第52話 商人アレク
その男は、アレクというらしかった。
「いやぁ、前のこの家の持ち主とダチでよ。んで久々にこの辺寄ったから、こっそり忍び込んで驚かしてやろうと思ったらこのザマよ。カッカッカ!」
ゲラゲラと笑うその様は快活で、俺たち四人はぽかんとその様子を見つめていた。
年のころは20を少し過ぎたころで、俺たち全員よりもいくらか年上のように見えた。だが、まだまだ若々しさの目立つ、駆け出しの青年と言った風な雰囲気があった。
「ってことは、商人なのか? アンタ」
「おう! そういう少年らは、駆け出し冒険者ってとこか」
終始ニコニコ顔を崩さない様子は、何とも商人らしい。だがアイスやクレイは険しい表情のまま、アレクを見つめていた。
「それで、忘れ物って言うのは」
「これだ」
アレクは、輝く宝石を取り出した。
「大したもんじゃねぇ。質屋に売っても二束三文にしかならん。だが、思い出の品でな」
「へぇ……」
俺が頷くと、クレイが言った。
「すいません、アレクさん。我々は、まだあなたが盗人である可能性を疑っています。我々も大した秘宝を持っているわけではないですが、持ち物を改めさせてください」
「おう、いいぜ。忍び込んで家主が変わってたんじゃあ、それを疑われるのも無理はない。ここへは俺の身一つで来た。俺の身体を調べれば、何か盗んでるかどうかはわかるはずだ」
アレクは立ち上がり、そして両手を頭の後ろで組んだ。クレイはその傍に移動して、手際よく荷物を確認していく。
「これは」
「手持ちの金貨袋だ。つねに金貨10枚、銀貨10枚、銅貨10枚が入ってる」
クレイは開けて確認する。その通りの金額が入っていたらしく、入り口を閉じて返した。
「そんな確認方法でいいのか?」
「ウェイド君、僕らは基本的に、銅貨20枚と、大きな買い物をするときの必要金額しか持ち歩かない。金貨はちゃんと彼のものだし、金貨を普段使いできる人間は銅貨を盗まない」
「そこの体格のいい坊ちゃんはよく物が分かってるな。気に入ったぜ。話し方も何だか貴族らしい―――っつーより、貴族らしすぎる」
クレイは、ひどく冷めた目でアレクを見た。
「あまり、過ぎた口は聞かないでもらいたい」
「おおっと、悪かったな。俺とアンタは長い付き合いになりそうだ。ここで恨みを買うようなことはしねぇさ」
カッカッカ! と特徴的な笑い声をあげて、アレクは肩を揺する。
「さて……と。じゃあ、疑いは晴れたかね。それならこの辺でお暇させてもらうが」
「いや、少し聞きたいことがある。聞かせてもらってもいいか?」
俺が言うと、アレクは目を丸くした。
「いいぜ、何が聞きたい」
「アレクさん、アンタその傷、この家の防犯システムにやられたって言ってたよな」
「ああ、その通りだ」
「俺たちは、その防犯システムとやらが何か分からない。何にやられたんだ?」
俺たちの言葉に、アレクは口を曲げる。
「ほお……なるほど。それで生きてるってのか。今日は住み始めて何日目だ?」
「まだ二日目だ。昨日みんなで入居した」
「なるほど。昨日は大掃除ってか?」
「何で知ってるんだ」
「ははあ、少年。お前ら運がいいぜ」
ニヤリとアレクは笑う。
「この家は、このギリシャ神話圏に建てられた癖にドルイドの魔法をかじった奴が建築してる。だから至るところにゲッシュがあるんだ。つまり、ルールだな。誓いと言ってもいい」
「は?」
「要は、『ルールを守る限りお前は入居者だ。だから守ってやる。だが守らなきゃお前は侵入者だ。呪いでも魔法でも何でも使ってぶち殺す』。そういうルールがこの家には刻まれてんだよ」
その言葉に、俺たちは青くなる。
