第62話 サンドラハウス

 招かれた家は、何と言うか、温かみのあるおばあちゃんのログハウスをベースに、魔法系の雑貨店を混ぜ込んだような雰囲気だった。


「たくさんものがありますね」


「世界各地から取り寄せてな。儂の趣味にすぎぬ。何か珍しいものを手に入れてきたら、どれかと交換してやってもいいぞ」


「へぇー! 覚えておきます」


 おばあちゃんに招かれ、俺は机につく。ぶー垂れた様子のサンドラも、俺の横に座った。


「少し待っていておくれ。お茶を出そう」


「ああ、お構いなく」


「バカモノ。若者はな、老人が出したお茶菓子や甘味は黙って受け入れておけばよいのだ」


 言われて、俺は笑ってしまう。


「じゃあ、いただきます」


「うむうむ、よいぞ。絶えず昔馴染みが送り付けてくるのでな。どうせ一人では、食べきれず腐らせるだけよ。それならこうして振る舞った方が良い」


 満足げに言いながら、おばあちゃんは奥に引っ込んでいく。


 すると、サンドラは恨めしそうに言った。


「余計なお世話」


「何が?」


「いくら運命の人でも、家族関係にやすやすと踏み込むのは野暮。ヤボヤボウェイド」


「俺は本に釣られただけだぞ。サンドラが俺をワイバーンで釣ったのと同じだ」


「ぐぬぬ。釣られやすいくせに口は達者。可愛くない」


「本当は?」


「……後輩におばあちゃんに叱られるの見られるの、顔から火が出るほど恥ずかしい。見ないでになっちゃう」


 サンドラは両手で顔を覆う。表情筋は動かないが、頬はいつもより赤みがかって見えた。


「サンドラ可愛いな」


「かっ! ……ウェイド、実はチャラ男? パーティに女の子が多いのもそういう……」


「いや全然そんなことない。……ないけど、前に口を滑らせてから、あんまり言うのに抵抗がなくなってるのは、ある」


 前にアイスとトキシィが仲良くわちゃわちゃやってるのを見て、「二人とも可愛いな」とつい言ってしまったのだ。


 一瞬空気が凍ったが、みんな照れ照れで喜んでくれたので、それ以来可愛いと感じたら言ってしまうような機運が来ている。


「ウェイド、環境に変えられちゃった。女の子に囲まれて……」


「言うてギリギリ男のが多いけどな。アレクもいるし」


「アレク?」


「ああ、会ってなかったな。ウチの家に住み込みで魔法教えてくれてる……先生? 商人? そんな感じの人」


「深紅の髪をした商人か? カッカッカ! と笑う、若者の」


 奥からティーポットとお菓子をトレーに載せて、おばあちゃんが出てくる。


「あ、はい。そうです。お知り合いで?」


「たまにここのコレクションを買いに来る。商売相手というよりは、好事家仲間、といった具合だの。まったく、世間は狭い」


 言いながら、おばあちゃんはサンドラの正面に座った。サンドラは分かりやすく、ぷいっとそっぽ……というか俺を向く。


「さて、説得を手伝ってくれ、という事だったが、まず状況を説明しようか」


 おばあちゃんから差し出されたクッキーの皿を受け取りながら、俺は頷く。


「といっても、何のことはない。この非行少女が毎日ほっつき歩いてるのを、止めて欲しい、というだけのことよ」


「……毎日ほっつき歩いてんの?」


「ぷい」


 サンドラは俺からもそっぽを向いてしまう。


「少し前はナイトファーザーの施設で寝泊まりしていたと聞いて、本当に心臓が止まるかと思ったぞ。奴らと手を組むなんて、何を考えておるか!」


「ぷいー」


 聞く耳を持たないサンドラだ。


「……と、このザマだな。儂から言っても聞かぬ。そこで、サンドラから好かれているそなたからも言って欲しいのだ」


「なるほど」


 俺は「んー」と考えて、一つ質問をした。


「昨日って、何で帰ったんだ?」


「何でって?」


 俺の言葉の意味が分からないようで、サンドラは首を傾げる。


 ひとまず、叱るような形での会話でない限りは応答してくれるらしい。


「いや、話聞く限りさ、昨日はこのおばあちゃん家で寝泊まりしたわけじゃないんだろ?」


「……まぁ、そう」


「昨日はその辺の公園で横になっていた。昼頃の散歩で見つけて、あの言い合いということだ」


 公園て。しかも俺が二人を発見したのは公園ではない。


 もしかして、サンドラが逃げておばあちゃんが捕まえて、を何度も繰り返して微妙に移動し続けた結果の、あの場の言い合いなのだろうか。


 移動しすぎだし、おばあちゃんも根気ありすぎでは。


「それは、問題だな。とりあえず屋根のある場所で寝た方がいい」


