第45話 圧勝

「おいおいどうした少年! こんなもんかぁ!?」


「まだまだァ!」


「そうだその意気だもっと来いやオラァアアアア!」


 連撃、連撃、連撃。俺はもう、一心不乱に殴り、弾きを繰り返す。


「おいおい動きが鈍いぜ少年!」


「その目節穴かよ先輩ィ!」


 カドラスの足が跳ねる。咄嗟に足を上げて防御する。そこが狙いらしい。残る一本の軸足に切りかかられる。腕で防ぐ。下がったガードに、サンドラが襲い来た。


 電撃が弾ける。【軽減】。無傷での回避に成功する。二人は悔しげな顔になる。俺は笑う。


 だが、逆に言えば攻めあぐねているという事でもあった。攻勢に回れていない。


「やっぱり異常。格上相手にここまで捌くなんて」


「ハハ。おいおい、少年。お前の防御鉄壁過ぎだろ。こちとら格上二人だぜ? そろそろ観念してボコボコにされてくれよ」


「何言ってんだよ先輩。むしろそっちこそ疲れて動きがノロくなってくる頃じゃないのか? 何でキビキビした動き保てるんだよ。俺だって二人のことボコりたいんだぞ?」


「そのくらい出来なきゃ銀等級なんか取れねぇんだよ」


 つーかその戦闘意欲こぇえよ、と引き気味のカドラスに、俺は「楽しもうぜ」と笑い返した。するとカドラスは舌を打って、難しい顔をする。


「ったくよ。どうなってんだ少年は。俺の猛攻にも耐える。何なら隙をこじ開けて攻めてくる。サンドラちゃんが居なくちゃ厳しかったかもだ。これで銅は嘘だろ。なぁサンドラちゃ―――」


「やだ。やだやだやだ。可愛すぎる。この戦いでどれだけあたしのこと夢中にさせる気? ダメ可愛すぎ。今すぐハグしたい。こんな気持ち生まれて初めて」


「ダメだサンドラちゃん目がハートになってら……」


 あきれ顔のカドラスに、俺は再び構えを作る。互角。二人と俺は、まさしく互角だった。ここが市街地でなく、鉄塊剣を振り回せていたらこうはならなかっただろう。


 感謝の限りだ。制限下に置かれる戦場を選んでよかった。こんなテクニカルで素早い戦闘は、人間同士じゃないと楽しめない。


「少年の目もやべぇな……。ギラギラし過ぎだろおい」


「可愛い……!」


「サンドラちゃんもそろそろ戻って来な~?」


 しかし、状況は中々に厳しいところに至っているようだった。日ごろの加重筋トレの成果もあって、まだ俺は疲れてはいないが、攻め手がないというのもまた事実。


 膠着状態をどう打開すべきか、という案は俺の中にはない。まだ長く楽しめるが、そうすれば夜が明けてしまう。


 じり、と銀の二人が近づいてくるのに、俺は鋭く息を吐いた。そして、そろそろか、と予感する。


 そう。俺の中には打開案はない。逆に言えば、俺は、打開案を託していた。


 クレイの声が、この場に響き渡る。


「さぁ、仕掛け時だ。リーダーを圧勝させよう」


「ファイアーボール」


 フレインの炎の弾が、俺と銀の二人の間に炸裂した。それはソファを巻き込んで燃やし、部屋中に煙を充満させる。


「ごほっ、クソ! 他のガキどもから注意が外れてた!」


「ごほっ、かわ、いい……!」


「この状況でも戻ってこないのかよサンドラちゃん!」


 混乱に乗じて、トキシィが俺に駆け寄ってくる。「飲んで!」と俺の口に手を当ててくる。そこから出てきた液体を、何も考えずに飲み下した。


 力が湧いてくる。思考がもっと鋭敏になる。まるでこの部屋の全てが知覚できるようだった。俺は、体の奥の奥から湧きあがるエネルギーに、瞳を輝かせる。


「パワーアップ、スピードアップ、センスコントロールアップのポーションだよ! 頑張って、ウェイド!」


「ああ、任せとけ」


 俺は、盛大に笑う。さぁ、勝ちに行こう。俺は肉薄し、カドラスに拳を振りかぶる。


 一撃。力が増している分、速度が上がっている分、より【加重】をかけて殴れる。今まで均衡状態にあっただけあって、カドラスの受け流しが俺の加重ストレートに追いつかなくなっている。


