第72話 ボーナスタイム

 家に帰って、何故だか一番疲れていない俺が、一番風呂を譲られてしまった。


『僕は怪我がちょっと特殊でね。今日はお風呂には入らないでおくよ』


 クレイはそう言って辞退し、


『わたしたち、も、後で入る、から。気にしないで、ゆっくり、入ってて……っ』


『そうそう! 一番戦果あげたのウェイドだし、そのくらい役得だよ!』


『三人娘で姦しく入るから、多分お湯汚す。一人のウェイドの後の方がまだお湯が汚れない』


 女子三人は、こうして俺に譲ってくれることになった。


「まぁ、いいけどな」


 前世童貞のまま死んだ俺とて、そこまで女の子に飢えているわけではない。残り湯をありがたがる人々がいるのは知っているが、俺はそうではない。


 ということで、俺は広々とした風呂の中で、ゆっくり一番風呂に浸かっていた。


「ふぃー……」


 日本人はやはりたっぷりのお湯のお風呂だ、と実感する。


「訓練所も宿もシャワーだったもんなぁ……。公衆浴場はあったけど、少しお高めでな……」


 自分の家にこんな大きなお風呂がある、と言うのがもう本当に最高過ぎる。


「……泳いでやろうか」


 ぽつりと俺の悪戯心が口に出る。いや、実際泳げるくらい大きなお風呂なのだ。シンプル大浴場と呼んでもいいくらい。


「いや、でも後で女子三人組が入るからな。あんまりお湯を汚すのも良くない……」


 俺はとても合理的な判断の元、泳ぐのをやめておく。面倒くさくなっただけともいう。


「極楽……極楽……」


 目を細める。そうしていると眠気が襲ってきて、ああ、俺は思った以上につかれていたのだと思い知る。


「実際……人間のみで空中戦したんだもんな……」


 重力発生点を状況に応じて異なるファイアードラゴンへと切り替えながら、俺は奴らの首を切った。


 かなりうまい使い方だったと思う。もしかしたら俺は地上戦より空中戦の方が強くなってしまったのでは、と疑うほど。


 ワイバーンを倒して、帰る途中の横やりでの戦いで、本当なら早く帰りたかったし、実際早く帰れなくてみんなに負担をかけてしまって、それが申し訳ないとも思いつつ。


「……楽しかったな……」


 罪悪感とは別のところで、俺はあの戦いを想起する。


 ドラゴンへと向かう重力引っ張られながら空中をグルングルン飛ぶのは爽快だった。襲い来るファイアードラゴンたちを、【発生点変更】で間一髪をかいくぐるのは心臓が震えた。


「楽しかった……」


 俺は一層脱力する。お湯の安らぎと脳内に蘇る骨肉の戦いで、まるで天にも昇る気分だ。


 だからだろう。俺が気づくのに遅れたのは。


「……ん?」


 きゃいきゃいと甲高い声が複数、脱衣所の方から聞こえてくる。俺はぼんやりと焦点の合わない目でそちらの方を向き、それから一テンポ遅れて、何かおかしいぞ、と気づく。


「……えっと」


 咳払い。それから、大声で言った。


「入ってるぞ~!」


 ぴた、と脱衣所から上がる声が止まる。この時点で少し気まずいが、まぁ事故るよりはよほどいい。


「あ……え、えと……」


「あ、あはは~、そ、その」


 だが、中々女子三人は再び服を着ていなくなる様子がない。何だ、と思っていると、サンドラが思いっきり風呂への扉を開いた。


「お疲れウェイド。襲いに来た」


 全裸だった。


「お前のメンタルどうなってんだよッ」


 慌てて後ろに向き直る。うおお。見た。見てしまった。かなりガッツリと。うわ~……。


 だが、俺の気遣いもむなしく、ペタペタと後ろで足音が続く。ザバァと体を流す音。おいおい待てよマジかよ。


 俺の気が動転しているのにも気を留めず、サンドラは堂々とこちらに歩み寄って、そのまま「ふぅ」と浸かり始めてしまう。え、何? 何が起こってんの?


「さ、サンドラちゃん……っ」


「ちょっと! 一人だけ抜け駆け禁止!」


 そして、声を聞くに続々とアイス、トキシィまで体を流して入ってくる。本当に何? 夢? 風呂の中で寝た俺?