「じゃろう!? ほら、そなたの想い人もこう言っておるぞ、サンドラ」


「……あたしだって、好き好んで公園で寝てるわけじゃない。公園で寝る方が、うるさいばっかりのこの家で寝るよりマシなだけ」


「公園の寝泊まりは危険じゃないか?」


「危険? 銀等級持ちの冒険者にとって、街中の危険なんて危険じゃない」


 チャリチャリ、とサンドラは、三つの内二つも銀の冒険者証を揺らす。


 確かに、サンドラ強いからな。銀の弓だから魔法も多彩だろう。自動迎撃のできる魔法があれば、問題ないのかもしれない。


 だが、間違いなくそれよりもいい場所はある。


「なぁ、サンドラ」


「何。ウェイドからでも、ウザイ説教は御免」


「その辺で寝泊まりするくらいならウチ来ないか?」


「ん? ……どゆこと?」


「小坊主、そなた何を言っておる」


 二人からのツッコミに、俺はコホンと咳払いをして仕切り直す。


「まず、前提を確認します。おばあちゃんは、野宿するサンドラが心配。自分の家で過ごして欲しいが、まずは野宿をやめてほしい」


「ま、まぁそうじゃな……」


「で、サンドラは多分マジで金がなくて、仕方なく野宿している。でも反抗期だからここには帰りたくない」


「反抗期……うん」


「なら、ウチのパーティハウスで寝泊まりすればいい。昨日その話する前に帰っちゃったから話せなかったんだけど、あの家、俺のパーティのモノだし、個室もまだまだ余ってるぞ」


「乗った」


「待った!」


 サンドラの即決とおばあちゃんからの待ったが入る。


「ウェイド。あたしウェイドの家に骨をうずめる」


「待て待て待てぇい! 勝手に話を進めるな! まず、何だ!? 小坊主、そなたの、家? そなた家を持っておるのか? その若さで?」


「最近ちょっと臨時収入があって、家を買ったんです。パーティ用の、結構大きな奴」


 それに、首を傾げるサンドラ。


「……もしかして、ユージャリーの件?」


「まぁな」


「わぉ……やるぅ」


「なんと……小坊主にそのような経済力が」


 あの一件みたいな荒稼ぎはそうできないとは思うが。ひとまず嘘は言っていない。


「で、ウチのパーティには女の子も割といますし、すでにサンドラもパーティに加入済みです。ちゃんとした家なので、野宿よりは全然マシかと」


 俺の提案に、サンドラは赤べこ人形のように首を縦に振っている。


 一方おばあちゃんは腕組み思案顔だ。いきなりやってきた娘よりも年下の男の提案に、簡単に乗ることは難しかろう。


「家の権利書は見せられるか」


「はい。必要であれば、明日にでも見せに来ます。家も見たい場合は、ご足労いただければ」


「まるで商人のように話すな、そなた……」


 いっけね。前世のジョブローテーションで営業叩き込まれたのが、ちょっと出てきてしまったらしい。


「ふむ……まぁ、そうだな。分かった。野宿よりは、遥かにマシであろう。サンドラもそなたを気に入っているようだしの」


「わ……おばあちゃんが大人しく頷くの初めて見た」


「それはサンドラがモノをあまりに考えないからであろうが!」


「オババがおこ……会話めんどい」


 サンドラは強引に俺を壁にして、おばあちゃんへのガードを作っている。


 おばあちゃんはサンドラに話しても仕方ないと判断したのか、嘆息して、こう言った。


「小坊主、ウェイドと言ったな。そなたに、このじゃじゃ馬娘を託す……。この通りの不束者だが、こと戦闘や魔法においては天才肌よ。うまく使ってやってくれ」


「はい、承りました」


「それと、約束のものだな。これじゃ。そなたの神、ニュートンについてのそれこれが、余すところなく書かれている。返すのは満足してからでよい」


「おぉー! 助かります」


 分厚い本を受け取る。これで強くなれるぞ、と俺はホクホクだ。


「そしてサンドラ。こんな良い男中々おらぬ。運命と断ずるならば、必ず捕まえて見せろ」


「分かった。今度ひ孫の顔見せてあげるね、おばあちゃん」


「ぶふぉっ」


 俺は思わず吹き出す。


 あの、サンドラさん? おばあちゃん?


「おーおー、そなたがこの優良物件をちゃんと捕まえたら、儂が死ぬ前にひ孫の顔を見せてくれ」


「大丈夫、すぐだから」


「サンドラ、それにおばあちゃん。早い。色んな気が早い」


 俺が言うと、サンドラは俺の両手をそっと包んで言った。


「大丈夫、年上のあたしがリードしてあげるから」


「話全然通じてないじゃん。びっくりだよ」

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