第74話 ウォルター魔道具店
メイン通りでも、魔法関係の物品が多く取り扱われるエリア。そこの、もっとも大きな店の看板には、ウォルター魔道具店、と大きく書かれていた。
「ここか」
「うん……っ。品ぞろえが良くてね、商人ギルドからすると、この辺りの顔、みたいなお店、なんだ……っ」
アイスの説明に「ほー」と俺は見上げる。確かに繁盛しているらしく、右手に魔法印を入れた人々が多く往来していた。
「じゃあ、早速入るか」
「あ……! ちょ、ちょっと待ってもらって、いい?」
「ん? いいぞ」
俺が立ち止まって振り返ると、アイスは静かに目を伏せ、深呼吸をした。
一回。二回。……三回。
「……うん。行こう」
何か覚悟を決めるような仕草に俺は疑問を抱くが、アイスが言い出さないなら気にするほどではないだろう。
俺たちは連れ立って魔法店に入る。すると、看板娘らしき女の子の「いらっしゃいませー!」という声が返ってくる。
「アレ、何か聞いたことがある声だな」
「……」
沈黙するアイス。俺なんか変なことでも言っただろうか、と少し心配になりつつも、周囲を見渡した。
そこにあるのは、所狭しと並べられた、多種多様な魔道具の数々だ。いかにもなファンタジー景色で、俺は感動してしまう。
明らかに口部分よりも大きなカエルを、内部で浸したフラスコ。『睡眠魔法付き』という札の掛けられた奇妙な形の笛。鳥かごの中に納まった小さなガーゴイル。
俺は目を輝かせて、周囲の魔道具を見回したい! という気持ちをぐっとこらえて「すいませーん」とせわしなく動く看板娘に声をかけた。
「はーい! どんな御用でしょう、か……」
「ん……? あ! ドロップじゃん! 久しぶり!」
俺は訓練生以来の再会に、思わずテンションが上がってしまう。
ドロップ。水の魔法の使い手で、かつて訓練所で俺に続く二位の成績を収めていた少女だ。かなり優秀で、少し強気な面もある少女だったが、訓練途中で辞めてしまった。
マンティコアに襲われてすぐだったので、そのトラウマなのだろうと思っている。だがそれはそれとして、かなり久しぶりの再会だ。俺は懐かしい気持ちになる。
「こんなところで働いてたのか! いやー知らなかったな。アレから元気してたか? びっくりしたよ、いきなり訓練所やめんだもん」
「あ、え、うん。あはは……そうね……」
ドロップは何か汗を流しながら、視線を俺ではなくアイスに固定して頷いていた。俺がアイスに視線をやると、アイスはどこか能面のような笑みを浮かべている。
「……久しぶりだね、ドロップちゃん」
「う、ん……。久し、ぶり……」
以前はいじめっ子いじめられっ子のような関係だったのもあり、何処かぎくしゃくした様子の二人。俺は少しマズったかな、と思っていると、アイスが言った。
「今日はね、少し特殊な魔獣用の首輪が必要、なの。だから、相談に乗って、欲しいな、って」
「え……?」
「―――乗って、くれるよね」
「はいッ! 喜んで!」
アイスの確認にピシッと姿勢を正したドロップ。何か記憶と関係性が逆転している。
「で、では、相談用の個室がございますので、そちらまでご案内します……」
非常にぎこちない動きで、ドロップは先導する。
「そ、それでは、ほ、ほほほほ、本日はどのようなご用件で……」
微震しながら言うドロップに、俺は「肩の力抜けよ」と笑う。
「そう、だよ。ドロップちゃん。わたしたちは、ちゃんと魔道具が目的で、来たんだから」
「……そ、そう、よね。この辺りに、他に大きな魔道具店、ないし、ね」
ドロップは深呼吸して、意思を整えた。それから、僅かに緊張を抜けきれないままに、彼女は問い直す。
「それで、本日はどのようなご用件で? 相談に乗って欲しい、ってアイス……」
「……」
「……さんが言ってたけど。つまりあまり人前では話せない類の魔道具が欲しい、ってことなんでしょう?」
ドロップは流れるようにアイスから視線を逸らして言う。何かあったのは間違いない。けど言うて冒険者だしな。俺も過去にフレインボコってるし。
俺は言った。
「ドラゴン用の調教首輪が欲しいんだ」
「―――――」
ドロップの行動は迅速だった。
ドロップは、それを聞いて真っ先に相談室の鍵を確認した。それから、壁の四方も。
その様子は、明らかに動転していた。まるで、命に関わるような危うい情報をもたらされたような、そんな表情だった。
「……音の漏れ出る余地は、ない、わよね」
強張って青ざめた表情のまま、ドロップは席に着く。それから、俺を睨んできた。
「お客様。そういった言葉を易々と口に出されては困ります。あなたの安全、当店の安全。その両方を、損ねかねない発言です。今回は警告で済ませますが、次そのようなことをおっしゃった場合、出入り禁止とさせて頂きます」
「えっ、ご、ごめん」
「アイスもアイスよ。あなたならこのくらいのマナーは分かるでしょう? 先に言っておきなさい。少し脅されるくらいならちゃんと怖がってあげられるけれど、今回のはそんな余裕もないわよ」
「……ごめん、なさい。ちょっと意地悪が過ぎ、ました」
アイスが頭を下げる。何かよく分からないけど、メチャクチャな意地悪をしたらしい。
えっと、とアイスは言う。
「ごめんね、巻き込んじゃって。その、ドラゴン関係は、莫大なお金が動くから、表立った場所では絶対に話しちゃいけない、の。こういう相談室は当然で、かつ店員に『施錠の確認をお願いします』って告げて、これから絶対に外に出せない話をするって宣言する必要があって」
「まぁ、今回は特に問題なかったけどね。……っていうか、よくよく考えると、部屋に入るときに、アイス、要所要所には視線やってたわね。すでに確認してて、あくまでビビらせる目的か……。それはそれで、心臓が止まるかと思うからやめて欲しいけど」
ギロ、と睨まれ、今度はそっとにこやかに微笑むアイスだ。最近分かってきたが、アイスのオドオドはただの口癖みたいなものらしい。何なら俺より胆力がある。
「それで? ウェイドが悪気なく言ったってことは、ドラゴンの話は本当なのね? ……最近ワイバーンが謎の新人パーティに倒されたって噂聞いたけど、もしかしてアンタら?」
「ああ、そうだ。それでメタモルドラゴンの卵が混じってたから、育てようと思ってな」
「め、メタモルドラゴン……。アイス、アンタのパーティ大丈夫? 卒業してまだ一か月とかよ? 何が起こってるの?」
「ウェイドくんがすごいだけ、だよ」
真っ向から言ってのけるアイスに、ドロップは怯んだ。僅かにのけぞって「そ、そう……」と呟く。
「ま、まぁ、いいわ。ひとまず無事なようだし。じゃあ、早速商談と行きましょう」
ちょっと待っていて、とドロップは相談室の奥の扉から、倉庫らしき大部屋へと出ていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます