第66話 奇襲! ワイバーン

 地竜を魔法で浮かせて運搬し、補足班と合流すると、三人とも「は?」という顔をした。


「えっと、ウェイドくん……ワイバーンの餌のために、地竜倒しちゃった、の?」


「ああ。まさか出会うとは」


「なるほど……。いや、良いんだ。何も問題はない。ない、が。……ウェイド君の規格外っぷりを再確認したね」


「やばやばやば。ワイバーンの餌でちょっと大きい雑魚捕まえてくるのかと思ったら、他のドラゴン倒してきちゃうのヤバすぎ。頭ぶっ飛んでる。ウェイド大好き」


 無表情のまま目をハートにしたサンドラに抱き着かれて、冷静に考えたらすげぇバカをしたな、と自覚する俺だ。


 何だよドラゴンの餌にドラゴン狩るって。タイを釣るための餌にタイを買ってくるような訳の分からなさがある。


「いや……びっくりしたよね。遭遇もびっくりしたけど、逃げる段取り話してると思ったら、私を避難させてどう攻撃を仕掛けるかを考えてるとはね」


 引きつった笑みを浮かべて、トキシィは言う。ごめんて。


「ま、やっちゃったものは仕方ないし、怪我はしてないからこれでいいよ」


 トキシィから許しが下りる。俺が拝むのをスルーして、トキシィは続けた。


「で、補足班三人に共有ね。私、地竜の肉に麻痺毒いっぱい注入しておいたから、これを食べさせればまず間違いなく痺れて動けなくなるよ」


「助かるよ。餌確保班はこれ以上ない仕事をしたね。ワイバーン補足班としては、ワイバーンの巣をこの崖の上に確認している。片方が出ていって、片方が巣の中だ」


 クレイの情報共有に、俺は顎に手を当て考える。


「なら、開けたところに地竜の死体を置いておけば良さそうだな。通りがかれば、見付けて食べるだろ」


「了解。じゃあ、落石に押しつぶされて死んだ、というシナリオで行こう。僕の土魔法に、大岩を作るものがある、これでワイバーンも怪しまずに食べてくれるはずだよ」


「分かった、それでいこう」


「ウェイドくん……っ。その、あっちに開けた場所、あった、よ?」


「ありがとな、アイス。じゃあ案内してくれ」


「うん……っ」


 アイスの案内で俺は地竜の死体を運搬し、木々の開けた、崖傍の日の差す一角に設置した。


 そこに、クレイが「クリエイトロック」と大岩を落とす。これで、地竜は落石に巻き込まれて死んだようにしか見えなくなった。


「あとはワイバーンが見つけて食べるのを待つだけ。耐えの時間」


 いまだに俺にくっついて顔をすりすりしているサンドラは言う。


「そうだな。……そろそろ離れないか?」


「ハッ。あまりの素敵っぷりに理性を失ってた。失ってたついでにワイバーンが来るまで継続で」


「ダメ、だよ……っ」


「うーん、サンドラはちょっと引っ付き過ぎだから、離れよっか」


「殺生なぁ~」


 アイスとトキシィに引きはがされ、サンドラは引きずられていく。


 クレイが近づいてきて、俺にそっと耳打ちしてきた。


「まさか権力にも金にもものを言わせずハーレムを構築するとはね。やるじゃないか、ウェイド君」


「……クレイ、すでに修羅場が怖いんだけど、これどうすればいいと思う?」


「全員迎えてあげればいいじゃないか。その分稼ぐ必要があるけれど、重婚が禁止の国は少ないよ。この国も許されてる」


「マジ……?」


 俺が青い顔で聞き返すと、クレイはいつもの、何を考えてるか分からない笑みを浮かべた。怖いからやめて欲しい。


「っていうかさ、クレイはその、不快じゃないか? 俺ばっかりこう……いい目を見てて」


「え? いい目? どこが?」


「それ三人に失礼だろ」


 真顔で言うなよ全員可愛いだろうが!


 俺が半ギレで言うと「ああ、まぁ、いいんだよ」と曖昧に誤魔化される。


「僕は僕でいい人が居るし、疎外感を感じたことはない。重ねて言うけれど、僕が惚れ込んだのは君だ、ウェイド君。僕が賭けているのも君一人だ。だから、君の色恋は僕を気にせず好きにしてくれ」


