第42話 開戦

 俺はフラウドスを伴って、ユージャリーの店舗前に訪れていた。


「う、うう、クソ。終わりだ。全部終わりだ……!」


「ははは、黙って前に進め」


「うぅ、くぅう……!」


 震えながらも、詐欺師のフラウドスは前に進む。扉を開け、ともにカウンターに向かった。


「らっしゃい。……ん、フラウドスじゃねぇか。また連れてきたのか?」


 答えるのはガラの悪い男だ。似顔絵で見たユージャリーではない。俺は何も言わず、ただフラウドスを急かした。


「い、いや……。か、金を借りに来た」


「その坊ちゃんがか? おう坊ちゃん、お困りなら力になるぜ。いくら欲しいんだい」


「ちが、う。……あっしが、だ」


「……は?」


 フラウドスの言葉に、カウンターに座るガラの悪い男は眉をひそめた。それから、にこやかに笑う俺と、顔面蒼白なフラウドスの顔を見比べる。


「……一体いくら借りてぇんだ」


「だ、だ、……」


 フラウドスは震えて言葉を発せない。代わりに、俺が答えてやった。


「大金貨五枚、だそうです」


「大金貨!? ……、……。……ちょっと待ってろ」


「貸してくれるんですか?」


「バカ言うんじゃねぇ! ……大金だから、上に確認を取るんだよ」


 どうやら相手方は、俺を警戒させ、逃げられる展開を避けたいと見える。無理はない。俺が突如ケンカを吹っかけてきた仕掛け人とは思うまい。つまり、裏に本当の敵が居ると考える。


