっぺの法則ということで。まず俺から」


 俺は一拍おいて、命名案を発表する。


「モルゴン」


 ざわっ……とみんなが引いていた。


「え、ダメ?」


「ん、んん……そうだね。ペットなら可愛らしくていいと思う」


 でも人間の姿をして生まれてくる想定だからね、とクレイ。なるほど。


「……人間に名付けるイメージでやればいい、のか?」


「いい?」


 そこで手を挙げたのがサンドラだ。俺は手で先を促す。


「この卵は、今人間に囲まれてるのは確かだけど、元々はワイバーンの巣で回収されたもの。この数日でワイバーンから人間に姿を適応させて生まれてくるかは疑問」


「それも、そう……かも。有名だから知ったつもりになってた、けど、メタモルドラゴンの本物なんか、見たことない……もんね」


 アイスが難しい顔になる。同じく識者のクレイを見るも、「確かにね……」とこちらも思案顔だ。


「じゃあ、名づけは生まれた後にする? そもそも男の子か女の子かも分かんないしね。格好いい名前つけて女の子だったりしても、ちょっと可哀そうだし」


「確かにな」


「ウェイドの卵への密着度合い高くて笑う」


 サンドラが近づいてきて、頬まで使って卵を抱える俺の反対の頬をツンツン突いてくる。


「じゃあ、孵化まで俺が世話をするから。孵化したらみんなでまた考えよう」


「う、うん……。ウェイドくん、わたしにも温めさせてもらって、いい?」


「……いいぞ」


「ウェイド君がこんなに不満そうなの、初めて見たかもしれないね」


 クレイが驚いた顔でそう言った。

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