第55話 宿敵との再会

 俺のひょろっひょろの声は意外にも響いたらしく、パーティの三人が駆け足でやってきた。


「ウェイドくん……っ! ……あなたは」


「サンドラ、さんだったね。少し前はお世話になった。あの時のお礼参りかな?」


「二人とも何か覚悟決めるのは早くない? 私まだ状況分かってないけど」


 すでに敵対ムードを漂わせているアイス、クレイに、様子見の色を残しているトキシィだ。


 言うて俺も本気でさらわれているというつもりもなかったので、どうなのかな、とサンドラを見ると。


「……まさかこんなにすぐに出てくるとは」


 アレ? どっちだこれ? 無表情だから真剣度合いが全く分からない。


 ダメだな……。本気になればどんな状況でも打破できる過剰な自信と、一方でその本気を絶対に出せないだろう今の状態の板挟みで、状況を正しく理解できない。


 がんばえ~、みんな~、とか言ってしまいそうな危うさが今の俺にはある。


「ウェイドの仲間、ね。今からあたしたち結婚式上げに行くから、邪魔しないで。もっとも、あなたたちではあたしのことを止められないだろうけど」


 パツッ、と静電気めいた音が、サンドラの周囲で鳴る。たまに雷を彷彿とさせる輝きが、彼女の周囲に走る。


 それに、クレイが言った。


「その発言がどこまで冗談かはさておこう。サンドラさん、君が抱えているのは、ウチのリーダーだ。何でウェイド君が抵抗しないのかは分からないけれど、リーダーを連れていかれては困る」


「困る? あなたたちが困って、あたしに何か問題が?」


「言葉を変えよう」


 クレイは、言った。


、決着させたいんだ。いいかい? 君はウェイド君以外、僕らが取るに足らない存在だと思っている。けれどね、自分で言うのも何だけれど、それは違う」


「そう? そうは見えないけど」


「ああ、違うとも。だって君は、僕の付き合う必要があるかどうかも分からない会話に乗った。そしてその時点で、君の敗北は確定したんだよ―――アイスさん」


「アイスブロウ」


「キピッ」


 気づくと、俺の頭にアイスの雪だるまが乗っていた。サンドラは一瞬で総毛だって、「サンダースピードッ」と全身を雷と化して逃亡する。


「逃がさないよ」


 アイスの次に攻撃を仕掛けたのは、トキシィだった。いつも背負っている弓に一瞬で矢をつがえ、放つ。そして矢に仕込んでいた毒が、途中、木に刺さった瞬間霧散した。


「なッ、ゴホッゴホッ。く、からだ、うごかな」


 離れたところで実体化したサンドラは、しかし毒霧を吸い込んで倒れたようだった。


 一方俺を抱えていたサンドラが居なくなったので、絶賛自由落下していた俺を、軽い調子でクレイは駆け付けて確保した。


「やぁリーダー。ご機嫌はどうだい? それともお姫様と呼んだ方がいいかな?」


「ふざけるのもいいけど、クレイの後ろでアイスが真顔でお前のこと見てるぞ」


「アイスさん、ウェイド君はあげよう」


「……ふふっ、やった。ウェイドくん、貰っちゃっ、た……っ。のへっとしてて、可愛い……」


 クレイから俺を託され、アイスは満面の笑みで俺を受け取った。そのまま胸元に抱きしめ、しきりによしよししてくる。あの、胸、胸が直で、顔、あの。


 一方、森の奥から動けなくなったサンドラを連れてくるのはトキシィだ。


「敵確保~。ってちょっと! 私も気の抜けたウェイドで遊びたい~!」


 サンドラをほっぽり出して、トキシィは俺に向かってくる。サンドラはぐしゃっと地面に落とされる。


「ちょっとからかっただけなのに、こんな扱いひどい。ぐすん」


 あ、やっぱり冗談半分だったのか。分かんねーよその無表情じゃ。











 そんな訳で俺たちのふざけたノリでお縄についたサンドラは、パーティハウスの椅子に、拘束されながら座っていた。


「粗茶ですが……」


「お気遣いどうも。でもその前に縄を外してほしい。飲めない」


 アイスが差し出したお茶に、サンドラは淡々と言う。アイスは答えた。


「意図通り、だよ……っ」


「アイス、それは流石に意地悪が過ぎる。解いてやってくれ」


「ぶー……。冗談だった、のに」


 珍しい不満顔で、アイスはサンドラの拘束を解いた。


 それを眺めながら、俺はお茶を飲みお菓子をむさぼる。何でかと言うと魔力が切れたからだ。魔力切れには糖分補給と相場が決まっているとのこと。


「と、いうことで」


 拘束が解かれ、俺たち全員の着席を確認してから、サンドラは言った。


「宣言通りウェイドとデートに来ました。サンドラです」


「認めない、かな」


「敗北したのにこの堂々っぷりはいっそ清々しささえあるね」


「ゆるゆるウェイドタイムはもう終わりかぁ……。残念」


 にべもないアイス。皮肉を言うクレイ。そして興味を示さず俺のほっぺをツンツンしているトキシィ。こいつらもしかして俺が絡むと常識がなくなるのか?


