第53話 変身魔法

 金貨5枚を渡した後、手早く家のルールを記したアレクは、「じゃ、商談から戻ってきたら教えてやるよ」と言って消えた。


「……何だったんだ、彼は」


 クレイはいまだに頭を悩ませながら、呟いた。


 アレクと別れてから数時間経った、昼のことだった。


 俺たちはアレクのことで気を取られ過ぎて、その日はクエストという気分でなくなってしまったのだ。


 それで、ひとまずは昨日綺麗にしたばっかりのこの家で、寛いでいた。


「えーと……掃除は一週間に一度。一週間の内7回以上リビングでご飯を食べる。一週間に1回以上リビングで会話する……」


「割と守りやすいルールばっかりなんだね。でも、知らないと破っちゃうかもっていうギリギリのラインかも」


 アイスとトキシィの二人が、アレクの書いたルール表の一覧をみて話し合っている。


「となると、一週間以上この家は離れられないのか?」


 俺が問いかけると「ううん……っ」とアイスが首を横に振る。


「えっと、ね? 一週間以上家から離れる場合は、『行ってきます。帰ってきたらお土産話をしてあげるね』って約束して、帰ってきたらちゃんとその約束通り、どんなことがあったかっていうのを、リビングで話せばいいん、だって……!」


「まるで留守番を任された子供みたいだな」


 俺が笑うと、暖炉でひとりでにボッと炎が立ち上った。


「……えーっと」


「あ、あと、ね? この家は子ども扱いされると、呪われたりしないけど怒ってしまうから、そういうことはあんまり言わない方がいいって……っ」


「この家って何だ? 何かそう言う人格的なのに守られてるのか?」


「ルールが複雑に絡み合って、疑似人格みたいなのが形成されてるって書いてあるよ、ウェイド」


「ものすげぇ家買っちゃったんだな俺たち……」


 となると、ルール付であればこの家大金貨7枚でもきかないような物件だったのかもしれない。


 それを金貨1枚まで下がるのを粘るとは……アレクは強欲だなぁ、などと思う。


 そんな事を考えていると、家の玄関が開いた。


「おう、帰ってきたぜ~ウェイド。さぁて、さっそく今日のご講釈と行こうか」


 おらおら集まれ、とアレクが言うので、俺たちパーティはぞろぞろとアレクを中心に机に集まった。


「ということで、改めまして。金貨5枚という超大金で雇われた、商人のアレクだ。今日から住み込みでお前ら将来有望なガキんちょ冒険者に、色々と叩き込んでいくからよろしく」


 にっ、と笑うアレクに、俺は笑い、他の面々は苦い顔をする。


 あれ、俺以外アレクのことそんな歓迎してないのか。俺すでに結構こいつのこと好きなんだが。


「カッカッカ! わっかりやすいなぁ~お前ら~。見ず知らずの認めてねぇ奴が仕切るのは嫌いか! けど、俺を雇ったのはウェイドだぜ。そして俺が見込んだのもウェイドだ。なぁウェイド」


「ん、おう」


 俺が言うと、渋い顔をしていた三人が、ため息を落とす。


「分かっ、た。……ウェイドくんが、選んだ人、と言う風に認識する」


「そうだね。あなたは警戒すべき人だが、ウェイド君が決めたことなら従おう」


「ウェイド、今からでも追い出していいんだよ? 見るからに怪しいじゃん、この人」


 三者三様の態度に、俺は微妙な顔をする。


「……悪いな、アレク。俺はノリノリなんだが、みんなはそうでもないらしい。まぁ何と言うか、うまいことやってくれよ」


「はっはー! 仕方ねぇな。大金を受け取ったからには、そこまでするのが仕事ってな。なら、そうだな。いきなり新しい魔法の話をする前に、お前らの魔法は一体何なんだって話をするか」