「……そう言うならいいけどさ」


 俺が言うと、クレイは含みたっぷりに笑った。こいつ……。


「っていうかクレイ、いい人いるのか」


「遠距離恋愛だけれどね。……他の人には秘密にしておいてくれよ?」


「分かった。言わない」


「ウェイド君の約束は信用できるね」


 クレイと軽く笑う。三人が戻ってくる。


 ともかく、俺たちはワイバーンが訪れるまで待機に移るのだった。











 ワイバーンは、夕暮れに現れた。


 口には、羽ウシがくわえられている。ということは、結構城壁に近いところまで出てきたのか。中々の騒ぎになったに違いない。


 が、ワイバーンは俺たちが用意した地竜を見つけるや否や、羽ウシを口から取りこぼした。俺たちは小声で「(退避退避!)」と慌てるのなんか気にもしない。


 ワイバーンはよほど腹が空いていたと見えて、その場で地竜をむさぼり始めた。俺たちはその成り行きを見守る。


「(これは、プラン2だな)」


 俺が言うと、全員が頷いた。プラン1の、ワイバーンの番いのどちらもが毒にかかり、それをボコるだけ、という一番楽な流れには持って行けそうもない。


 という事で、俺たちはさらに離れた位置に移動し、巣を守るメスのワイバーンが見える場所まで移動した。


 そして、俺は剣を構える。


「よし、じゃあ全員、補助頼むぜ」


「「「「了解」」」」


 全員が深呼吸をする。俺は剣の切っ先を巣のワイバーンに向けて、こう唱えた。


「オブジェクトポイントチェンジ」


 鉄塊剣の矛先が、ワイバーンに向かう。だがまだ手放さない。鉄塊剣の重量も【軽減】中だ。まだ、何となく切っ先が向くくらい。


 そこで、クレイとトキシィが俺の傍につく。


「……もう少し上」


 ルーン魔法で集中力を上げたトキシィが、俺に指示を出す。


「こうか?」


「うん。それで、ほんのちょっと右……。完璧」


「サンキュ」


 続いて俺を補助するのはクレイだ。


「クリエイトロック」


 クレイの呪文に応じて、もこもこと盛り上がった岩が、俺の剣を掴む手を固定した。これで、もう俺の腕力は要らなくなる。要らなくなるから、【軽減】から【加重】に一気に切り替えた。


 クレイの岩に、ぴし、と僅かにヒビが入る。だが、それだけ。勝手に飛んで行くようなことはない。


 それを確認して、俺たちはその場から離れる。代わりに剣に寄っていくのがサンドラだ。


「エレキストレージ」


 サンドラが流した電気が、放出されずに鉄塊剣の刀身に蓄積される。俺たちは、ごくりと唾を飲む。即興で作ることになったが、えげつない破壊兵器になりつつある。


 そして最後に、俺の近くに寄ってきたアイスが、俺に3体の雪だるまを託してきた。俺はそいつらを、冒険者ポーチの中に入れておく。


 地竜を確認に戻っていたクレイが、またこちらに戻ってきた。そして手を高く掲げる。オスのワイバーンが毒で痺れ始めたらしい。俺は頷き、さらに【加重】を掛ける。フル出力だ。


「まだ」


 トキシィが言う。戻ってきたクレイが頷く。


「まだ……まだ、あと、少し―――今ッ!」


「解除」


 クレイの岩が瓦解する。そして、鉄塊剣の矢は放たれた。


「ポイントチェンジ!」


 俺は鉄塊剣を座標に定め、一緒に飛んで行く。


 ものすごい勢いだった。俺がよりも早く進む鉄塊剣に引っ張られ、どんどんと俺も加速する。


 地面はとうに遥か下。森の木々は見る見るうちに俺の足元を通り過ぎていく。


 メスのワイバーンは、「クル……?」と風切り音にこちらを向いた。だが、もう遅い。


 お前は、とうに死に体だ。


 着弾。


「ヒットォッ!」


 俺は大声を張り上げる。さぁ、早々にこいつはぶち殺すぞ!


 ワイバーンを貫いた鉄塊剣は、そのままワイバーンを貫通して左腕と羽を破壊した。ワイバーンはそこに蓄えられていた電気を存分に食らったと見えて、痙攣を繰り返す。


 そこで、俺は鉄塊剣に掛けていた【発生点変更】を解き、勢いのままに飛んで行かせた。俺はそこ引き寄せられてワイバーンの上空を飛ぶ際に、アイスの雪だるまを放流する。


「援護頼むぜ、アイス」


「「「キピッ」」」


 雪だるまはワイバーンの身体の様々な部分に引っ付いていく。同時、俺は鉄塊剣にやっと追いつき、その柄を掴んだ。


「さぁ、行くぜ」


 ここからは、なぶり殺しだ。


「ポイントチェンジ!」


 俺は鉄塊剣を構えながら、自分にかかる重力の発生点をワイバーンに変更する。空を飛ぶ軌道は弧を描いて変化し、俺はワイバーンを起点にしたヨーヨーのように引き寄せられていく。


「アイスッ!」


「キピッ」


 アイスの雪だるまがワイバーンの足を凍らせた。俺はそこに引き寄せられる。


 一閃。


 ワイバーンの足が、塊になって砕けた。そこで痺れが解けたのか、ワイバーンは「ギャォオオオオオオオオ!」と悲鳴を上げる。


「まだまだァ!」


 俺は彗星のように楕円の軌跡を描いて、再度ワイバーンに襲い掛かる。気付いたワイバーンが俺に攻撃を合わせようとするが無駄だ。そのためのアイスの雪だるまなのだ。


「アイスッ!」


「キピッ」


 さらに一閃。振りかぶりながら凍えた腕が、鉄塊剣の一振りで四散する。


「グォオオオオオ! ギャオオオオアアアアアア!」


「さぁ、最後だぜオオトカゲ!」


 俺は鉄塊剣を振って、そこで【軽減】からの【加重】によって発生した運動エネルギーにより、さらに上に空中を舞う。そして思い切り【加重】を掛けて、鉄塊剣を振りかぶる。


 俺は、笑った。


「じゃあな、ワイバーン。お前の狩りは、楽しかったぜ」


 アイスの魔法でワイバーンの胴体が凍り付く。鉄塊剣が、粉砕した。

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