 仕方ないので俺が対応する。


「えーっと、まぁデートがお互いの意思を尊重する感じであればやぶさかではないんだが」


「ウェイドくんっ!?」「ウェイド!?」


「ウェイド君も罪な男だね」


 クレイ、黙れ。


「あんな派手なやり口で切り込むあたり、実際の目的は違うんだろ? 本当にさらうつもりなら、やる気喪失中の俺の口を猿轡でふさいでから、速攻で魔法使って拉致ればいい」


 俺の推測に、サンドラは口をすぼませている。


「だが実際は三人を待ったし、何なら挑発までした。どっちかと言うと、俺の目からは『俺以外のパーティメンバーの実力を見る』ような意図が透けて見えた。違うか?」


 手を差し向けると、サンドラはパチパチと拍手を始めた。


「流石あたしの運命の人。訓練所卒業したばっかりとは思えない洞察力。やっぱりウェイドは特別。メンバー確定。で、問題はそっちの三人」


 サンドラは三人に目を向ける。


「氷ちゃんと毒ちゃんの実力、連携は見て取れた。割と練度は高め。土くんは頭も口も回るけど、どっちかと言うと剣の技能に入る。ただ作戦立案能力は高そう。それ次第では三人とも合格」


「サンドラ、一体何の話をしてるんだ?」


 俺の問いに、サンドラは答えた。


「あたし、ユージャリーのところ追い出されて素寒貧。寝るとこもないくらい困窮中」


「それは災難だな」


「だからクエストで稼ごうと思ったら、何とびっくり、知らない間に人数制限なんてものが存在してる」


「ああ、あれ最近出来たものなんだな」


「お蔭で冒険者の死亡率、半分になったってさ。私、受付嬢さんから聞いたんだけどね」


 すっげ。


「だから、パーティメンバー募集中。でもその辺の雑魚と組むのは反吐が出るからダメ。等級は気にしないけど、攻め攻めでイケイケな熱い魂の持ち主じゃないといやいやいや」


「……なるほど」


「そして白羽の矢が立ったのがウェイドのパーティ」


 びしっ、と俺はサンドラに指さされる。


 俺はパーティメンバーに問いかけた。


「って言うことだけど、どうだ? みんな」


「わたしが、サンドラさんは嫌、かな……」


「戦力にはなりそうだけれどね。軋轢が生まれてる気がするとは思うよ」


「正直パーティメンバーの女比率が5割超えるの、生存率に関わるからちょっとなぁ、とは思うよね。女の私が言うのも何だけどさ」


 概ね反対、という感じらしい。トキシィを受け入れた時のスムーズさは、トキシィだからだったのか、と今になって再発見だ。


「サンドラちゃん大ショック」


 そして余裕があるのか無いのか分からない態度で、無表情のまま自分の両頬を手で挟むサンドラだ。


 それから、サンドラは言う。


「で、ウェイドはどうなの。私を入れるか入れないか。最悪他の連中はどうにでもなる。ウェイドの意見が一番大切」


「負けた癖に」


 トキシィの言葉に、サンドラは言った。


「アレ、実力の3割縛りだったの、まだ気づいてない?」


「っ! ぐぐぐ……!」


 サンドラは思った以上にレスバが強そうだな、と思いつつ、俺は答えた。


「アピール次第だな。現状俺たちは追加の仲間を加える必要性に駆られていないし、サンドラの俺以外の仲間からの心証もそこまでよくない。だから、それを覆すアピールが求められる。そう言うことだと思う」


「なるほど、合理的。合理的なこと言われると非合理なこと言いたくなっちゃう。あたし、天邪鬼だから」


「はは。それで、どんなアピールをしてくれるんだ?」


 サンドラは懐から、一枚の紙を取り出した。


 机に広げられたそれには、『ワイバーン討伐クエスト』と書かれている。


「最近近くの山にワイバーンが来た。人間にとっては災害レベルのモンスターの一匹」


 サンドラは俺を見る。


「ワイバーンはこの辺じゃあんまり見ないから、この機会逃すと多分数年しても倒す機会は訪れない。そしてもちろんワイバーンは強力なモンスター。クエスト受注には弓の銀等級が必要になる」


 じゃら、とサンドラは胸元の銀の弓の冒険者証に触れた。


「要約すると、超レアで今しかやれない化け物狩りの参加切符人数分を、あたしは持ってる」


「買った」


「交渉成立。めでたい。このまま結婚まで突っ走りたい」


 俺とサンドラは力強く握手した。


「そりゃこのイノシシにそんな話もって来たらパーティ追加なんてすぐに飲んじゃうに決まってんじゃぁぁぁあああああん!」


 俺の横でトキシィが嘆いていた。

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