第71話 撤収

 俺が色んな所からドラゴンの死骸を集めて戻ってくると、何故かみんなが休んでる場所にアレクがいた。


「お、アレクじゃん。何でここいんだよ」


「あ? だってお前ら、ワイバーン狩りしたんだろ? したらもう冒険者の領分じゃねぇよ。ギルドと、俺たち商人の領分だ」


 ニヤリとアレクは笑う。確かに前にこの話はしていたが、俺は首を傾げた。


「えーっと、つまり納品と運搬の話か?」


「ま、平たく言えばそうだな。んで……うおおお。その浮いてるの、追加のワイバーン……じゃないのが混ざってんな。それファイアードラゴンか?」


「おう。何か襲い掛かってきたから倒した」


「やるなぁおい! 流石ウェイドだな。それに、他の連中もお疲れさん」


 ちょっと雑な物言いに、しかしみんなはあまり反応しなかった。げっそりとして、曖昧に手を振り返すだけだ。


「……ウェイド、こいつらに無理させたか? ドラゴンの大半押し付けたとか」


「しねぇよ! ……ただ、ワイバーン一匹だけ倒してもらった。みんな補助型で、大変だったろうからな。それで疲れてるんだと思う」


「――――へぇ。なるほど、大体事情は掴んだ。このファイアードラゴンは全部お前一人で?」


「え? ああ。まぁ俺は魔法が強力だからな」


「ノロマ魔法がか?」


「昔の話だろ」


 俺はいまだにちょっと忌避感のある呼ばれ方をして、嫌な顔でシッシと手を振った。「悪かったよ」とアレクは意外にも素直に謝る。


「ま、疲れてるんだろ。そっとしておいてやれ。俺はとりあえずドラゴン買取の査定してくるわ」


「何でアレクが査定するんだよ」


「そりゃお前、俺がクエスト発行したからに決まってんだろ」


「お前かよ」


 えぇ、という目で見つめる。アレクはニヤッと笑う。


「これでも名うての行商人だぜ。ドラゴンくらい一人で扱えるってな」


「その辺は心配してない」


「お前人たらしだなぁ。どうだ、俺の下につかねぇか。もっとぼろ儲けさせてやるぞ?」


 指で輪っかを作って、ニヤニヤと勧誘してくる。俺は肩を竦めて、提案を突っぱねた。


「金が目的じゃねぇよ」


「んじゃ何が目的だよ」


「敵」


「は?」


「だから、敵だよ。とびきり強いのがいい。そういうのと戦ってるときの、脳がこう、どっぷりのめり込む感じが好きなんだ」


「何だそれ」


 アレクは笑う。それから、こう言った。


「勝ったときの爽快感、とかじゃなくてか?」


「まぁそれもあるが……。やっぱりのめり込んでるときの方が好きだな。戦闘の終わりのタイミングは、勝てるッ! っていう喜びもあるんだけど、同時に『もう終わっちゃうのか』って寂しくなるんだ」


