ドラゴン編

第73話 ドラゴンの卵

 俺たちウェイドパーティの5人は、ドラゴンの卵を中心に集まって、会議をしていた。


「ということで、そろそろパーティの名前を変えたいと思うんだが」


 俺がみんなに言うと、みんなはこう答えた。


「……ウェイドくんの提案でも、却下……かな」


「却下だね。論じるまでもない」


「んー、まぁ却下でしょ」


「却下。ウェイドは自分の影響力を考えた方がいい」


「俺の影響力、今この場では皆無なことが証明されたが」


 えぇ……と、俺は引いていた。こんなことある? いっつも俺に優しくしてくれるみんなが、今日はこんなにも冷たいなんて。


「な、何でなんだ? パーティ名、もっといいのあるだろ絶対」


「んん、僕らにとっては自明なんだけれどね」


 困った表情のクレイに、全員が頷く。


「ま、端的に言えば、ここにはウェイド君に惚れ込んでいる人間しかいないってことさ。メンバー同士のつながりもほどほどにあるけれど、君とメンバー個人のつながりの方がずっと強い」


「ウェイドくんのパーティだから、ウェイドパーティでいい、んだよ……っ」


 アイスの後押しに「そ、そうか……?」と俺は釈然としないながら、一応飲み込んでおく。


 ……何でこいつら、俺のことこんな好きなんだろうな。俺がこいつらのこと大好きなのはあるとしても、好かれ過ぎてる気がする。


「じゃあ、ウェイド君の戯言は却下ということで、次は財政的な話をさせて欲しい」


「クレイなんか当たり強くね?」


「パーティ名変更とか変なこと言ったウェイドが悪いよ」


「そうそう」


 トキシィもサンドラもこの件にだけは冷たい。みんな気に入ってたのか……。じゃあ仕方ない。


 次に話し始めたのは、クレイだった。


「えー、まず祝わせて欲しい。今回、ウェイドパーティの総資金が、大金貨五枚に達した」


「「「「おおぉ……」」」」


 何かものすごい額で、ちょっと脳が付いてこない。えっと、銅貨一枚三百円、銀貨一枚で三万円、金貨一枚で三百万円。それで大金貨は金貨十枚の価値があるから……。


 ……一億五千万円相当? あ、ダメだ。日本円に換算してもピンとこなかった。


「元々のトキシィさんの借金問題での稼ぎで大金貨三枚。この家で一枚引いて二枚、そしてワイバーン二匹とファイアードラゴン三匹、並びにワイバーンの卵いくつかで大金貨三枚追加して計五枚、というところだね」


「十年単位で遊べる金額」


「いや、本当だよ……。ちょっと訳わかんないもん、この金額……」


 サンドラの指摘に、青ざめるトキシィ。スラム育ちの俺なんかは、もう引くを通り越して現実感がない。


「そして最後に、このメタモルドラゴンの卵だ」


「メタモルドラゴン!?」


 声を上げたのはアイスだった。みんなからの視線を受けて、「あ、ご、ごめん、ね……。大声、出しちゃった……」と縮こまる。


「アイスちゃん、それにクレイも、この卵ってその、何? ワイバーンの卵じゃないってこと?」


「そうだね。ワイバーンの卵の中に、托卵で隠れていた卵だ。メタモルドラゴン、という特殊なドラゴンの卵でもある」


「ふーん。それで、何でアイスちゃんは驚いたの?」


「そ、それはね」


 トキシィの問いに、アイスは一度唾を飲んで答え始める。


「メタモルドラゴン、っていうのは、ドラゴンで唯一、固定の形を持たないドラゴン、なの……っ。卵の状態で、周囲の環境に適応して、周囲の生物に似た形で、出てくるっていう生態があって」


 俺たちは、ふむ? と首を傾げる。


「要するに、ワイバーンに紛れて生まれればワイバーンの姿で生まれるけれど、人間に紛れて生まれれば、人間の姿で生まれる。そういうドラゴンなんだよ」


「へぇー! そりゃすごい」


「で、でね……? ここからがすごいところ、なんだけど。メタモルドラゴンの強さは、姿に依存しない、の」


「というと」


「簡単に言うと、その、人間の姿のまま、ドラゴンと同じ腕力を持つ、んだって」


 アイスの説明に、俺、トキシィ、サンドラは顔を見合わせる。


「……メチャクチャすごくないか? それ」


「そ、そう……っ! 本当にすごいん、だよ。だから、メタモルドラゴンの卵って、本当に価値が高い、の……っ」


「要人の護衛としても活用されるし、人間よりよほどタフで長生きだしね。しかもかなり賢い。卵の状態でこうして人間の言葉を聞かせていると、孵化してからすぐに言葉を使うとすら言われている」


