第70話 試練のルーン
ワイバーンを倒して、サンドラも流石に気が抜けた。
「あー……疲れた。これはウェイドにぎゅってして貰わない事にはどうしようもないかもしれない。そのままベッドインまで行ってしまいたい」
「……流石、銀等級、だね。ドラゴン退治をやって、その飄々さ加減は、すごい、よ」
アイスが近寄ってきて、サンドラを労ってくれる。それが意外で、サンドラは目をパチパチとさせた。
「意外なお褒めの言葉。アイスはあたしのこと嫌いだと思ってた」
「……わたし、嫌いな人、一人しかいない、よ? サンドラさんは、そうじゃない、かな」
「そう。というか一人はいるということ?」
「昔の友達、でね。もう、しばらく会ってない、けど」
どこか含みを持たせて、アイスは視線を逸らした。サンドラは「にしても」と続ける。
「ひとまず、態度の軟化は絶対ある。この戦いで仲間って認めてくれた?」
「……あ、そっか。ううん、この戦いの前から、サンドラさんのこと、認めてた、よ? 強いし、わたしたちが見えてないことを見えてる、って。ウェイドくんのためになるって、思ってたから」
「流石、『愛してる』を断言した女。ブレない」
「は、恥ずかしいから、あんまり言わないで……!」
アイスはぽっと照れてしまう。サンドラは面白いと感じた。アレだけ肝が据わっているのに、非常時でなくなればここまで普段通りになれる。
「さて。じゃあ事後処理に移ろ。クレイもトキシィもだいぶグロッキー。ワイバーンはウェイドに任せるしかないとして、二人には安全な場所の確保が必要」
「う、うん……。じゃあ、クレイ君の場所に、トキシィちゃん連れてくる、ね?」
言って、アイスは走っていってしまう。サンダースピードがあるのでサンドラの方が幾分か早かっただろうが、やってくれるというなら任せよう。
「お疲れ様だったね、サンドラさん」
すると、ワイバーンの近くに腰を下ろしたクレイが言った。サンドラは肩を竦める。
「クレイの方がよっぽど。戦闘中に魔法印を物理拡張するなんて人は初めて見た。恐らく血を拭ったら今覚えた魔法、また使えなくなる可能性が高い。クレイはこのまま腕のいい入れ墨師のところへ行くべき」
「そうだね……。ひとまず、ここまでで神罰が下っていないという事は、法の目をすり抜けられたという事だろう。サンドラさん、いい入れ墨師、知ってたりする?」
「おばあちゃんが魔法は一通り知識を収めてる。このあたりの変身魔法に関してももちろん。ただ、やったことがやったことだから、こっぴどく怒られるとは思う」
「ハハハ! そりゃあいいね。僕もこんな事は二度とごめんだ。絶対しないように、しっかり叱られておこうかな」
クレイは腕の、血で出来た魔法印に触れる。魔法印として形作られたのが原因か否か、血はすでに乾いていた。普通あんな傷、まだまだ流血であってもおかしくないというのに。
「しかし、ウェイド君は遅いね。彼が、僕らが苦戦した時間ほど、長々と戦っているとは思えないのだけれど」
「心配するだけ無駄、という気はする」
ワイバーンの餌に地竜を狩った規格外だ。ワイバーンも問題ないだろう。
「ハハ。それはその通りだよ。ウェイド君はたびたび窮地に陥るけれど、結局どこかで盛り返して勝利する。何も問題はないさ」
「分かる」
談笑していると、アイスがトキシィを負ぶって戻ってきた。トキシィはアイスに負ぶられ、ぐったりと身を任せている。
「トキシィさんは大丈夫かい? その、戦闘中、中々な状態だったけれど」
「……大、丈夫。もう、正気に戻ってる」
体勢通り限界そうな低い声で、トキシィは弱々しく親指を立てた。
サンドラ含め周りは心配そうにお互いの視線を合わせるが、薬の領域は一番トキシィが詳しい。その彼女が大丈夫というなら、大丈夫という言葉を信じるしかなかった。
「それ、で、ウェイドくん、だよね……?」
サンドラたちの話を聞いていたらしく、アイスはこちらを見て言った。
「貸した三体の内、一体だけ溶かさずにウェイドくんに、持ってもらってるの……っ。だから、それを見れば様子が分かるはず。……でも、ワイバーンはとっくに倒してたと思ったけど」