「お前かなりレベル高めの戦闘ジャンキーだなぁ」


 カッカッカ! とアレクは笑った。


 それから、「お」と何かを見つけたらしく、駆け足で少し離れた場所に駆けて行った。


「おい! ウェイド。これ今回倒したドラゴンたちの卵か?」


 言われて近づくと、様々な色合いをした一抱えもある卵が、ズラリとそこに並んでいた。


「ああ、そうだ。全部ワイバーンの奴だな。ファイアードラゴンは巣を見つけてない」


「あー、惜しかったな。ファイアードラゴンの卵なんか、一個金貨一枚で取引されるぞ?」


「やば。大金持ちじゃん」


「ワイバーンならまぁ、その半値だな。二個で金貨一枚だ」


「まぁでも悪くないんじゃないか? 相場分かんないけど」


「相場としては間違ってないよ」


「お、クレイ」


 クレイがだいぶ回復してきたらしく、俺たちの商談に混ざってくる。


「けど、色を付けて欲しいところだね。何せ親がちゃんと死んでるドラゴンの卵だ。親ドラゴンに襲われる心配がないってのは、かなりの付加価値のはずだけど」


「こりゃクレイ坊ちゃんには敵わんな。分かった、一個金貨二枚にしておこう」


「毎度あり」


 クレイが着々とウチの大蔵省になっていく……。強いなクレイ。脳筋の俺じゃあ、こんな会話は出来ない。意味もなく強気にでることはあるが。


 と、そんなことを考えていると、「お? これよく見たらワイバーンの卵じゃねぇな」とアレクは一つ卵を掴み上げる。


「確かに、少し小さいな。何だそれ」


「ドラゴンで托卵……。となると」


「そうだな。よし、ウェイド。これは買い取ったら大金貨二枚は下らないが、今回は買い取らずにお前にたくーす」


 言って、押し付けられる。俺は眉をひそめて質問した。


「何だよこれ。つーか高すぎだろこの卵。こわ」


「メタモルドラゴンという、ちょっと変わったドラゴンの卵さ。それは、是非ウチで育てよう。何せメタモルドラゴンは、非専門家でも唯一育てられるドラゴンだからね」


 俺は、それを聞いて目を丸くする。え、何そのワクワク要素。超楽しそうじゃん。


「そ、育てるのか。ドラゴン。ウチで」


「ああ、きっと楽しいよ。じゃあ、アレクさん。ここからは、僕が相手をするよ」


「クレイ坊ちゃんが商談相手となると、かなり勉強させられそうだなぁ。ま、間違いなく今後のお得意様だ。仕方ねぇ。で、次にこの大量の肉だが―――」


 二人が商売的な話を進めてしまうので、俺はそこから離れた。すると、女子三人がこっちを見ていたので、何となくそっちに寄っていく。


「お疲れ様。ウェイド、くん……っ」


「ああ、お疲れ様、アイス。みんなもお疲れ様。今回は疲れたな」


「まったくだよ! 今日はみんなにちょっと恥ずかしい姿も見られちゃったし。まぁ受け入れてもらえたからいいけど……」


 トキシィの言葉に興味を惹かれて、「何だよ恥ずかしい姿って」と笑って聞き返す。


「ぜーったいウェイドには教えないよーっだ! べーっ」


「ハハハ。まぁ無理に聞くことでもないか。サンドラも、今回はありがとな。何というか、かなり一皮むけた感がある」


 自分で言うのも何だが、ちょっと短期間に強くなりすぎてしまったかな、とうぬぼれる程度には、うまく俺が成長できるピースがバシバシと当てはまった感じがしている。


 これがまた気持ちよくて、ドンドン強い相手に挑める、というワクワクが胸に溢れているのだ。


 もっと強い奴と戦いたい。


 もっと夢中で、命のやり取りをしたい。


 それが出来れば、きっともっともっと楽しい。


 そんな予感がしているのだ。


「……そう。それは何より」


 けど何かサンドラが不満そうな感じなのでショボンとしちゃった。


「……何か不満あれば言えよ?」


「別に」


「何だよー。意地悪すんなよー。言えば良いじゃんかよー」


 駄々をこねるが、サンドラは何故かツーンとそっぽを向いている。これは暖簾に腕押しか、と俺は諦めた。


「まぁ、まぁ。ひとまず、ウェイドくんも、座って?」


「ああ、お邪魔します」


 俺はアイスとトキシィの間に座る。するとサンドラが一層むくれる。


「ツーン」


「……なぁ二人とも、サンドラ何であんな不機嫌なんだ?」


「思ったよりウェイドが強かったから」


「何で仲間が強くて不機嫌なんだよ」


「ツーン」


 またもぷいっと俺から顔を背けてしまうサンドラだ。何故かアイスとトキシィは、「よしよし」とサンドラを慰めている。


「それで? その卵、ドラゴンの卵?」


「ああ、らしい。これだけ家で育てるんだと」


「……家に納まる、かな?」


「小さい内は収まると思うが、大きくなってきたら分からんよな……。でも、クレイもアレクも育てろっていうんだよ」


「そっか……なん、だろう。普通にワイバーンの卵に見える、けど。でも普通のドラゴンは、卵から育てても人間に懐かないはず、だし。うーん……」


 首を傾げ傾げして、考えるアイスだ。そこで「査定完了したぞー!」と俺たちを呼ぶアレク。


「じゃ、帰るか」


 俺の呼びかけに、それぞれが頷く。ワイバーン討伐に始まるドラゴン討伐は、こうして幕を下ろしたのだった。

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