第43話 激戦

 奥から出てきた五人は、流石に今までの雑魚とは違うようだった。


 全員が首から銅の冒険者証を垂らしている。いっぱしの冒険者たちだ。魔法をまともに使える、ちゃんとした敵だ。


「坊主、そろそろ痛い目に遭ってもらおうじゃねぇか……! こいつらはな、もう何年も剣の冒険者をやってる熟練どもだ。異常の領域、銀等級に指をかけてる奴もいる」


 話の通り、ここからが対等だ。俺は首を回してウォームアップの終わりを感じながら、「ん、そうか」と答えた。


 ユージャリーは顔の筋肉をヒクヒクさせながら語り始める。


「……戦力の差が分からねぇみてぇだから教えてやる。お前が今まで倒したのは、鉄等級。お前がどれだけ才能豊かな冒険者見習いだとしても、お前同等以上の奴が複数だ。分かるか? お前は勝てねぇんだよ!」


「一人なら、だろ? 残念、俺にも味方が居るんだな」


「僕とかね」


 俺の意表すらついて、クレイは敵が出てきた奥の扉から飛び出した。そのまま、素早く大槌を振るう。咄嗟に俊敏な二人が気づいて魔法で迎撃を試みた。


「「ウィンドカッター!」」


「クェイク」


 大槌の振動が風の刃を砕きながら、敵の二人を粉砕した。普通なら人間よりも頑丈な魔物を倒す技だ。二人はまとめて沈黙する。


「ノルマ、達成だね」


「んだよ、お前マジで強ェじゃねぇかよ」


「だから最初から言っただろう? といっても、こればっかりは相性だよ。風魔法は土に弱いからね」


 クレイの背後から出てきたフレインが、クレイの言葉の間に火の矢を飛ばした。残る三人全員に向けられたそのファイアアローは、水魔法の盾に防がれ、金属魔法の盾を溶かしつつも破れず、闇魔法を突破して打倒した。


「オレもノルマ達成だな」


「隙を突くのはやっぱり固いね」


「なっ、何だテメェらァ!」


 ユージャリーの怒号にも、クレイは「取り立てだよ」と皮肉げに返し、フレインは「うっせ」と耳をふさいだ。


 そこで、俺の背後からアイスとトキシィが現れる。


「来た、よ……!」


「アイツらだね」


 アイスはすでに仕込みを終えていたらしいく、ただ「アイスブロウ」とだけ言った。いつの間にか水魔法の盾の前によじ登っていた雪だるまが、凍結の突風を放つ。


 水魔法の盾は、見る見るうちに氷の矢となって水魔法使いに降り注いだ。見るも無残に氷の棘だらけになって、水魔法使いは沈む。


「う、嘘だろう……?」


 ユージャリーの言葉に、俺は言い返した。


「そうだな、あと一人残ってる」


「ポイズンソリッド!」


 トキシィの毒の砲弾に、金属魔法使いは盾を構え直す。だが、トキシィの狙いは最初から盾だ。毒を受けた盾は見る見るうちに腐食して爛れ落ちる。そこに、クレイが拳を構えていた。


「クェイク」


 たった一人に向けたクェイクは威力がありすぎるのだろう。配慮のされた振動する拳を受け、金属魔法使いは沈む。


 そして、部屋には俺の仲間たちと、倒れ伏す敵と、その親玉のユージャリー、そしてフラウドスだけが残される。フラウドスは静かに椅子に座って気絶しているようだ。


 ユージャリーが、トキシィを見つけて指をさす。その指は、大きく震えている。


「あ、ああ、あああ……!」


「……久しぶり、高利貸しのおじいちゃん。私のこと、覚えてる? 大金貨五枚って、そういう事なんだ。私のお父さんが、私の魔法の変更のために支払った代金。丸々、返してもらうよ」


「く、クソ、クソクソクソクソクソクソ! 間抜けな司祭をハメて大儲けだと思ってたっつうのに! こんな事になるなんてッ! クソ! クソッ!」


 ユージャリーはひとしきり叫ぶ。それから、歯を食いしばりながら言う。


「チクショウ、もう、アイツらしかいない……! この手だけは使いたくなかったってのに……! アイツらはな、駐在させるだけでも金がかかるし、呼んだらさらに大金がかかるんだぞ!」


 そこまで言って、それからユージャリーは意地悪く笑った。まるで、狐のように。


「だが、呼んだらそれこそ最後だ。お前らは、まとめて終わりだ。―――カドラス! サンドラ! こいつらをねじ伏せろ!」


 その声に応じて、奥、そして俺たちの背後から、強烈な気配が発生した。俺たちは咄嗟に飛び退いて、中央に集まる。


 手前から出てきたのは、飄々とした男だった。カドラス。胸元には剣の銀の冒険者証、背中に二つの剣を携えている。双剣のカドラスに間違いないだろう。


「ふぁーあ。おいおいおやっさん。俺ぁここで寝てるだけで金がもらえるからここを拠点にしてんだぜ? ……っておい、こりゃ大層なことになってるな」


 一方、奥側から出てくるのはサイドテールの金髪の少女だ。俺たちと同じ年頃に見えるが、その胸元には銅の剣、銀の弓と松明の冒険者証が揺れている。


 彼女もサンドラだろう。迅雷のサンドラだ。


「むしろ、ここまでになるのならもっと早く呼ぶべき。全員の手当てをするコストを考えれば、その方がだいぶ安上がりでしょ」


 彼女は淡々と、ユージャリーの不手際を指摘した。終始真顔の言葉である。それに、悔しげにユージャリーは反論する。


「こんな小僧どもがここまでやるとは思わねぇだろうが……! いいからこいつらをぶちのめせ!」


「はーい」


 気のない淡々とした話し方。俺は警戒にサンドラに視線をやる。目が合う。


 サンドラが真顔のまま言った。


「え、超タイプ」


「……は?」


 俺は流石に言葉を失う。え、何。それ俺に言ってる?