「とっく?」
「う、うん。わたしたちが、倒そうって呼びかけあってる時には」
そんな前半の段階で勝利していたのか、ウェイド。しかもアイスの補助以外は単独だ。やっと倒したこのワイバーンの強力さを考えると、尚更際立つ。
「それで、今は」
「えっと、すこし、待って、ね?」
たどたどしく言って、アイスは目を瞑る。それから、眉をひそめた。
「多分、冒険者ポーチの中にいる、かな。でも、ものすごい風の音……。それに、叫び声? ど、どういうこと、だろう。ワイバーンは、確かに倒してた、のに」
「アイスさん、それは一体」
クレイが言ったとき、ものすごい咆哮が遠くの空か響いた。
「「「「―――――ッ!」」」」
全員が一斉に反応して、その方向を向く。そこには、真っ赤な鳥のようなもの。しかし、距離や形状などを考えるに、あれは―――
「……ファイアー、ドラゴン……?」
ワイバーンの一段上。ドラゴンの中でもっとも有名な種。ドラゴンの代表格。それが、ファイアードラゴンだ。
「マズイ。これは、タガを外してもあたしたちの手の届く領域じゃない」
サンドラが目を剥いて言うのに、全員がおののいた。それでなくとも、それぞれ満身創痍だ。普通のモンスターでも今は会いたくないというのに。
「……それでも、やるしかないならやるだけさ」
よろめきながら、クレイは立ち上がる。サンドラも苦み走った表情で、構えを取る。しかしトキシィはそんな余力もないらしく、仰向けでファイアードラゴンを見るばかりだった。
そして、ファイアードラゴンが不時着する。かなり急いだ様子で、地面を削りながら、メンバーたちへと駆けてくる。
「みんな、構えて」
クレイに呼びかけられ、サンドラは周囲に電気を走らせた。パチパチ、と断続的な軽い音は、魔力の消耗の証。こんな事になるなんて、とサンドラは下唇をかむ。
そして、ファイアードラゴンが迫ってくる。あと十メートル。すぐに激突する。クレイが気勢を上げ―――
「みんな、これ、違う」
アイスの声に一拍遅れて、ファイアードラゴンの首が飛んだ。
「……は?」
「退避! 退避ぃ!」
クレイが咄嗟にトキシィを抱き上げて、そのまま全員を引き連れて、首を失ったファイアードラゴンの死体に巻き込まれるのを防いだ。
だが、その段階で僅かにサンドラは奇妙さを覚えた。何故なら、ファイアードラゴンの死体の進む方向が、突如として曲がったから。
まるで、退避するまでもないように気遣ったように。
「おいっ! みんな大丈夫か!?」
そこで現れたのはウェイドだった。みんなを気遣ってから、「良かった、巻き込まれてる奴はいないな」と、ほっと胸を撫でおろしている。
それから、サンドラでさえ困惑気味に、問いかけた。
「……あの、ウェイド? その、ファイアードラゴンは」
「え? ああ、ごめんな。こっちに逃げてくから何だと思って追いかけてたら、まさかみんなが戦ってる場所とは」
「いや、違くて。その、何? ……ファイアードラゴン倒したの、ウェイド?」
「え、うん」
「……何で?」
あまりにも意味が分からなくて、サンドラは問いかけていた。すると、ウェイドは「ああ」と頷く。
「ワイバーン狩りは結構簡単に終わったんだけどさ、すぐに合流しようとしたら、『試練』のルーンが輝きだしたんだよ。んで見たらこのドラゴンが俺めがけて突っ込んできてて」
「は……?」
「これが噂の危機察知か! つって慌てて応戦してたら、さらに二匹追加でさ。その死骸は山の上なんだが」
「待って。ウェイドは一旦待つべき」
「あっはい」
困惑しきりのサンドラは、一旦ウェイドを黙らせる。それから、整理して言葉を発した。
「つまり、ウェイドはワイバーンを無事倒したけど、その後に襲い掛かってきたファイアードラゴン三匹を、一人で相手取って倒した、と」
「ああ。いや、楽しかったけど驚いたし、こっちも心配だったしさ―――っておい! みんな怪我してないか!? ワイバーンか? ああ、すまん、もっと早くこいつらを倒していれば」
