第33話 祝いの後、波乱の予感

 俺が目を覚ましたのは、息が出来なくなったからだ。


「ん、ぐぐ、ぷはっ」


 覚醒してずりずりと体を動かし脱出すると、俺はどうやらアイスの膝枕のまま押しつぶされていたようだった。元居た場所を見ると、アイスの膝上十数センチの所に、思った以上のボリューム感のあるアイスの胸が呼吸に上下している。


「……」


 俺は表現しがたい感情に襲われながらも、ブルブルと首を横に振った。それから手ごろな水を一気飲みして気をしゃっきりさせ、周囲の状況を確認する。


 すると、何やら剣呑な雰囲気が出来上がっていることに気が付いた。


 寝ていたのは俺とアイスだけだったようで、チンピラ冒険者を前にクレイが立ち、その後ろでトキシィが強張った顔をしている。


「……トキシィ、何があった」


 小声で声をかけると、「あ、ウェイド……」とトキシィは怯えた声を出す。


「そ、その、えっと……」


「お? お前も起きたかよ乳に潰されてた小坊主。お仲間使って、そんなにママが恋しいか? ギャハハ!」


「……」


 とりあえず、こいつが敵に近しい存在であることが分かった。俺は寝起きの微睡みを捨てて、深呼吸する。


「クレイ。状況を」


「トキシィさんに因縁をつけてきたチンピラが居てね。詳しい事情は分からないが、少なくとも善意ではなさそうだよ」


「あぁ!? デブテメェは黙ってろよ! 俺たちはなァ、その善意で教えてやろうってんだぜ? その女がろくでもねぇ存在だってな!」


「……」


 俺はトキシィの顔を見る。顔を真っ青にして、俯いている。どうやら、まだいくつか言っていないことがあるらしい。


 だが、それは秘密にしていたことではないだろう。彼女は俺がした質問にはすべて答えた。俺だって、家族を捨てたという、機会がなければ言いたくないほの暗い過去もある。


「トキシィ」


 びくりと跳ねる方にそっと触れ、俺は語り掛ける。


「大丈夫だ、今更見捨てたりしない。ここで待っててくれ」


 トキシィははっと顔を上げる。俺はその頭をポンと叩いた。そうして、俺はクレイに並んで立つ。じっとチンピラの面を眺める。


「な、何だよ、テメェ……」


「……いや、おい。お前、何か見たことあるぞ。数日前、ノロマ魔法とか何とか言われて、ギルド中で笑われてた奴じゃねぇか!」


「ああ! そういえば! ぷっ、ギャハハハハ! そうか! 穢れ魔法のトキシィを受け入れたのは、ノロマ魔法のパーティか! こりゃ傑作だ!」


 ギャハハハハと笑いこけるチンピラどもだ。俺はここで捻り潰したくなる衝動をこらえて、じっと見下ろす。


「お前らみたいなのが大した情報を持ってたことを俺は知らないが……。ひとまず、他人のパーティに茶々入れるくらいなら、自分のことを省みてみたらどうだ?」


「あぁ!? テメェ舐めてんのか!」


「舐めてるよ。で? 舐めてたからどうだってんだ。俺のことぶちのめすか? おい、やってみろよ」


「は? ……ダル。んだこいつ」


「おい、怯むな。所詮ノロマ魔法だぞ? ブラフに決まってる」


「試すか?」


 俺が一歩踏み込みながら言うと、チンピラは「う……」と一歩下がった。この感じは、間違いなく松明じゃないな。恐らく、剣の冒険者だろう。銅、あるいは、鉄。


「……ハッ! イキがりやがって! まぁいい。ノロマ魔法がイキがったって、どこまでいってもノロマ魔法だ。それより、そこの女の話だ」


 チンピラはトキシィを指さす。俺は、チンピラから視線を逸らさない。


「その女を仲間にするなんて気が知れねぇ! つまり、その女がやらかしたことを知らねぇんだと思ってな。教えてやるよ。その女はなぁ……!」


「やめて!」


 トキシィが叫ぶ。チンピラはニヤリと笑う。


「っと、そんなことを言われてもよぉ! こっちは親切で言ってんだ。なぁそうだろ、トキシィ~~~~! お前みたいなのが、パーティなんか組んじゃいけねぇよなァ~~~!」