「ぐっ、クソ」


「おいおいどうした先輩! まさかこの程度じゃねぇだろ!?」


「ハッ、上等だ少年んんんんん!」


 カドラスの返す刃。俺はそこに拳を合わせた。激突。これを待っていたのだ。力と力がぶつかり合う瞬間を。


「ッ!? 剣に、ヒビが」


 見ると、カドラスの剣に氷の残滓が付いている。アイス。気付かぬうちに、凍らせていたのか。


「まだまだァ!」


 俺は連続で拳を叩き込む。急加速を伴いぶつかり合う拳は加重の連撃。カドラスは剣ですべて受ける。受け流すほど奴は、もう体を満足に動かせない。


「ぐ、クソ。少年、速すぎんだろ……ッ! 人間の速度じゃ、な」


「終わりだぜ、先輩」


 俺は一歩深く踏み込む。カドラスはそれに下がろうとして失敗した。「ッ! 足が」と動けないことに奴は動揺する。アイスの凍結が効いているらしい。


「行くぞオラァアアアアアアアアア!」


「負けるかぁああああああああああ!」


 双剣が二つ合わせて俺の加重ストレートにぶつかる。一瞬の均衡。俺は、ニヤリと笑った。


「【加重】、フル出力」


 キィイイイン、と甲高い金属音を響かせて、カドラスの双剣が砕け散る。そのまま拳はカドラスの胴体を深くえぐった。


「カッ、ハ……」


 手応えは鎧。飄々としながらも、ちゃんと安全策は打っていたらしい。殺さずに済んだ、と思いながら、俺は続きサンドラに向かう。


「さ、残るはアンタ一人だ。―――勝たせてもらう」


「かわかっこよ……。ハッ、これは流石にそんなこと言ってる場合じゃない」


 真顔のまま垂らしていたよだれを拭いて、サンドラは俺を見る。俺のパーティメンバーを見る。そうして、呟いた。


「サンダースピード」


 全身を電撃に変えて、電光石火の速度でサンドラは俺から距離を取った。そしてそのまま「スパーク」と呟いて放電、クレイがふさいだ壁を砕いてしまう。


 そして、部屋の中を見ながらも、風通しの良くなった窓辺にサンドラは立っていた。


「なっ、お、おい。サンドラ! まさかお前、この期に及んで逃げようなんてこと」


 隅でフラウドス共々縮こまっていたユージャリーが叫ぶ。それに、サンドラは答えた。


「いや逃げる。勝ち目のない戦いに身を投じるのはただの自殺。あたしも大概非合理に生きてるけど、していい非合理とやっちゃダメな非合理は分かる」


「お、お前、後悔するぞ。お前の契約不履行はナイトファーザー中に知られると思え!」


「どうぞご勝手に。それなら普通の冒険者に戻るだけ。……ということで、バイバイ運命の人。名前は?」


 唐突に俺に矛先が向いて、俺は戸惑いがちに答える。


「……ウェイドだ」


「ウェイドね。ウェイド、ウェイド、ウェイド……。うん、覚えた。じゃあねウェイド。またすぐに会いに行くから。その時はデートしよ」


「はっ?」


「ばいびー」


 またもや体を電気に変えて、サンドラは去っていった。ポカンと俺たちは呆気にとられるが、すぐに本丸へと視線を戻した。


「ひっ!」


 ユージャリーが竦みあがる。逃げようともがくが、とっくにアイスの魔法につかまっていたらしい。手も足も地面から離れないようだ。


 俺はゆっくりと歩み寄る。そしてユージャリーの下にたどり着き、真上から見下ろして、にっこりと笑いかけた。


「よう。これで終わりか? 他にもっと強い奴、控えてたりしない? 実は控えてるんだろ? 出せよ。それも潰してやるから」


「……」


 フルフルと無言でユージャリーは首を振る。狡猾な狐のようだったその顔は、真っ青に老け込んで、まるで羽根をむしった鶏のようだ。


「そうか。もう手はないのか? 実はお前自身が超強くって、封印を解いたら一人で俺たちを圧倒できる、とか」


「な、ない……。そんなことは、ない……」


「なら、もうお前に抵抗の手立てはないってことか?」


「……」


 ユージャリーは俯いて、ブルブルと震えている。俺は顔を蹴り上げて、強制的に俺の方を向かせた。


「おい、答えろ。もう俺たちが楽しめるおもちゃは居ねぇのかって聞いてんだよ」


「ひっ……! い、いない。もう、居ない! 出し尽くした!」


 俺はその返答を聞いて、残念だと息を吐きだした。少し離れたところで、フレインが「おい聞いたか。アイツ敵のことおもちゃって言ったぞ」と陰口を叩いている。


「じゃあ、もとの商談に戻ろうか、ユージャリーさん」


 俺は屈んで、にっこり笑いかける。


「フラウドスさんは、自分がだまし取ったお金を、借金してでも俺たちに払いたいんだそうだ。ユージャリーさん、フラウドスさんにお金を貸してあげてくれないか?」


「……あ、ああ……」


「良かったな! フラウドスさん。ユージャリーさん、貸してくれるってよ。頑張って返そうな!」


「……」


 フラウドスは答えない。気絶しているようだ。


 俺は踏みつけてフラウドスを叩き起こす。


「ッ!? なっ、何だ……ひっ」


「フラウドスさん、全部片付いたぞ。お金、貸してもらえるってさ。良かったな」


「え……あ、ああ、あああああ……!」


 フラウドスは部屋中に倒れる無数の用心棒を見て震え上がった。それに俺は、こう言う。


「じゃあ、借りたらこの場で即お金の返還をよろしく。大金貨五枚だ。……金庫の鍵とかないか? 代わりに持ってきてやるよ」


「こ、これだ……」


 ユージャリーから鍵を受け取る。それを、そばに来ていたトキシィに渡した。彼女は二人に言う。


「耳を揃えて、返してもらうから」


 言って、一人階下へと降りていく。俺は伸びをして、最後にユージャリーに言い含めた。


「いやぁ、ありがとうなユージャリーさん。フラウドスさんがお金持ってないって言ってて、困ってたんだよ。助けてくれてありがとう。フラウドスさんも、ちゃんと働いて金は返せよ」


 俺の物言いに、ユージャリーは奇妙そうな顔をした。俺は奴の耳元に口を寄せて、囁く。


「秘密にしといてやるし、殺さないでやるって言ってるんだ。黙って頷け。じゃなきゃ、お前だって困るだろ?」


 ユージャリーはただちにその意味を理解して、顔を上げた。じっと俺の顔を見つめ、震える。


 そしてユージャリーから視線を外し、俺は仲間に向き直る。


「さ、やることやったし帰ろう」


「「「了解」」」


 アイス、クレイ、フレインが答える。ちょうど帰ってきたトキシィの手には、トキシィへの借用書と大金貨四枚が握られていた。

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