ウェイドは心底悔しそうに俯く。だが、サンドラは「い、いや」とフォローした。
「十分。というか、十分すぎる働き。ファイアードラゴンが一匹でもこっちに来ていたなら、あたしたちは間違いなく壊滅してた。というより、むしろファイアードラゴン三匹をどうやって一人で……」
「ああ、最初のワイバーンで空中戦がどんなもんか分かってな。後は空中で重力いじりまくって空を飛びながら、ドラゴンたちの首を落として回ってたんだ」
最後の一匹がこいつ。とウェイドは転がるファイアードラゴンの首に視線を向ける。
「……でも、本当にごめんな。多分この感じだと、ワイバーンが思った以上に大変だったんだろ? サンドラは流石銀等級だけど、三人は……」
眉を垂れさせて言うウェイドに、クレイは言った。
「いいや、心配はご無用さ。むしろ、もう僕らはこの程度なら僕らでどうにかできる。そういう、成長を含んだ戦闘だった」
「でも」
「でもじゃない。僕らは、君に追いつくと誓い合って戦ったんだ。もう同情は止めてくれ。これ以上は侮辱だ」
ウェイドは、沈黙する。クレイは続けた。
「だから、喜んでくれ。君無しでも、僕らはワイバーンを狩れる。君は変わらず、その鮮烈な才能とまっすぐさで、僕らを率いてくれればいい。僕らはそんな君に憧れて、僕らで勝手に強くなる」
クレイが屈託なく笑うのを見て、ウェイドはやっと相好を崩した。
「そうだな。もっと、信頼しなきゃな。お疲れ。ワイバーン倒すなんて、みんなすげぇよ」
「ああ、すごいだろう。だから、少し休ませてくれ」
クレイが、力を抜いて地面に横になった。全身を弛緩させて、ほっと息を吐く。
だが、焦燥感を感じているのは、サンドラだけではないだろう。
想定以上だった。サンドラが考えていた、ウェイドはきっとこのくらいの速さで成長していく、というかなり早い予想ラインよりも、もっと、遥かに早く強くなっている。
それには、今回の様なテコ入れだけでは不十分だ。もっと、もっと強くなる必要がある。そうでなければ、きっとサンドラを含めた全員が、ウェイドについていけなくなる。
ウェイドを見て僅かな強張った笑みを浮かべるアイス。仰向けのままのクレイ。やっと上体を起こしたトキシィ。そして下唇をかむサンドラ自身。
「じゃあ、ドラゴンを運びやすいように集めてくるな」
とんっ、と軽い調子でウェイドは飛び上がって、そのまま真っすぐに空を飛んで行く。一体何番目の魔法だ。きっと、ウェイド以外の誰もがそう思っている。
「強く、なりたい」
アイスの言葉に、全員が頷く。
「まだ、足りない。この程度じゃあ、全然置いていかれてしまう」
「どうしようね。……ウェイド、強すぎだし、才能在りすぎだよ」
「努力するしかない。常軌を逸した努力を。常人が天才に追いつくための努力を」
天才だと称されたサンドラでも、すでにウェイドに後れを取っている。用心棒をしていたタイミングでは、きっと少し勝っていた。だが、今は違う。大きく後れを取っている。
凡人が天才に追いつくには。
四人の視線が交差する。そこには、先ほど宿った狂気の色は失せていない。
単なる努力ではダメだ。常軌を逸した努力が必要になる。だがきっと、ウェイドはその常軌を逸した努力を、嬉々としてこなす。サンドラたちが倒れてなお、ウェイドは楽しくてやめられない。
だから、サンドラたちが行うべきは、もっと上。常軌を逸した努力では足りない。抜本的に、もっと、常識を根底から否定するような、そんな努力が必要となる。
アイスが、口を開いた。
「ウェイドくんを、幸せにするために」
アイスの言葉に、クレイが続く。
「ウェイド君に並ぶ、英雄になるために」
クレイの言葉に、トキシィが続く。
「ウェイドたちと、ずっと一緒に冒険するために」
トキシィの言葉に、サンドラが続く。
「ウェイドと、同じ場所で死ぬために」
四人は求める。狂気を。さらに強くなるための、狂気を。
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