第49話 トキシィ
その夜、解散後、トキシィは今借りている宿の部屋で、荒く息を吐いていた。
「ああ……、ウェイド。ウェイドぉ……!」
トキシィの中で、感情が荒れ狂う。支離滅裂な言葉が湧いて出て止まらない。
「何で」
涙が一滴。顔を覆う手の、指の隙間から零れ落ちる。
「何で応えてくれないの? 何で私を選んでくれないの? アレだけのことを私にしてくれたのに、私は特別じゃないの?」
特別。ぐるりと思考が反転する。
「ウェイドは特別。みんなの言うことが分かった。本当に、本当にすごい人。誰よりも格好良くて、強くて、誰もがウェイドを好きになる。ウェイドは特別な人」
ウェイドの一部になりたい。どろりとした感情が口から漏れ出る。
「毒魔法で良かった。良かったんだよお父様。だって毒魔法じゃなければ、ウェイドの一部になれなかった。ウェイドに自分の一部を飲ませて、一つになるなんてできなかった」
悶えながら、トキシィは自分が限界であることにやっと気が付いた。人前で危なくなったらすぐ飲むようにしているけれど、一人の時は油断してしまう。
「くすり、のまなきゃ」
毒魔法で、トキシィは多種多様な向精神薬を生み出していく。抑うつ症状の緩和、抗統合失調、解離性障害、強迫性障害の抑制……。
それらを、毒魔法でじゃらじゃらと手の中に湧かせて、その全てを一気に飲み下した。それから、そばにある水で一気に流し込む。
ゴクリゴクリと嚥下する。それから、効くまでしばらく静かにしている。それで、精神は落ち着いてくる。
「ああ……」
気分が良くなってくる。そうすることで、トキシィは常識人のトキシィになれる。
「……ウェイドの答えは、寂しいけど、仕方ないよね」
常識人のトキシィはそう口にする。その奥の奥で、ぐちゃぐちゃで、バラバラになった、本当のトキシィが毒を吐く。
『何で私を選んでくれないの? 私だけを好きになってよ。危ないことしないで。特別なウェイドが好き。愛してる。他の人なんか見ないで。愛してる。愛して。愛してる。愛して』
むき出しのトキシィを、常識人のトキシィは否定する。
「ふざけないで。身勝手なことばっかり。もっと、まともになってよ」
『無理。お前なんか薄っぺらの偽物。常識なんてなんの価値があるの? お父様が死んだときだって一人で逃げた癖に。本当にお父様のことを思うなら、奴らを毒殺すればよかったんだ』
「毒殺なんて、ダメに決まってるでしょ」
『なら、今日のウェイドへの投薬はいいの? 強くなれる薬はその分リスキー。何度も飲ませれば依存性だってある』
依存。それをキーワードに、内側のトキシィがガラリと姿を変える。
『依存して欲しい。私の魔法で強くなって欲しい、私の一部であなたを構築したい。あなたの一部になりたい。あなたと一つになりたい』
「そんな、そんなこと、考えちゃ、ダメ。そんなの……異常だよ」
『異常の何が悪いの? 本当に幸せがそこにあれば良い。ブレーキ役なんてつまらない。そもそもこんな薬漬けの私がブレーキ役? 常識なんて本当は一欠けらだって持ってない癖に』
「そんな、こと」
『ある。私に、常識なんて欠片もない。あるのはトラウマだけ。お父様だって本当はお金を失ったから死んだんじゃない』
「やめて」
トキシィはかぶりを振る。だが、心の奥底から響く声は、それをよしとしない。
『詐欺にあったお父様は、落ち込んでいただけだった。それを元気づけようとして、薬漬けにして、頭をおかしくして殺したのは、
「……」
トキシィは、さらに薬を飲み下した。自らの中で荒れ狂う感情を、さらに気分の良くなる薬を飲むことで退ける。
楽しい気分になればこの声は小さくなる。そうすればするほど、自分がバラバラになると知りながら。
「あはは! 何か楽しくなってきた~」
『紛い物。いつか無理が来る。分かってるでしょ? お父様。ウェイド。助けて。愛してる。愛して欲しい。誰か。自分に殺される。死にたくない』
「お酒の残り、あったかな~?」
少し探して、「ないなら作っちゃえばいっか!」と水の中に毒魔法でアルコールを垂らす。そしてかき混ぜて飲めば、酔うだけなら十分なお酒になる。
「ぷっはー! おいしい~」
『助けてウェイド。誰でもいいから助けて。私はもうとっくに限界。誰か止めてください。寂しい夜は嫌だ。止めてくれる人が欲しい。愛してるよウェイド。愛してよウェイド』
「はー、幸せだなぁ~」
『現実から目をそらし続けていいの? もう体はボロボロだよ? こんな薬漬けに目をつけられたウェイドが可哀そう。お前なんかウェイドにふさわしくない』
ニマニマと笑みを浮かべて、トキシィはベッドに身を投げ出す。
「これからも~、みんなで一緒に~、だーいぼーうけーん!」
『いつかみんなにバレる。早くバレればいいんだ。止めて欲しい。でも怖い。一人にしないで。見捨てないで。ウェイドは見捨てないよね? ウェイド』
「あぁ、明日が楽しみだなぁ」
トキシィは蓋をした感情から目をそらして、微睡みの中に落ちていく。
「また明日も、会おうね、ウェイド……」
ふにゃふにゃと呟く、その奥で、混沌めいたトキシィの本性が、最後にぽつりと言葉をこぼした。
『愛してるよ、ウェイド。だから、こんな私を愛さないで』
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