「そして入居者のルール1に、『新居者は24時間以内に家の掃除をしろ』ってのがある。お前らはそれを無自覚に達成した。だから入居者として守られて、逆に俺は『その時いなかったから外敵だ』と認定を食らって、罰にあったんだよ」
「な、なら、何で今、あなたは無事なの?」
トキシィの問いに、アレクは言った。
「そりゃあ、入居者と友誼を交わして『招待客』扱いを受けてるからだ。少年らに見つかっても逃げなかった理由はそれだ。逃げれば呪いがいつまで経っても付きまとう。今日の夜にはぽっくり逝ってただろうな」
言って、ゲラゲラと笑うのだから、このアレクと言う男は大物だ。
俺は少し考え、言った。
「アレクさん。金は払う。そのゲッシュってルール、教えてくれないか。この家は、それで何人も死んでる。……前の友人も、アンタ、見殺しにしたんだろ?」
俺の言葉に、パーティメンバー三人が瞠目した。アレクは、ニンマリ笑う。
「何だ。頭が回るな少年。少年らも死んで、値引きされて、金貨1枚で買えるころにこの家を買い取ろうと思ってたのによ」
ったく、とアレクは伸びをする。それから、言った。
「いいぜ。金貨5枚だ。この家のゲッシュ、全部教えてやるよ」
それに、俺は答えた。
「1枚だ。俺たちがアンタを『外敵』と認めた瞬間、この家の呪いはアンタに付きまとうんだろ。それとも、アンタの命は金貨4枚よりも軽いのか?」
俺が強気の値切りを始めると、アイスが顔を上気させて口を押え、クレイが手を口に当てて笑みを隠し、トキシィが唖然と目を丸くする。
そして、アレクは大笑いした。
「―――ぷっ、あはははは! おいおい! マジかよ少年! 何つー度胸だ。この話が破断したら、俺も死ぬけどお前も死ぬぜ?」
「そうか? 俺らはルールを破る前にこの家を手放せばいいが、アンタが手放すのは命だろ?」
「クククク……ッ。やべー、何だよおい。こんな拾い物があるとは思わねぇっつーの。いやはや、運命ってのは恐ろしいもんだな。―――少年」
アレクは、上機嫌で俺に問いかけた。
「名前は?」
「ウェイド」
「ウェイドだな、覚えた。じゃあウェイド。金貨5枚だ。これは負からねぇ。ちょいと商談があって、どうしても金貨15枚が必要だからだ。代わりに、金貨4枚じゃあきかないような付加価値を提示させてくれ」
「分かった。聞く」
アレクは、指で空中に文字を書いた。
途中までは、何の意味もない軌跡だった。だが、途中から虹めいた不可思議な色に帯び始めた。そうやって、アレクは不可思議な文字を空中に記した。
「ルーン魔法」
アレクは言う。
「お前らの右手に刻まれた、ここいらで盛んな『変身魔法』とは、別の魔法だ。大陸中央、俺の故郷ではもっぱらこっちなんだ」
それに、俺は理解が追い付かなかった。
「……は? 変身魔法って、何だよ。俺たちの魔法は、え?」
「ああ、そうか。そういやこの周辺って特に信仰心に厚い地域だったな。ってーと、もしかしてお前ら、自分の魔法が『何魔法』とか知らされずに、ただ魔法って聞かされてたクチか?」
全員が、顔を見合わせ、頷く。「なるほどなぁ」とアレクは頭を掻いた。
「じゃあ、前提から教えてやるよ。この世界に、魔法はいくつも種類がある。さっき言った『ドルイド』に、この『ルーン』、それに、お前らの『変身魔法』もその一つだ」
俺は、右手の魔法印を見る。変身魔法。変身? と俺は考え込む。
「その内、ルーン魔法を、お前らに教えてやる。かなり長期間になるから、住み込みだな。という訳で、これからよろしく」
アレクは、にっと笑った。
俺たちは呆気に取られて、何も言い返せなかった。
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