第54話 神の似姿

 翌日、俺は図書館に行き、俺の魔法印に宿る神「ニュートン」についての書籍を探すつもりだった。


 ……のだが。


「そこの。貴族章を提示せよ」


「はい?」


「だから、貴族章だ。主人から図書を借りるように命じられたのではないのか?」


 思ったよりも豪華な図書館。その入り口に立つ門番にそう呼び止められ、俺はぽかんとする。


「え、いや。普通に俺が読みに来たんですけど……」


「何? 馬鹿なことを言うな! 図書館は貴族とそれに連なる者のみが入館できる特別な場所だ。お前のような下賤が、個人の興味のために侵入できると思うな!」


 シッシッと追い払われ、俺はクゥーンと撤退した。なるほど、この世界の文化レベルだと印刷方法なんてものは存在せず、したがって本も、すべて手書きの超高級品という訳らしい。


 そりゃあ図書館に興味を持つような要素である神への知識みたいなことは、訓練所で教えられないよなぁと納得した。そんなことをしてならず者が図書館に押しかけたら大変だ。


 となると、困ったことになる。せっかく手ごろなパワーアップ方法が分かったというのに、その具体的な方法が分からないのだ。ぐぬぬ。


「クレイを頼るかな……」


 俺は思案する。だが、家にわざわざ戻るのもなぁと言ったところ。


 それに、言ってもニュートンだ。どうせ物理学者だろうという事は分かっている。そこから真似する流れを見出せれば、出来ないことはない―――か?


 と、そんな風に悩んでいたところ、「これ、そこの小坊主」と小柄なおばあちゃんが話しかけてきた。


「そなた、図書館に入ろうとしたな? 見たところ冒険者のように見えるが、何故か」


「え? ああ、魔法の強化のために、自分の神のことを知ろうと思って」


「―――――」


 一瞬押し黙ったおばあちゃんの反応は、一拍おいて押し寄せてきた。


「ほう」


「はい?」


「ほうほうほうほうほうほうほうほう!」


 うわめっちゃ目を輝かせてこっち来た。


「そなた、外見に見合わず学があるのう! 魔法をただ魔法として使うのではなく、変身魔法と理解して自身の鍛錬に当たろうというのか。なるほどなるほど、これはよい! よいぞそなた。名は何という」


「うぇ、ウェイドです……」


「ウェイドじゃな。よいぞ。して、そなたの魔法印には何の神が宿っている」


「ニュートン、です……」


「ほう! そなた重力魔法使いか。ここまで大変じゃったろうて。ならば、これを持っていけ」


 おばあちゃんの懐から取り出されたのは、一枚の紙だ。おばあちゃんはササっとそこに、何かを記した。


 そして、俺に押し付けてくる。


「これは?」


「重力の神ニュートンの特徴の簡単なまとめじゃ。それらを習慣化すれば、すぐに魔法なぞ覚えられる。限界が来たらまたこの辺りに来るがよい。ワシはいつでもこの辺りでぶらぶらしておるからのう」


 そう言って、ニッコニコでおばあちゃんは立ち去っていった。嵐みたいなおばあちゃんだったな……。






 ということで、メモを戦利品として持ち帰った俺は、早速街はずれの小さな森の、開けた空間に訪れていた。


「訓練所の広場もよかったけど、こういう独り占めできる広い場所ってのもいいな」


 特に、パーティハウスから近い、と言うのが大きい。家の裏手に回ってからまっすぐだ。


 俺は軽く伸びをしながら、メモを取り出す。


「えー、研究、政治、信仰だな。……政治と信仰って何すればいいんだ」


 政治を語ったり祈ったりすればいいのか。分からん。分からんので、機会があるまで放置しておこう。


 ということで、俺は研究に勤しむことにした。これは割と俺向きだという気がしている。


「んじゃまずは」


 俺は首を回してストレッチする。


「せっかくの機会だし、自分の限界でも確かめてみるか」


 オブジェクトウェイトダウン。


 俺は視界に入る木々、石や岩、自然物のありとあらゆるものを、限界まで軽くする。


 というのも、一つ気になっていたことがあったのだ。それはすなわち、魔力の限界。どの程度まで魔法を行使すれば、俺はへばって魔法が使えなくなるのか。


 周りの人間の魔力切れ、というものは何度か見たことがあったが(クレイなどはあまり魔法を使わないからかよく魔力を切らす)、じゃあ俺自身はどうなのか、と言うのは常々気になっていたのだ。


