第44話 死闘

 俺が構えを取って銀の二人と睨み合っていると、クレイが呼びかけてきた。


「ウェイド君、提案だ。僕に指揮権を委譲して欲しい。君は好き勝手暴れたいんだろう? なら、その間、君が戦いやすいように采配させてくれ」


 俺はチラとクレイを伺った。その顔に混乱はすでになく、いつもの皮肉げな笑みを湛えている。


「任せた」


「ありがとう。という訳だ! 今回の作戦では、以後僕が指揮を執り行う」


 クレイは他のメンバーに向き直って、大きな声で周知した。


「ウェイド君に勝手だのなんだのと文句があるかもしれないが、これが僕らのリーダーだ! 彼に惚れ込んだ僕らの負けだ! だから、それに合わせる形で動く!」


 メンバーの反応は様々だ。


「わかった、よ。ウェイドくん、好きに暴れてね……っ」とアイス。


「もぅ~! 帰ったら説教だからねウェイド!」とトキシィ。


「オレは惚れ込んだ記憶はないが、まぁいい」とフレイン。


「基本は計画通りだ。ただ、僕らが下手に入るとウェイド君が動きにくくなる。だから、今回僕らはサポートに徹する―――」


 クレイは良い感じに取り仕切ってくれているらしい。俺は心底ありがたいと思いながら、敵の様子を確認する。


「おいおい、どうするよサンドラちゃん。向こうさんには策があるらしいぜ。俺と連携でも組んじゃう?」


「長続きしないパーティでそんなことを考えるのはコストの無駄。簡潔に役割分担すればいい」


「了解~。なら、俺はあの小僧の攻撃を受ける」


「分かった。あたしは機動力あるし遊撃する。状況次第では援護する」


「おっ、ありがたいねぇ~」


 んじゃそれで、と言いながら、カドラスは俺に一歩踏み出してきた。シャリンシャリンと双剣をこすり合わせて遊んでいる。


「つーわけで、少年。お前の相手はこの俺だ。ガチで相手してやるから、簡単に潰れてくれるな?」


「俺のセリフだ。キメラよりも楽しませてくれよ」


「キメラ? アッハハハ! マジかよお前あんな化け物殺せんのかよ!」


 カドラスは、双剣を構える。


「なら、ほとんど銀等級だな。人間辞め初めってとこだ。いいぜ、対等のつもりで相手してやる」


 カドラスは双剣を手元でくるりと回した。そして、踏み込んでくる。


「行くぜ、少年」


 それは、剣の嵐だった。


 右からの攻撃を受けた瞬間には、左、また右、次に右と来て今度は下から上から。まったく予想できない角度から、双剣が次々襲ってくる。


 それを、俺はただ必死に受けた。カドラスの剣を【軽減】し、自重には【加重】をする。それで弾くようにして、無数の剣閃に対応した。


「おっ、いいねぇいいねぇ! まだまだ行くぜ!」


 速度が上がる。目で追うのも難しくなる。弾けきれなかった攻撃が俺の服を裂いていく。薄皮が割け、血が流れ、いずれ、この剣は俺の命に届く。


 俺は。


「は」


 笑っていた。


「ハハハハハハハハハハハハハハ!」


 キャパオーバーの連続攻撃を受けて、俺の思考は完全にオーバーヒートしていた。訳も分からず必死で攻撃を捌く、捌く。ドーパミンもドバドバで痛みなんか感じないし、カドラス以外に思考なんて割けない。


「うおおおおお! すげぇ! すげぇぞ少年! ここまで反応するか! つーか反応速度アガってね? アッハハハ! やっべー! おいおいこいつ持ち帰って育てたいぞ! 一週間で仕上げてやる!」


「カドラス、横取りしたら殺す。その子はあたしが回収するから」


「おいおい~。そうケチなこと言うなってサンドラちゃん。俺だって少しは噛みた」


 そこで、横から強い殺気を感じた。俺はカドラスへの【軽減】を強めて大きく奴の剣を弾きながら、殺気に向けて加重キックで牽制を入れる。


「む。今ならがら空きだと思ったのに」


 俺の蹴りは、寸前で停止したサンドラに空振りに終わる。だが隙は晒さない。そのまま蹴りの矛先をカドラスに変え、今度はこちらが攻勢に回る。


「おっ! いいねぇ少年! 防御も攻撃もお手の物ってか! いいぜぇ受けてやる!」


 俺の【軽減】からの【加重】を伴う『急加速攻撃』の全てを、カドラスは笑いながら受け流した。


 この、受け流す、と言うのが厄介なのだ。攻撃を受け止めるだけならば、【加重】の力で破ることも可能になる。だが、カドラスはそうしない。必ず、受け、そして衝撃が伝わる前に流す。