「それ人間より頭良くないか?」


「諸説あるね」


 俺はメタモルドラゴンの卵を見る。デカい卵とは思っていたが、まさかそんな感じだとは。


「それで、育てて、ゆくゆくは~、って考えか」


「そうなるね。もちろん、ウェイド君の考え次第ではあるけれど」


「いや、もちろん育てるよ。はは、何だかそう思うと早速愛着が湧いてきたな」


 卵を撫でさする。大事に大事に育てよう。


 すると、そこにアレクがやってきた。


「おーおー、がん首揃えて。メタモルドラゴンの卵囲ってよ。名前どうするかで揉めてんのか?」


「まず処遇を決めてるところなんだ。で、現状育てる方針」


「カッカッカ! いいじゃねぇの。そうだな、それなら色々アドバイスできるから、いくつか教えてやるよ」


 言われて、「おお」と沸き立つ俺たちだ。


 すると、アレクが手を差し出した。


「……この手は?」


「金貨一枚」


「ボリ過ぎだろ。育てるの俺たちだぞ。ノウハウだけなら銀貨一枚くらいのはずだ」


「チッ。ウェイドも相場観が分かってきたみたいだな。ちなみにクレイ坊ちゃん、正解の値段を教えてやってくれ」


「大銅貨五枚だね。銀貨一枚でも払いすぎだ」


 アレク、まさかの二百倍で吹っ掛けていたらしい。俺含めた全員から睨まれ、「カッカッカ!」とアレクは笑う。


「悪かったよ。まぁ勉強ってことだ。つーかお得意様にいちいち金なんか取ってたら機嫌損ねて損するだけだろ。金なんか取らねぇよ」


 意外な太っ腹を見せつけて、アレクはメタモルドラゴンの卵を見下ろす。


「ふーむ。割とすぐに生まれそうだな。となると、温めて生まれやすくしてやるのがいい。数日としないうちに殻から這い出てくるはずだぜ。初日は羽ウシの乳でも飲ませればいいが、次の日からはもう肉を食い始める。在庫は抱えとけ。初めは相当食うぞ」


「となると、牛乳と肉の買い出しが必要か。誰か頼めるか?」


「あ、じゃあ私買ってくるね。サンドラも一緒に行かない?」


「了解。ついでに賞金首狩って小遣い稼いでくる」


「無理やり荒事に絡まなくていいから……」


 トキシィとサンドラで約束を交わすのを見ていると、クレイが言った。


「じゃあ、僕はいくつか調教用の魔道具を買ってくるよ」


「……魔道具?」


 俺が聞き返すと、クレイは答えた。


「人間の姿で生まれて、人間よりも賢いとしても、ドラゴンであることには間違いないからね。魔獣の使役に際して、魔道具での支配を行うことは法律で定められているんだ」


「ほー。人間を傷つけさせてはならない、とか、そういう魔法が掛かってんのか?」


「それをすると護衛に使えないから、主人を攻撃しないように、主人の命令から背かないようにっていうのを強制できる魔道具があるんだよ。他にも、王族を攻撃対象に命じることは出来ない、とかね」


「ハハ。まぁそれはな」


 俺が笑うと「法律はまず主権を守るためにあるからね」とクレイは言う。


「ともかく、そういうことだよ。子供の癇癪で僕らの身体は簡単に折られてしまうから、そういう事故を避けるための処置さ」


 言いながら準備をするクレイに、俺は言った。


「ちょっと興味あるから、俺行ってきていいか?」


「そうかい? なら、僕は資金繰りのことでもアレクさんと話していようかな」


 クレイ無限に仕事抱えてんな、と思う反面、俺は魔道具という未知の領域に携われる喜びでいっぱいだ。


「魔道具店ってどこにあるんだ? 早速行ってくる」


「ああ、それなら―――」


 と、クレイが口を開いたところだった。


「それなら、私が案内する、ね……?」


 アイスが手を挙げるのに、俺とクレイは目をしばたかせる。


「良い店、知ってるのか?」


「良い店……というか、この周辺だと、一つしかない、から……」


「それはどこだい?」


「ウォルター魔道具店、だよ」


「うん。僕と認識は同じみたいだね」


 なら、連れていってもらうのがいいだろう。クレイに言われて、俺はアイスを見る。


「じゃあ、道案内任せてもいいか?」


「うん……っ」


 やる気満々、という表情をするアイスに、俺は表情を緩めるのだった。

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