 だって全然切れないし、魔力。


 みんながへばっているのを見て「え? 実在するの?」とこっそり驚いてしまったほど。


 ということで、俺はガンガンに力を込めて、目に入るすべての重さを極限まで軽くしていく。


 俺の軽さの限界は空気よりも軽いあたりにあるので、石などは簡単に浮いてしまう。


「で、危ないからこの辺りはさっと魔法を切って」


 浮いた石の高さが、腰のあたりになったものから落としていく。


 次に異変が訪れたのは、岩だ。


 石のように浮きはしないのだが、何となく揺れている感じがする。近寄って触れてみると、簡単に微震したので面白い。


「土がつっかえてんのかな」


 岩の周りについている土を払うと、岩も浮き始めたので魔法を切った。こんなの石よりも遥かに洒落にならん。


 そして、最後まで微動だにしないのが木だ。岩同様土が重しとなっていて動かないらしい。


「じゃあ、木に絞るか」


 俺は浮かせた岩の上に座って、ずっと全力の【軽減】をかけ続ける。


 ずっと。ずーっと。ずーーーーーっと。


「……」


 それが数時間。俺は流石に暇になっていた。


「中々限界訪れんな……」


 暇なので自分も【軽減】掛けて空を飛びながら対象となる木を上空から増やしたり、逆に自分を筋力の限界まで重くして筋トレを始めてみたりと色々やったが、それでもまだ俺の魔力は問題ないらしい。


「逆に重くしてみるか。オブジェクトウェイトアップ」


 【軽減】を掛けていた木の全てを限界まで重くする。するとかなり多くの木が、その重みに沈み始める。


「マズイマズイマズイ」


 早々に【軽減】に戻した。あっぶな。バカみたいな人災起こすところだった。


 とそこで、不意に俺は全身の力が抜けるような感覚を得た。


「お?」


 くた……と俺はその場にへたり込む。パチパチはまばたきしてから、魔法を行使しようとして、俺は笑ってしまった。


「あ、無理だわ。なるほど、これが魔力切れ」


 へええ、とちょっと新鮮な気持ちで俺は四肢を地面に投げだした。魔法どころではない。全身がありとあらゆるやる気を失っている。


「これやべーかもしれん。帰るために立ちあがるのすら億劫だぞ」


 結構深刻な状況なのに、軽いノリでワハハと笑ってしまうあたり、本当に重症という気がする。


 何の焦りもない。


 ただ、何のやる気も起きない。


「うわー……。そうか、こうなるのか……。おもしれー……」


 そう呟いた瞬間に、俺は右手に違和感を覚えた。


 チラ、と魔法印を見る。やる気が起きないが、頑張って袖をまくる。


 するとそこには、入れ墨を伸ばして成長した魔法印の姿があった。


「うおおー、やったー」


 果てしなく自分がバカになった気にしつつも、神の真似をするというのが、本当に効果があって嬉しい限りだ。


 そうして、さてマジでどうここから帰ったものか。と徒歩数分の道のりを前にぼけっと思考を巡らせていると、俺を見下ろすものが居た。


「わ、こんなところに運命の人が落ちてる」


 見上げたそこには、以前敵として相まみえた金髪のサイドテールの少女が立っていた。


 サンドラ。迅雷のサンドラだ。今は敵対関係ではないが、銀の弓と松明の冒険者証を有する、油断ならない冒険者。


 ……あの。それはそれとして、スカートで真上に立たれるとその、丸見えなんですが。


「……えーっと、サンドラ、だよな」


「正解」


「ちょっと移動しないか? 何と言うかさ、その、……丸見えだから」


「きゃっ、恥ずかしいところ見られちゃった。これは責任取ってもらわないと。さ、早速結婚式上げに行こ」


 サンドラは無表情で抑揚のない声でそう言った。


 そしてそのまま、流石冒険者というべきか、男の俺をひょいと軽々持ち上げてしまう。


 俺は叫んだ。


「たすけてくれ~~~~~~さらわれる~~~~~~~~」


 ひょろっひょろの声だった。

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