第64話 餌を探せ!

 数日後、俺たちはルーンの書き取りを終えてから、森に赴いていた。


「あたしも巻き込まれるなんて」


「まぁまぁ。奥の手的な魔法が増えると思えばさ、学び甲斐もあるって言うか」


 いきなり巻き込まれてよく分からない文字を勉強させられたサンドラは、不機嫌そうに先頭を歩いている。それを宥めるトキシィは何とも苦労人だ。


 そうやってしばらく歩いて、大体森の半ばまで来たな、というところで俺たちは止まった。


「よし、じゃあ段取り通り、班に分かれよう。俺とトキシィの『餌確保』班と、他三人の『ワイバーン捕捉』班だ」


「「「「了解」」」」


 俺たちは班に分かれる。


「じゃ、よろしくな」


「そっちもね」


 俺とクレイが班長になって、それぞれ別の道に分かれていく。クレイたちはまだ道なりに。俺たちは早速獣道へ。


 俺はトキシィと二人っきりで、森の奥へ奥へと進んでいく。


「しかし、あらためてクレイはあの班大丈夫か?」


 俺が言うと、トキシィが笑う。


「まだ心配してるの~? クレイは腹黒だけど、コミュ力あるし大丈夫だよ」


「クレイはあるけど、他二人がほら。あとやんわりあの二人クレイのこと嫌いだろ」


「え、そんなことないと思うよ。二人ともウェイドが好き過ぎるだけで、クレイは好き寄りのニュートラルでしょ」


 好き過ぎる、と言われて照れればいいのか困ればいいのか。


 俺は咳払いで誤魔化してから反論する。


「そしたらアイスもサンドラもかなりのコミュ障ってことになるが」


「なるよ」


 なるんだ……。


「アイスちゃんは慣れるまで全然喋んないし、サンドラもあのマイペースでしょ。私も苦労したよ二人には」


 その物言いだともう懐にもぐりこんでいるような感じだが、実際トキシィはアイスと仲がいいし、先ほどサンドラのフォローをしていたばかりだ。


「それで言えば、ウェイドとクレイは話しやすいよね。ウェイドはイノシシだし、クレイは腹黒だけど」


「あいつ出会った当初は結構純朴な感じだったんだけどな」


「私のときも最初猫被ってたよ」


「やっぱか」


 少し笑う。それから、俺はハッとしてトキシィを見た。


「……改めて思うと、トキシィってもしかして、めちゃくちゃコミュ力が……」


「まぁ……パーティに入れてもらえるように鍛えてたし」


 鍛えてたのか……。


「ところで」


 話題を切り替えながら、トキシィは俺にすり寄ってくる。


「私とウェイドが二人っきりって、ちょっと珍しいよね。アタックしちゃおうかなぁ~」


「うぉ、えぇ!? いやいや待て待て。このタイミングでか? というか何かこう、みんな俺に対して激しくないか?」


「何がですかぁ~、うりうり」


 トキシィは頭を俺の肩のあたりにぐりぐりやってくる。やめろ可愛いな。恋しちゃうだろ。


「……ま、本当にこと言うとさ、ウェイド、思ったよりモテるから、負けてらんないなって」


「マジで俺がモテるの意味わかんないんだよな……」


 訓練所入る前の俺なんか、スラムじゃ痩せ犬扱いだったのに。近所のガキんちょに石投げつけられて逃げた思い出すらある。


「ウェイドは格好いいよ」


 だが、トキシィは断言した。


「迷いがなくて、自信満々で。……ノロマ魔法なんて魔法授かったら、普通その日の内に心折れて訓練所なんか辞めちゃうんだよ。みんなからバカにされるし。実際弱いし」


 でも、とトキシィは言う。


「ウェイドはそれを跳ね返して、今じゃ噂されるほどのパーティのリーダーやってる。おっきなパーティハウス買って来ちゃうし。……私の膨大な借金、一気に返しちゃうし」


 あと、とトキシィは視線を逸らす。


「……イノシシが加速しそうだからあんまり言いたくないけど、戦ってるときのウェイド、迫力あって格好いいし……」


「トキシィ、俺ちょろいんだからやめろよ。好きになっちゃうだろ」


「好きになって欲しいんですぅ~!」


 そんな風に戯れながら歩く。だが、中々ワイバーンの餌にふさわしいモンスターと遭遇しない。


「うーん……。足跡はチラホラあるけど、全部古いんだよね。数日前のばっかり。人間襲うような大物が寄って来やすいように声出して歩いてたのに、ちっちゃいのが逃げてくばっかりだよ」


「となると、これの出番か」


 俺が手甲のルーンをトキシィに向けると「うわ」と嫌な顔をされる。


「正直さ……その効果ってどうだったの?」


「まぁまぁ。とれあえず何か起こるっぽい、くらい」


 サンドラとおばあちゃんの口喧嘩に遭遇するというのが効果なのかも微妙だしな。


「どうなんだろうね。実際、他のみんなのルーンとは毛色が違うし。分かりやすい効果とかないもんね」


「それはな。じゃあ、ひとまずやるか?」


「……どうぞ」


「いきます」


 俺はルーンをなぞる。するとルーンが輝き、そして光が武器に溶けだしていった。


 輝きが消える。俺たちは視線を交わす。


「……どうよ」


「え、分かんな―――ッ」


 その時、俺たちは周囲に突如現れた巨大な気配に振り向いた。


 木々の向こう。そこに、信じられないほど大きな影がある。先日、サンドラに隠れるように言われて盗み見た、本来のこの一帯の主。


「……ウェイド。そのルーン、効果ヤバくない?」


「……俺もビビってる」


 向こうから木々をなぎ倒して進むその巨躯は、ワイバーン同様にドラゴンのもの。


 地竜。


 ある意味もっともワイバーンの餌に向いた獲物が、俺たちに向かって進んできていた。

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