第65話 餌に殺されるな!

 地竜の大きさはどの程度か、という質問に、俺はこう答える。


 一軒家と同じくらい、と。


「……!」


 それは、亀とサイを足して2で割ったような生物だった。


 亀の甲羅のような、がっしりとした胴体。そしてサイのように突進力を備えた足と角。そして一軒家ほどの大きさの体躯。


 俺たちは口端を引きつらせながら、咄嗟に近くの茂みに身を隠した。


 地竜には、気付かれていないだろう。視線は俺たちには向かっていなかった。


 だが、地竜は腹が減っていた。


「グルルルル……」


 地竜は、その亀とサイを足して2で割ったような頭を地面に下げて、すんすん、と鼻を鳴らした。どうやら、周囲で食料を探し回っているらしい。


 そして、ピクリと反応した。


 それは、先ほどまで俺たちが立っていた場所だ。


「……」


 地竜は、じっと俺たちの茂みを見つめている。まんじりともせず、じっと。


 これは、マズイ。


「トキシィ、一回飛ぶぞ」


「え?」


 俺はトキシィを抱きかかえ、唱えた。


「ポイントチェンジ」


 俺たちは、空中に落ちる。


「きゃぁああああ!?」


 勢いよく宙に飛び立った俺たちを、地竜の視線は追ってくる。だが、その体の構造上、一定以上の高さまで行くとついてこられないらしい。すぐに見失ったのか、左右を見回していた。


 対する俺たちはと言うと、重力点と定めた空中の一点で、ぴたりと制止していた。


「……し、死ぬかと思った。空に吸い込まれて、どこまでも落ちていくのかと」


「やるか?」


「その冗談怖すぎるからやめて」


 ぺしっと叩かれる。俺が悪い。


 ひとまず、これで身の安全は確保できた。だが、ここからどうやって倒そうか、と考えると中々難しいものがある。


 ま、何はともあれ試してみるしかない。防御力がどれだけのものかも分からないしな。


「トキシィ、体重を軽くして放り投げるから、うまく着地して離れたところで隠れててもらえるか?」


「……分かった。いつもウェイドが無傷で着地するのと同じ魔法ってことだよね? 何とかやってみる」


「助かる。じゃあ行くぞ―――オブジェクトウェイトダウン」


「体かるっ」


 魔法の効果にびっくりするトキシィを少し遠くに押し出した。トキシィは緩やかに落ちていき、そのまま木に引っかかる。それからこちらに向き直って、親指を立てて下りて行った。


 それを確認して、俺は鉄塊剣を構える。


 狙いは地竜。俺は深呼吸をして、唱えた。


「ポイントチェンジ、ウェイトアップ」


 限界まで【加重】をかけ、俺は鉄塊剣を振りかぶりながら地竜に襲い掛かる。


「えっ!? 地竜倒すの!? ワイバーンの餌に!?」


 トキシィが離れたところで叫ぶが、もう遅い。


 景色が飛ぶ。地面が迫る。【軽減】をかけるタイミングを少しでもミスれば死ぬような重力が俺にかかっている。その分効果は絶大。ワイバーンを軽く砕くような威力が鉄塊剣にはある。


 だが、振り下ろした鉄塊剣は、地竜の甲羅にヒビのみを入れて弾かれた。


「マジかよッ!」


 俺は即座に【軽減】に舵を切って、軽やかに着地する。地竜はそんな俺に気付き、ノシノシと方向を変え正面にとらえ直す。


 そして、突進。俺は再び空中にし、回避する。


 まるでダンプカーのように、あるいはそれ以上の力技で、地竜は障害となる木の全てをなぎ倒して進む。奴の進んだ後に道が出来ている。


「やべぇな……。この攻撃力と防御力、そりゃ一帯の主とも言われるわ」


 鉄塊剣のフル【加重】で砕けないのは常軌を逸している。しかも人間越えの機動力でもなければ、突進を食らって即死だ。重力や雷、あとは風以外、立ち向かう資格すらない敵。


 俺は再び地面に戻り、剣を構えた。地竜は方向転換して、また俺を正面に捉える。


 睨み合い。地竜も、普通に敵対して倒せる敵ではない、と俺を認識したのだろう。お互いに、深く呼吸を繰り返す。


「考えろ」


 俺は自らに言い聞かせる。


「普通にやれば、勝てない敵だ。ごり押しするにしても、何度も甲羅に鉄塊剣を叩き付けることになる。それじゃあワイバーン捕捉班を待たせる。却下だ」


 じり、と地竜が身じろぎをする。焦れている。普通なら、誘いを入れるタイミング。


 俺は、可能性を吟味する。


「地竜の首狙いはどうだ。やる価値はある。が、不確定要素が大きい。こんなところで怪我をするわけにはいかない。この戦闘で、俺は勝負に出ない。だがそれじゃあ威力が足りない」


 威力、という言葉が俺の中で引っかかる。


「俺のフル【加重】で通じなかったのは、俺と鉄塊剣の重さが元になったフル【加重】だからだ。なら――――」


 その時、地竜は走り出した。


 睨み合いをこらえきれなかったか。あるいは、俺の変調に好機を見出したか。


 俺は正面から地竜を見据え、そして手を翳した。


 右手の、魔法印の疼きが、それでいいと答えていた。


「オブジェクト・ポイントチェンジ」


 地竜の巨体が、空へ


「!? グルルァ! グルルルルァアアアア!」


 地竜はいまだかつて味わったことのない浮遊感に、ジタバタと暴れた。だが、俺の魔法は無理やり浮かせているのではない。落ちる方向を変えただけだ。


 だから俺は、地竜の影の真下に、鉄塊剣を突きさした。柄を地中に、刃を地上に。


 俺は離れてから、地竜に言った。


「悪いな、今回はちょっと急いでるから、勝負はしてやれないんだ」


 肩を竦めて、俺は申し訳ない気持ちで言う。


「じゃあ、死んでくれ。オブジェクトポイントチェンジ。オブジェクトウェイトアップ」


 俺の設置した鉄塊剣の真上から、【加重】を掛けられた地竜が落ちてくる。その巨体は巨体ゆえに木に掴まるなどの回避をろくに取れず、ただもがきながら落ち、貫かれた。


 甲羅が砕ける。地竜は悶え、息絶えた。

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