 アレクは口端を持ち上げ、悪戯っぽい笑みを浮かべた。それから、俺に「ウェイド、右手を出せ」と言ってくる。


「ああ、これでいいか」


 俺が差し出すと、アレクが一気に袖をまくって見せる。


「サンキュー、ウェイド。つーわけで、今回は商人アレクの魔法講座第一弾。『変身魔法とは何か』だ。で、簡単に結論から言うと、変身魔法ってのは『神の真似』だ」


 アレクは指でトントンと俺の魔法印を叩く。


「この魔法印と呼ばれる入れ墨は、あらゆる神に共通する入れ墨だ。あらゆる神は右手のこの紋様だけは一致する。それを真似したもの。それが魔法印って訳だ」


「真似したから、僕らの魔法は使えていると?」


 クレイの問いかけに「ああ」とアレクは頷く。


「神を模倣することで、神の一部を自らに下ろす。それが変身魔法の本質だ。お前らが普段使っている魔法は、神の奇跡、権能の真似事だ。自らの肌を神の肌になるように


 だからなんだ。アレクのそんな物言いに、俺たちはごくりと唾を飲み下す。


「じゃ、じゃあ、魔法使いはみんな、神を呪った罪人って、こと……?」


 アイスの疑問に、トキシィとアレクが首を横に振る。


「違うよ、アイスちゃん。魔法は魔でも『法』。神の真似ごとで本来良くないものだったけど、神の定めた法であるが故に人類に許された奇跡なの。それが魔法なんだよ」


「お前魔法の基礎概念に詳しいな。神職の娘か?」


「あ、はい。父が司祭で」


「なるほどな。まぁこいつの言った通り、魔法は『魔』だが『法』だ。特に変身魔法は、神の肌を真似、神の模倣とし、神の肌に触れる魔法。つまりは、神に『変身』する魔法ってな」


 ちょっと難しくなってきたので、俺は頭の中でまとめる。


 まず、俺たちの魔法は、実は『変身魔法』と呼ばれるものだった、と。


 そしてその『変身魔法』とは、『神の真似』なのだ、と。


 要するに、俺たちは入れ墨で『神に変身』したから、神の奇跡=魔法を使える、ということらしい。


 こんな右手だけの入れ墨がなぁ、と俺は見下ろす。


 アレクは言って、「お前らも右腕の袖をまくれ」と俺以外に言う。みんながおずおずと従う。


 アレクはそれを確認して、俺に言った。


「なぁ、ウェイド。お前魔法はいくつ使える」


「四つだ」


「四つ!? ……まぁまぁ育ててるな。じゃあ、魔法印を改めて見てみろ」


 言われて、俺は魔法印を見下ろす。そして、パチパチとまばたきした。


「……魔法印、伸びてね?」


 俺は、右手の甲から手首より手元側に伸びている魔法印に気付いて、呟く。


 アレクは笑った。


「だろ。その通り、この魔法印ってのは。俺が知ってる例だと、右腕全部を覆い尽くすような奴もいる。そいつは正真正銘の化け物だったぜ」


 さらに、とアレクは圧倒される俺たちに付け加える。


「魔法印から延びる入れ墨は、魔法の属性によって異なるはずだ。お互いのを確認してみろ。形が違うだろ?」


 俺たちは自分の魔法印と他のみんなのそれを比べる。俺のは何だか複雑だが、アイスのは結晶めいて綺麗だったり、クレイは力強かったり、トキシィは丸っぽかったりする。


「魔法が成長するってのは、その分だけ神に近づくってことだ。だから強くなれる。逆に言えば、神話を理解して神の真似の精度を高めれば、その分魔法はより強力になる」


「そう、なんだ……」


 アイスが魔法印を見つめて言う。ひどく真剣なまなざしで。


 俺としても、ここはやはり注目点だな、と思う。要するに、神の真似の精度が高まれば、より魔法が育っていく、ということだ。こんなに分かりやすい話はない。


 ……ないが、なんで訓練所でこの話が出なかったんだろうな、とも思う。神話の読解とかも絡んでくる難しい話だから、カリキュラムに含めないことにしたのだろうか。


「ひとまず、今度図書館にでも行かないとな」


 パワーアップだ。俺は固く決意しながら、ぼそりと呟く。


 そこで、クレイが言った。


「アレクさん。なら、多少手間でも全身に入れ墨を入れてしまった方が、手っ取り早く強くなれるのでは?」


「あー、それな。みんな思うけど、出来ないんだわ」


「というと」


 アレクは肩を竦めた。


「神に人格ごと乗っ取られて、『我らが定めた法に背きし愚か者に、天罰を与える!』つって周辺全部焦土にするんだよ」


「「「「……」」」」


 そりゃできないわ、と多分みんなが思った。


「ま、だから魔法印なんだよな。共通する部分だけ入れて置けば、後は勝手に似ている神に。本人が親和性の低い神に、入れ墨で強制的に似せられても、色々不都合が出るんだよ」


 これで大体わかったか? と〆るアレクに、俺は頷いた。


「ああ、かなり面白かった。で、次はルーン魔法だが」


「あ? ヤだよそんな連続で講義すんの。ガッコじゃねんだからお前らさっさとクエストでも行ってこい」


「……」


 追い出そうかな、と俺も少し思った。

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