第61話 試練(ほのぼの)
翌日、早朝のルーン書き取り勉強を終えた俺たちは、朝食を食べ終えて思い思いに散らばった。
三人は近くの森に行って、適当にルーンの効果を確かめてくるらしい。
俺は俺で、同じくルーンの効果の確認が目的ではあったのだが、アレクから言われてしまったのだ。
『ウェイドは、森なんかでルーン魔法を発動したら、痛い目を見るかもな。まずは街で試してこい』
曰く、『試練』のルーンで訪れる何かとは、常に強敵であるとは限らないらしい。
事故、災難、天災。そういうものを含み、かつ成長につながるもの。
であるからには、俺が絶対に超えられないような試練は与えられない。だがそれはそれとして、試練であることには変わりはないという。
『街なら、せいぜいチンピラに絡まれたり、ちょっとしたいざこざで済む。森だと妙な事故が起こりかねんから、まず街で試してこい』
ということだった。
「あと、重力魔法の新魔法も使っておきたいんだよな」
確認するところ、俺の新しい魔法は【発生点変更】ということらしい。要するに、重力の起点を変更できる、ということだ。
俺は街並みに入る少し手前のあたりで、「ここでもう使っちゃうか」と呟いた。
「ポイントチェンジ」
俺の身体に、浮遊感が訪れる。だが、それは一瞬だった。
「う、うぉ、うおおおおお!?」
俺は視線の先、街並みの上空を、横方向に落ちて行った。マズイマズイ! と落下しながら、俺は叫ぶ。
「ウェイトダウン! ポイントチェンジ!」
視界に辛うじてとらえた屋根を起点に、俺は着地する。今の俺は軽いから着地に痛みはない。
「おごっ、あがっ、やべ、落ちる落ちる」
……が、焦りがないとは言わない。
俺は家の屋根の上で、転がり、落ちるギリギリで停止した。それから筋肉の力で強引に立ち上がり、息を吐く。
「……この魔法、ぶっつけ本番で使わなくてよかった」
思った以上に制御が難しい。難しいが、その分可能性が広がる魔法でもありそうだ。
俺は路地裏からこっそりと屋根から地面に降りつつ、考える。
【発生点変更】で出来るようになることは多い。俺は今まで自分を空気より軽くすることで、ふわりと宙に浮くことはあった。
だがそのスピードは遅々としたものだったし、【軽減】状態の移動速度の根底は自分の足の筋力でしかない。
それが、この【発生点変更】ならば、自分の筋力によらず、高速での移動が可能になる。
「これは、野外の戦闘がかなり楽しいものになりそうだな」
俺はワクワクしながらそんなことを考えた。未来は順風満帆だ。
さて、では次だ、と俺は左手につけた新しい手甲を見やる。
そこに書かれるルーンは『試練』『来』『自分』。昨日の俺が、彫刻刀で刻みつけたもの。
「鬼が出るか蛇が出るか」
俺はさっと刻まれたルーンに触れ、さっと全体を撫でた。
すると僅かにルーンが輝き、そして手甲全体に馴染むように光は消えていく。
「……」
アレ、これ効果あったのか?
俺は周囲を見回す。パッと見、何か異常があるようには見えない。
だが、少し目立つものはあった。
「サンドラ! そなたまたほっつき歩きおって!」
「うるさい、関係ない。もうあたしは冒険者だから。しかも銀等級の一人前。分かったら干渉してこないで」
「なぁにをバカなことを! いつまで経ってもそなたは私の孫娘! 干渉するに決まっておる!」
「……わお」
サンドラと、俺が図書館から追い出されたときに神の特徴メモをくれたおばあちゃんが、言い争っていた。
俺は僅かに逡巡してから、知らない間柄でもない、と近寄っていく。
「よ、サンドラ。おばあちゃんも、昨日会いましたね」
「あ、ウェイド」
「ん? ああ、昨日の……。何だ、そなた、サンドラ狙いだったのか?」
「狙いって何ですか」
俺が苦笑気味に返すと「んん、違うようだのう……」とおばあちゃんは引き下がる。
それに乗っかったのがサンドラだ。
「そう。狙うも何もとっくに落ちてる。ウェイドはあたしの運命の人」
言いながら、サンドラが俺の腕に抱き着いてくる。
「は? サンドラ、またバカなことを」
「サンドラが勝手に言ってるだけです」
「あー……大体理解したぞ。孫娘が迷惑をかける」
おばあちゃんは杖を長く持って、ポカリとサンドラを叩く。結構痛かったらしく、サンドラはその場で頭を押さえてうずくまる。
「うぐぐ……。許すまじクソババ、あたーっ」
追加の一撃を受けて、サンドラはさらにうずくまる。一撃を行けたおばあちゃんは、「ふん」と口を曲げた。
「口の減らないバカ孫め。……おっと、失礼したな。こんなもの、人様に見せるものではない」
杖を普通に持ち直して、おばあちゃんは「ほほほ」と笑った。ちゃっかりした人だなぁ、と俺は可笑しくなる。
「して、小坊主、何用か? このバカ孫に用かの」
「ああ、まぁ間違っちゃないんですが、通りがかりに見つけただけというか」
その物言いにおばあちゃんは釈然としないものを感じたのか、じっと目を細める。
「ふむ……。魔法の匂いがするな。だが変身魔法ではない。その手甲か? 武器、となるとルーンか」
「え、何でそこまでわかるんですか」
俺は驚愕だ。それに、おばあちゃんはドヤり始める。
「ふっ、これでも若かりし頃は、世界各地を巡って魔法研究の旅にでた身じゃ。世界の東端ジパング諸島なんてのも行ったぞ。あそこの魔法は異様であった」
ジパングなんてあんの!? 日本じゃん。え、気になる。いつか行ってみたい。
「どれ、少し見せてみろ。……何だこのルーンは。何者かにもらい受けたか?」
「いえ、俺が彫りました。敵が弱くて歯ごたえがなかったら使おうかな、と」
「……確かにその目的であれば、このルーンで間違いないが……。パッと見ルーン詐欺師に騙された駆け出しだぞ、そなた」
「確かにそう見えそうですね」
「あっけらかんとしておるのう……。まぁ脅威が迫った時も勝手に輝いたりするし、危機察知としては使えるか」
「へぇー。そういう効果もあるんですね」
と、おばあちゃんと和気あいあいと話していると、俺とおばあちゃんの間にサンドラがぬっと立ち上がる。
「おばあちゃんここまで。これ以上あたしのウェイドと話したいなら金貨一枚」
たっか。
「俺はサンドラのものじゃないぞ」
「いずれあたしのものになるから同じ」
「くっくっく、まさかサンドラの嫉妬姿が見れようとはな。まぁ、よいよい。小坊主、そなたもウチに来い。サンドラを説得するのを手伝ってくれ」
「え? あー……っと」
俺はサンドラを見る。サンドラはブンブン首を横に振っている。
おばあちゃんは言った。
「来てくれたらそなたの神にまつわる書物を貸してやってもよいぞ。魔法覚え放題、強くなり放題じゃ」
「行きます」
「ウェイドのおバカ。オタンコナス。ウェイドが行くならあたしも行かざるを得ないのに。もう知らないから」
知らないといいつつ、俺とおばあちゃんの三歩後ろからついてくるサンドラなのだった。
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