「何かものすごいことが起こっている……」


「そういうこともある。人生は山あり谷あり」


「サンドラが起こしたのにすげー他人事でビビるわ」


 俺が目を瞑って言い返すと、「違う」とサンドラが言う。


「考案はトキシィ。実行決定はアイス。突撃隊長があたし。つまり責任はイーブン」


「嘘だろ」


 どういうこと? 何が起こってる? 分かんないもう俺。


 そんな風に半ばパニックになっていると、「し、失礼します、ウェイドくん……」「や、やっぱり照れるね~、あはは……」とざぶざぶ音がする。風呂のお湯が揺れている。


「悪い。一から説明してくれ。とても混乱している」


 俺が言うと、アイスが話し始めた。


「え、えっと、ね? 今日は、ウェイドくんとっても頑張ってくれた、から。そ、その、みんなで労ってあげたい、ねって。……トキシィちゃんが」


「ちょっと! アイスちゃん私を生贄にしないでよ! っていうか私が冗談で済ませようとしたのを『やろう』って断言したのアイスちゃんでしょ?」


「う……、そ、それはそう、だけど……っ」


「むしろ冗談でその案が出てくることにも驚きがある」


 俺が固く目をつむったまま抗議すると「う、だ、だって……」とトキシィはまごついている。


 そこで、サンドラが言った。


「実行されてしまったものは仕方がない。ウェイドは大人しくあたしたち三人に癒されるべき」


「……ま、まぁ待てって。一応言うけど、俺も緊張がすごいというか。動揺が激しいというか」


「じゃあショック療法で何とかしよう。ぴと」


 右腕! 右腕に何か無限の柔らかさが!


「ハッ! このままだと場所取られる! 左腕ゲット!」


 左腕からも柔らかさが包んでくる。対する俺はどう動いていいか分からず、石像のようだ。


「じゃ、じゃあ、背中、貰う、ね……?」


 そして背中にひどく柔らかな感触が押し付けられる。俺は呼吸を止めた。


「……」


「あ、あはは……す、すごい。私今めっちゃ大胆なことして……アレ? ウェイド? 停止してない?」


「呼吸が止まってる。これはマウストゥーマウスで息を吹き返さなければ」


「じゃ、じゃあ、まずわたし、から……っ」


「あっ、アイスちゃんズルい!」


 俺は蘇生した。


「ショック療法にも程がある!」


「あ、復活。おめ」


「おめ、じゃない。いや、その、何? 何だ? 困惑が止まんないんだが」


「ウェイド、くん……っ」


 背後から、ぎゅっとアイスが俺を抱きしめてくる。あ、ちょっとヤバい、ヤバいってそれ。密着度といい柔らかさと言い、ヤバい。ヤバいよ。


「ウェイドくんが、ね。今日、ものすごくて、格好良くて―――強すぎて。遠くに行っちゃいそうで、不安だった、の」


 後半の、落ちたトーンの声を聞いて、俺は冷静さを取り戻してくる。


「ウェイドくん。本当に、本当に強くて。わたしたちも、頑張ってワイバーン倒したのに。ウェイドくんは、それよりも遥かにすごいことを、たった一人でやって、帰ってきた」


 アイスが俺を抱きしめる手が、強くなる。


「それはね、すごいこと、だよ? 嬉しいし、格好いいし、憧れちゃう。……でもね、今回のは、ちょっと怖かった。ウェイドくんのすごさが、肌身で分かって、届かないって、遠くに行っちゃうって」


「……アイス」


 俺は、俺を抱きしめるアイスの手に触れる。


 すると、トキシィも口を開いた。


「わ、私も! ……私も、同じ。この毒魔法で、どうやったらファイアードラゴンを倒せるだろうって、ずっと考えてる。ワイバーンを弱らせることは出来たよ。でも、それは地上にいたから。空を飛んだままのドラゴンが私を襲ったら、私にはなすすべもない」


 ぎゅっとトキシィが俺の左腕に抱き着いてくる。俺は左手を、トキシィの腕に重ねる。


 最後に、サンドラが言った。


「とりあえず全員抱いたら?」


「台無しだよ」


 何かもうそういう感じの雰囲気じゃなくなったので、俺は局部をちゃんと隠して風呂場から脱出した。







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