 これが銀等級か、と思う。格上。ベテラン冒険者。人間を止めた連中。超人。俺の、敵。


 俺は、笑う。











 クレイの目からとらえる戦況は、そう悪いものではなかった。


 我らが愛しきイノシシリーダーは、あろうことか銀等級の敵二人を相手取りながら、まともにやり合うという人間離れした戦闘力を発揮している。


 しかも、これは独力によるものだ。たった一人でこれ。となれば、クレイがどのようにこの戦闘をデザインすべきかは明白だった。


「基本方針は、あの化け物三人の戦いに割り込まない、だ。その上でウェイド君だけを有利にするように持っていく。あとは僕らが一人も欠けなければ完璧だね」


 クレイの指示に、メンバーたちが頷いた。直接ウェイドに確認を取っただけあって、反発などがなくやりやすい。


「掲げる策としては、この部屋を密室にして、毒を充満させ、敵の足を縫い付けることでウェイド君の有利を図る。つまり、僕、アイスさん、トキシィさんの連携だ」


 それに、フレインが疑問を口にした。


「オレはどうする」


「僕らを守ってくれ」


「あ? ―――ッ、ファイアアロー!」


 隙を伺って、電撃と化して急接近してきたサンドラに、フレインは炎の矢を放った。サンドラは空中で一瞬ぴたと止まって、それからまた電撃の尾を引いて離れていく。


「ちぇ。こっちも意外に練度が高い。絶対あの子のワンマンパーティだと思ったのに」


 サンドラは真顔で文句を言ってから、またウェイドに襲い掛かった。ウェイドはそれに、超人的な勘でカドラスを吹き飛ばして対応する。正直意味が分からない強さだ。


 だが、ウェイド一人でいいのでは? などとは言っていられない。クレイはこれでも英雄志望だ。ウェイドと同じ類の英雄になる必要はないが、別の方向性で彼に並び立つ必要がある。


 ひとまず、クレイはフレインを労った。


「フレイン君、ありがとう。僕らは今から全力でウェイド君の戦闘のサポートに回る。つまり隙だらけになる訳だ。敵はそこを狙うだろうから、君が何とかして欲しい」


「何とかって……。オレはウェイドじゃねぇんだぞ」


「おや? アレだけ突っかかってくるからには、実力に自信があると思っていたけれど」


「チッ。……分かったよ、やるだけやってやる」


「ありがとう、助かるよ」


「デブがよ。ウェイドと言い、調子狂うぜ」


 フレインはそう言って、部屋全体を俯瞰するように一歩下がった。注意を払っている証拠だろう。


 クレイは、指示の矛先を変える。


「さて、じゃあアイスさん、トキシィさん。僕らの出番だ。僕らのリーダーは一人でもあのように十分強いが、格上二人を相手にすれば圧勝は難しい」


 だから、とクレイは皮肉っぽく続ける。


。常人離れして強い彼には、常人離れした栄光を纏ってもらおう。僕らが、それを采配しよう。それこそが、僕らの道だ」


 言うと、ずいとアイスが肉薄してくる。そこに宿る瞳の色は狂気的だ。それはいわゆる、宗教における原理主義者に近い。


「それは、ウェイドくんの意志に反してでも、ってこと……? クレイくんの意志で、ウェイドくんを、勝手に、英雄に仕立て上げるって、こと……?」


 クレイはそれを否定する。


「違うさ。ウェイド君の望む通りに、だよ。彼はどこまでも殺し合いを求める。そんな彼に僕らは惚れ込んだ。君はその先には敵の不在が待つというが、僕の考えは違う」


 ウェイド君の英雄性が、ウェイド君の身を滅ぼす方が早い。


 クレイは続ける。


「それだけは避けるべきだ。だから、彼が思う方向に進むのは止めない。止めないが、パーティメンバーとして彼の死や破滅を遠ざけるのは僕らの役目だ。違うかい?」


「……」


「……」


 お互いに目を見開いて見つめ合う。睨み合うと言った方が適切かもしれない。お互いがお互いの瞳の奥の感情と思惑を探り合っている。トキシィが一人「こんな状況でケンカしないで~」と泣いている。


「……分かった、よ。それで、いい」


「ああ、じゃあ早速、ウェイド君には圧勝してもらおう」


 クレイは、指示を出し始めた。

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