 だが、そんな者は居ない。その勘違いは総合力に劣る俺たちの武器だ。窮地にもいないネズミが、猫を噛むなんて人間普通考えないがために。


 そうしてしばらく冷や汗をダラダラと垂らすフラウドスと一緒に待っていると、ガラの悪い男が奥から戻ってきた。


「……横の階段を上がんな。おやっさんがお会いになる」


「ありがとうございます」


 フラウドスを前に立たせたまま、俺たちは階段を上り、案内された扉を開いた。するとそこは客間のようで、大きな机を挟んで長いソファが置かれている。


 そして奥には、ハゲに眼鏡の、ひげをたくわえた意地の悪そうな爺が座っていた。


 奴が、高利貸しのユージャリーだろう。ナイトファーザーの幹部。今回の本丸。


「よく来たな、フラウドス。それに……坊ちゃん。大金貨五枚だなんて中々な申し出じゃないか。ひとまずは、そこに座りなさい。お茶でも飲みながら話をしよう」


 穏やかな声音をしているものの、視線の鋭さは隠せない。戦闘に優れた体つきではないが、もめ事そのものには慣れ切った瞳をしている。


 俺は躊躇うフラウドスの背をこっそりと叩いて、フラウドスに続いて着席した。見目麗しい女性が、俺たちの前にお茶を置く。手の中で、トキシィに貰った毒を確認する。


「まぁ、肩の力を抜いて、一杯やると良い」


 言われるがままにお茶を飲む……振りをして、毒を仕込んだ。そのまま戻す。毒は見る見るうちにお茶の中に溶けていく。


「それで、フラウドス。随分大金の申し出だが、何かいい事業でもあるのかい。それなら大金貨五枚と言わず、もっと多くを出してやれるが」


「……いや、その、あ、あっしは……」


 言葉に詰まるフラウドス。「ふむ……」と高利貸しのユージャリーは俺に視線を向けてきた。


「どうやら、緊張しているらしい。おっと、申し遅れたな。私はユージャリー。この金貸しの店の支配人、とでも言おうか。坊ちゃんは?」


「冒険者のウェイドです」


「そうか、確かにそう言う服装だ。にしても、かなり若い。にもかかわらず、堂々と名乗る胆力には感服するよ」


「恐れ入ります」


「……」


 俺の返答に、ユージャリーは首を傾げた。疑問というよりは疑念。目を細め、睨む一歩手前という目で俺を見つめている。


「それで、二人はどういう目的でお金を借りに来たのかな?」


 俺に配慮した、少し優しい言葉遣い。つまり、問いかけは俺にも投げかけられている。


 俺はフラウドスの青ざめた様子を見て、こいつはもう無理だと確信した。まぁこの場に居てくれれば、後はどうなってもいい人間だ。俺が答えよう。


「フラウドスさんは、以前俺の仲間から詐欺を働きました。ですので、その金を借りて返してもらうために、ここまで来ました」


 俺の首筋に冷たいものが添えられる。短剣。後ろで、先ほどのガラの悪い男が俺に剣を突き付けている。


「……フラウドスの様子から、ろくでもないだろうとは思っていたが。しかし、坊主。お前も災難だな。お前の依頼主は誰だ? 素直に吐けば、お前はただの子飼いとして開放してやる」


 恐らく、俺はここで身を竦むべきなのだろう。とっくにユージャリーは俺を取るに足らない羽虫と考え、葉巻に火をつけて一服を始めている。


 ―――ムカつく話だ。だから、俺は続けた。


「居ませんよ。俺が計画しました」


「……あ?」


 ユージャリーは額に青筋を走らせて、俺を睨みつけてきた。底冷えのするような視線だ。人を指示一つで殺すことに、何の感情も抱かない目だ。


「おい、坊主。依頼主からそう言えと言われたのか? その言葉は、お前の首を落とすに足る言葉だぞ。冒険者なんぞをやるからにはそれ相応のバカなんだろうが、もう少し頭を使え」


「そうは言っても、真実ですから」


「……チッ。まぁいい。フラウドス、後で話を聞かせてもらうぞ。背後関係を洗わせてもら―――」


「おやっ、さん。違い、ます」


 そこで、フラウドスがやっと口を開いた。ユージャリーは「あぁ? 何が違うって? もっとはっきり言いやがれ」と荒い言葉で催促する。


 フラウドスは、言葉を絞り出した。


「この坊主の言葉は、本当、です」


「……あんだって?」


「だから、本当です。こいつらは誰の指示も仰がずにあっしを襲い、あっしを拘束した上でその場でおやっさんへの襲撃作戦を練り、こうやって実行してるん、です」


 フラウドスの説明を受けて、ユージャリーは呆然と俺を見た。俺はにっこりと笑みを返す。


 ユージャリーは呆然とした顔のまま言った。


「……おい、殺せ」


「坊主、お前舐め過ぎたな――――」「行動に移んの遅ぇよタコども」


 とっくにこっちは、仕込み終えてんだよ。


 短剣を振り下ろそうとする男の腕を掴んで【軽減】で軽くする。そしてそのまま片手で頭の上まで持ち上げ、そして【加重】を掛けながらユージャリーへと投げ飛ばした。


「ぐぁっ!」「がっ」


 二人はいとも容易く吹っ飛ぶ。推定、ユージャリーは一般人、俺が投げ飛ばした奴は鉄等級相当か。


 俺は考えながら、フレインの炎魔法を封じた小さなスクロールを取り出す。


「ぐっ、おい! 誰か! 敵襲だ! 小僧一人ぶち殺せ!」


 ユージャリーの必死の呼びかけに応じて、奥の扉からも俺たちが入ってきた扉からもぞろぞろとガラの悪い男どもが入ってくる。


 そうして、俺は四方八方から囲まれてしまった。ああ! なんてこった! これはピンチに違いない!


