第48話 祝勝会:トキシィの誓い

 それからひとしきり飲んでアイスもクレイも潰れたころ、俺はへべれけのまま夜風に当たりに外に出た。


 すると、トキシィが追いかけてきて「やっほ!」とテンション高く声をかけてきた。


「ん、トキシィも来たのか」


「うん! ちょっとね~、酔いすぎちゃって、マズいな~、みたいな?」


 にししっ、と悪戯っぽくトキシィは笑う。


「立ち話も何だし、少し歩くか?」


「うん!」


 テンションの高いトキシィだ。俺は「じゃあ行こうか」と歩き出す。


「やーでも、まさかこんな風に事が運ぶなんて思わなかったよ」


 まだ酔いの残った、ぽやぽやとした口調でトキシィは言う。


「いわくつきの魔法使いが大半を占めるパーティにダメもとで申し込んだら、冒険も出来るし、借金も返せちゃった」


「ハハ、そうだな。ちょっと強引に進めすぎたきらいはあるが」


「そうだよ~! すごい勢いで物事が進むから、ちょっと怖かったし、戸惑ったけど。……それでも、良かったなって」


「そう言ってもらえて、俺もほっとしてるよ」


 実際、かなり強引だったと思う。上手くいく、と言う謎の確信があったからああやって進めてしまったが、大人ならばもっと深く考えて……。


 と、そこまで考えて、ああ、俺はもう大人ではないのだと思いだした。転生。この身体は少年のそれだ。だからと言って、正当化できるわけではないが。


 ……というか平然と酒を飲んでるが、特に咎められたりしないのはアレか。法整備されてないからか。国の問題だな。禁止されるまでは飲もう。


「ちょっと! ウェイド、聞いてる?」


「え? ああ、ごめん。何だって?」


「もー、ちゃんと聞いててよね。ウェイド」


 トキシィは、ツンと唇を尖らせて言った。


「好きだよ、ウェイド」


「……んっ」


「なぁにぃその反応~!」


 ポカポカと叩いてくる。痛くはない。ない、が、衝撃が強い。


「ま、待て。待ってくれ。え? ……すき? すき……隙があるって、ことか?」


「違うよ! ……私が、ウェイドのこと、好きってこと」


 照れ隠しのように、トキシィはそっぽを向いた。でもすぐに、こちらの様子を窺うようにチラと見てくる。


「な、なんとか、言いなよ」


「……あ、ありが、とう」


「もー! 何それ!」


 ぷんすこするトキシィだ。しかし、「でも、ウェイドらしいかも」とニカッと笑う。


「私ね、ウェイドに本当に感謝してるんだ。いろんな悩み、全部ウェイドがどうにかしてくれた。その途中で、私がぐちゃぐちゃになってる時も、そばで支えてくれた」


 恥ずかしがるように、トキシィは俺の服の裾をつまんでくる。


「……好きになっても、仕方ないじゃん」


 俯いて言葉を絞り出すトキシィは、夜の闇に紛れてなお、顔を真っ赤にしているのが分かった。それに当てられて、俺もごくりと唾を飲み下す。


「えっと、その」


「……」


 トキシィは、じっと俺を見つめて返答を待っている。俺は惑う。トキシィは、もう大切な仲間だ。そんな仲間の気持ちをむげにはしたくない。


 だが、よぎるのはアイスのことだ。「幸せにする」と言われた。それは告白ではなかったが、ある種のプロポーズに近いニュアンスがある。


「アイスちゃん?」


 トキシィは、言った。俺はトキシィを見る。


「なん、で」


「分かるよ。……ウェイドは鈍いね。アイスちゃんとか、今回の銀の冒険者とか、ライバルが多いから私もこうやって踏み込んだんだよ」


 好きなの? と問われる。俺は考える。


「分からない。友達としては好きだ。アイスも、トキシィも。でも……異性とかは、ちょっと考えてなかった。二人とも可愛いなって思うけど、俺は……」


「冒険が好き? 強敵との戦闘が」


「……ごめん」


 頭を下げる。今は、色恋よりも強くなりたい。強敵とヒリつくような殺し合いがしたい。俺は彼女たちに夢中にはまだ慣れないが、殺し合いを前にすると思考がぶっ飛ぶ。


 それに、トキシィは。何かと思えば「ぷくく、めっちゃ慌ててる」と言われる。


「……あれ、からかわれた?」


「アハハ! ちょっとだけね。でも、告白は嘘じゃないから!」


「えっと……?」


 俺が首を傾げると、「分かってたから許してあげるってこと!」と、んべっと舌を出してくる。


 でも、とトキシィは続けた。


「いいよ。そう言うウェイドを好きになったんだもん。……みんなが言ってること分かったよ。戦ってる時のウェイド、格好いいもん。ギラギラしてて、強引で、まっすぐで」


 眩しいよ、とトキシィは言う。俺は顔を上げる。


 トキシィはほぐれる様に笑った。


「私も、ウェイドパーティらしくなってきたってとこかな。リーダーに惚れ込んでる。今は、そういう事でいいよ。片思いでいい。それより、格好いいウェイドを間近で見てたい」


「トキシィ……」


 ありがとう、と俺は言った。「気にしないで」とトキシィは答える。


「でも、止めるべきところは止めるからね? 危ないことを考えなしにしようとしてたら、私はちゃんと止めるから」


「ああ、そうしてくれ。冷や水ぶっかけられて気づくこともある。特に俺は、熱くなると周りが見えなくなる」


「あはは、本当にメチャクチャ。でも、惚れた弱みだから、振り回されてあげる。でも、覚えておいてね?」


 トキシィは、俺を見上げて言う。


「本当に危ないことには、突っ込んじゃダメ。本当に心配なんだからね。それに、苦しい時は仲間に頼ること。疲れたら言って。私が今回みたいにポーションを飲ませてあげる」


「アレ、ポーションだったのか」


「そうだよ。私の一部」


 その言い方に、何か意味深なものを感じたが、俺にはよく分からなかった。トキシィは俺を指さし、ぐるぐると指を回している。


「今も。今も、あのポーションは、ウェイドの一部となって、血脈をぐるぐる回ってる。私の一部が、ウェイドの一部になって、ウェイドを生かしてる」


「……トキシィ?」


「何? ウェイド」


 俺を見つめるトキシィは、いつも通りだ。俺はほっとする。


 ともかく、とトキシィは言った。


「ともかく、私はそう言う風にする。ウェイドの力になる。ウェイドの一部になる。君に足りてない、ブレーキになる。これからは、アクセル全開じゃあきかないからね。覚えといてよ!」


「ああ、分かった。覚えとくよ、トキシィ」


 俺が笑いかけると、トキシィはまるで解毒されたように体のこわばりを抜いて、「よろしくね、ウェイド」とほほ笑んだ。

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