 ゲタゲタと下品に笑いながら、チンピラたちは笑う、笑う。それから、核心に切り込んだ。


「なら、分かるよな? 金だよ、金! 随分好き勝手飲み食いしてよぉ。俺たちにもその幸せ、分けてくれよぉ~!」


 ゲタゲタと再び笑い出すチンピラたち。俺は大体わかって、息を吐いた。


「お前らに渡す金はない。お引き取り願おうか」


「あ!? おいお前何も分かってねぇんだな! 俺たちはお前じゃなく、トキシィに」


「同じことだ。トキシィの敵は、俺たちの敵なんだよ」


 俺はチンピラたちの手を掴む。一秒。「何しやがる!」と驚いて振り払おうとするが、遅い。


 とっくに、【加重】も【軽減】も掛けてある。


「っ!? なっ、何だ? 何だ、おい!」


「う、浮いてる! 何だこれ! おい! やめろ!」


 チンピラたちは足が浮き始めて、目に見えて狼狽した。【軽減】フル出力。俺も浮きかけたところで、俺は手を離して地面に戻る。


 すると、チンピラたちだけがそのままぷかぷかと浮かび始める。俺は時間が切れる前に、と二人足を掴んで、思いっきり押した。すると、チンピラたちは空中でぐるぐる回り始める。


 そして一秒。チンピラたちは落下した。


「ぐぇっ!」「がぁっ!?」


 回転しながらの落下は相当に堪えたらしく、それぞれ身体の一部をしたたかに打ち付けたようで、チンピラの一人は頭を、もう一人は太ももを押さえてうずくまる。


「さて……これがご所望のノロマ魔法だ。じゃあここからは俺の番だな」


 体を守るように丸くなるチンピラ二人の身体を強く掴んで、俺は笑いかける。


。ただし、後でトキシィから直接聞いた話と違った場合、お前らを殺す。もちろん言わなくても殺す」


「っ! ウェイド!?」


「この手の問題を長引かせて、トキシィとぎくしゃくするなんて御免だ。後で代わりに、俺の秘密も教えてやる。だから、この件は早く終わりにしよう」


 そう言うと、トキシィは下唇をかんで黙り込んだ。多少強引だが、これで良いだろう。チンピラたちに視線を戻すと、怯えた目で俺を見ている。


「あ……いや、その……」


「ほら、言えよ。正確に、な。間違っていれば殺す。言わなくても殺す。せいぜい、自分の掴んでる情報が正しいことを祈れ」


 さぁ、言え。俺が念押しすると、チンピラたちは震え上がった。


「そ、その女は! 借金があるんだ! かなりの額の! 金貨十枚分もの借金があるんだよ!」


 叫ぶ。トキシィが、拳を固めて俯く。この反応は、どうやら真実らしい。


「金貨十枚分、か」


 単純計算で約三千万円相当だ。冒険者になりたての、信用のない少女が借りられる金額ではない。となると、親の借金か。


 そんな俺の分析も知らず、チンピラは適当なことを喚く。


「そんな巨額の借金を背負うなんて、ろくな人間じゃねぇだろ!? 俺だって日銭の足りない分を借りても、せいぜい銀貨十枚分が関の山だ! それが金貨だぜ! その女がいかにヤバいかは分かったろ!?」


「ああ、トキシィの境遇が中々に厳しいことは分かった。……が、お前の追加の話はお前の身勝手な妄想だとも分かる。だから殺すぞ」


「は……?」


 好き勝手喚いたチンピラを浮かせる。それで、チンピラは青い顔になった。精一杯もがくが、その手は宙を掻くばかり。そこでもう一人のチンピラが俺に縋りついた。


「すまなかった! 真実を言う! トキシィの借金は親の奴だ! そのバカは俺の嘘に騙されて言っただけだ! 頼む、許してくれ! 頼む……!」


「……良いだろう、威力は少し落としてやる」


 浮くチンピラの足を掴んで、もう一人に叩き付けた。二人は揃って吹っ飛び、そして伸びる。気絶したらしい。ざまぁみろ。


「ヒュウ。流石の手際だね」


 クレイは俺が前に出た時点で、これ以上武力が必要でないと判断したらしい。受付嬢を連れてきて、状況の一部始終を見せていた。悪いのは相手ですよ、と示すためか。


「……状況は分かりました。本件については、私の方で処理しておきます」


「ありがとうございます。あ、これほんの感謝の気持ちです」


 言いながら、クレイはそっと銀貨を一つ受付嬢の懐に忍ばせた。嬢はびっくりして肩を跳ねさせていたが、「まぁまぁ」とクレイはその場で取り出させず、額を確認させない。


「では、この二人は任せました。ほら、みんな帰ろう」


 和やかに解散のムードを作り出すクレイ。俺はその様子を見ながら、考える。


 金額を確認させずに賄賂をねじ込んだのは、この場で「こんなに受け取れません」と言わせないため。


 そして銀貨という高額を渡したのは、後々になって受付嬢の対応が足りないときに「こんなに渡したのにですか?」と詰めるため。


 俺はアイスを起こすクレイを見ながら、思う。


 この世の力は、決して魔法だけではないのだ、と。 

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