「このクソガキがぁ……! ナイトファーザー舐め腐りやがって、死んだ方がマシだと思わせてやる」


 ユージャリーが吠える。俺は、とうとう笑いを抑えきれなくなった。


「ぷっ、アハハハハハ! あー、ヤバ。ここまでハマるとは思わないっての。流石にもう少しイレギュラーがあると思ってた」


「あ!? 何言ってやがる!」


 俺は言った。


「お前らのこと、一分以内に全滅させてやるって言ってんだよ」


 俺はスクロールから小さなファイアーボールをお茶に落とした。お茶は毒ごと一瞬にして蒸発する。蒸発した毒が、部屋中に蔓延する。


「っ! テメェ今何し、ぐ、ぅグッ……!」


 男どもが揃いも揃って足元をふらつかせる。俺はニンマリ笑って足腰力を入れた。


「ようし、じゃあフラウドス」


「ぐ、ぐぇ、な、んだよ」


 俺はフラウドスの肩を叩いて、一つ頼みごとをした。


「一分、数えといてくれ」


 俺は、動き出す。


 まず俺の背後の連中から取り掛かることにした。俺は反転してから二人の男の頭を掴んで、【軽減】からの【加重】で思い切りぶつけ合う。「かぁっ」「ぎっ」と短い悲鳴を上げて二人が沈む。


「うっ、クソ、てめ」「遅い」


 ノロノロとした動きで武器を振りかぶる男の胴体に、内臓破裂寸前の加重ボディブローを一発。それから【軽減】で男を軽くして足払い。男がその場で宙返りする。


 だから、その足を掴んだ。


「お前今から俺の武器な」


 【軽減】からの【加重】で勢いと威力を担保しつつ、俺は男を武器に三人をなぎ倒す。まだ無力化しきれていなかったから、飛び掛かってその頭を踏み潰す。加重スタンプだ。男は意識を落とす。


「次ィ!」


 ぞろぞろと後続が出てくるから、武器にしていた男を投げ飛ばした。まとめて四人倒れる。俺は全員に丁寧に襲い掛かり、馬乗りマウントを取って垂直に加重パンチを打ち下ろした。


 四発。それが終わるころには、雑魚どもは俺に対する敵愾心を失っていた。


「残るは三人か」


「ひっ、わ、悪かった! 俺が悪かったから、止めてくれ!」


「テメェ! 何のために雇ってると思ってんだオラァ!」


 ユージャリーの怒号に怯む男に、俺は肉薄する。


「そうだぜ。仕事はちゃんとやんなきゃな。でもさ、この仕事が嫌ってんなら俺が新しい仕事やるよ」


「あ、え、な、何だよ、それ……」


 全身を震わせて俺を見つめる男に、俺は笑顔で言った。


「俺の仲間に合図出しといてくれよ」


 俺は男を掴み上げ、そして窓へと投げ飛ばした。【加重】の掛かった身体は窓を派手に破って、外へと男は投げ出される。これで戦闘開始の合図になるだろう。


 ……一応死なないように、【軽減】を掛け直してやる。降参した奴には優しくしなきゃな。


「くっ、クソ!」「死なばもろともだ!」


「おい、人聞きの悪いこと言うなよ。俺は今日誰も殺さないつもりで来てんだぞ?」


 剣を【軽減】で軽くし、ガントレットで受け止める。そして一撃ずつ拳を叩き込んだ。急所をえぐられ、男たちは俺にもたれるように悶絶する。


 そうして、段々と毒が晴れていく。ああ、窓を破ったせいで気密性が下がったか。まぁいい。ひとまず、雑魚の一掃は済んでいる。


「な、ごほっ、何だ、こりゃ。お前、なに、ものだ……」


 ユージャリーは毒でマヒして喋りにくそうに、俺を睨みつけてきた。俺は笑い返す。


「詐欺師の金の集金だよ。最初っからそう言ってんだろ?」


「――――~~~~ッ! おい! 用心棒ども! 子飼いの連中じゃ無理だ! 全員出てきてこいつを殺せェ!」


 ユージャリーは叫ぶ。俺は「楽しくなってきた」と笑い、そうだと思いだしてフラウドスに尋ねた。


「なぁ、一分経った?」


「……今、ちょうど一分だ」


 目標達成だ。やりぃ、と俺は拳を握る。

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