 しかしサンドラはマイペースに続けた。


「笑う。こんなところで運命の出会いは面白すぎる。ユージャリー、寝返っていい?」


 笑うと言いながら真顔のままのセリフだ。俺も困惑してるし、ユージャリーはそれどころじゃない。


「はぁ!? おい! 何でお前らが寝っ転がってるだけでこっちが金を払ってると思ってんだ!」


「それはそう。仕方ない。でもあたしの勘違いの可能性もある。あたし、強いか可能性に満ちた人がタイプだから」


 パツッ、とサンドラの周囲で、電気が走った。


「戦って確かめるのも、アリ」


 俺たちは身構える。そこに、空気を読まず適当なことを言うのがカドラスだ。


「おいおいサンドラちゃ~ん、そんな俺、俺はどうなのよ。俺は強いし可能性に満ちてっぜ?」


「カドラスは命かけて前人未到に挑んだりしないからつまんない」


「そのレベルの面白さは絶対身を滅ぼすっしょ~。俺あたりで落ち着け解こうぜ、なっ」


「ウザイ。良いからやるよ」


「はいはい」


 カドラスが思わせぶりに双剣を抜く。サンドラが真顔のまま腕に電撃を纏わせる。臨戦態勢。高まる緊張。


 ―――ああ、ダメだ。興奮が抑えられない。動悸が激しい。ワクワクして止まらない。笑みが堪えきれない。


「ごめん、みんな」


 俺は、言った。


「二人とも、


 その反応は、様々だった。


「あ?」とフレインが理解できない声を出し。


「えぇ?」とクレイが流石に困惑し。


「ふふっ」とアイスが何故か微笑ましげに笑い。


「嘘でしょ?」とトキシィが目を丸くし。


 そしてそのすべてより速く、俺はカドラスに襲い掛かっていた。


 急接近攻撃、からの加重フックを仕掛ける。「うぉお速っ」と言いながらも、カドラスは双剣で俺の攻撃を受け止め、そして


「すっげこの年でこれかよ。サンドラちゃん並みじゃん。殺すの惜しいなぁ~」


 言いながらも、攻撃を受け流され体勢の崩れる俺に、カドラスは剣を振り下ろす。俺は迫る剣を直視する。死を目の当たりにする。


 それが、堪らなかった。


 俺は体勢を崩した勢いで回転して、【加重】で防御力を上げながら足で、【軽減】したカドラスの剣を受け止めた。


「うぉっ、マジかよ!」


 からの詰めろだ。俺は受け止めた剣を蹴り飛ばして、軸足を切り替えて加重キックを放つ。


「ッ!」


 カドラスからはとうとう余裕がなくなって、双剣で俺の攻撃を受けて吹っ飛ぶ。そして地面をズザザと滑りながら、奴は笑った。


「ッハハ! なんだこいつヤバ! いいねぇガチでやり合おうじゃねぇ」


 か、とカドラスが言うよりも前に、俺は動く。


 カドラス目がけてではない。最初から俺は言っている。


 『二人とも、もらう』と。


「――――ッ!」


 俺は【軽減】で身軽さを高めて部屋の天井や壁を蹴って、サンドラを急襲する。彼女は油断していたらしく、俺の拳に対応したのはギリギリになってからだった。


 だが、そのギリギリでも、彼女は間に合った。


「スパーク」


 放電が俺を迎撃しにかかる。俺は直感的に【軽減】をフル出力にした。静電気的な反発が俺をふわりと浮かせる。放電が届かないところまで下がって、俺は着地した。


「うっわマジかよ! こいつサンドラちゃんも相手取るのか!? アッハハハ! やべぇー! 俺こいつ大好きかもしれん!」


 高笑いし始めたのはカドラスだ。


「いっても銅だろ!? 格下だろ!? 格上二人との殺し合いを興奮しすぎて取りに行くとか面白すぎる!」


 ゲラゲラとカドラスは笑う。一方で、サンドラは俺を凝視しながらブツブツと呟いている。


「あのタイミングから回避するのはほとんど不可能のはず。なのに避けた。仕組みを組んでる? じゃなきゃ説明が付かない。銅ぶら下げてるけど、銅の実力じゃないこれ」


 でも、と彼女は真顔で続けた。頬を僅かに赤く染めて。


「それはそれとして可愛すぎない? あの満面の笑み見てよヤバすぎ。ヤバヤバヤバ。しかもあの速攻。あの瞬間は届いてなかったのにその場で学んで成長したんだよ。可愛すぎ」


「サンドラちゃん、俺が間違ってたわ。サンドラちゃんの趣味いいよ。こいつのぶっ壊れ具合、俺も好きだわ」


「分かってくれた? じゃあやることは決まったね」


「ああ」


 銀の二人は、示し合わす。


「「」」


 俺は笑った。


「よろしく、先輩」


「よろしく先輩じゃないよぉおおおおぉぉぉ……!」


 トキシィが半分泣きそうな声で言った。ごめんて。

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