第34話 トキシィの借金
翌日の集会は、昨日の飲み会とは打って変わってお通夜のようだった。
俺たちは人の目と耳を避けるべく、宿屋の個室に集まっていた。それぞれが思い思いの場所に座る中、たった一人トキシィは扉を背に立っている。
「……ハハ。ごめんね、こんな厄介ごとに巻き込んじゃって」
意気消沈した様子で、トキシィは頬を掻いた。形ばかりの笑顔を浮かべているが、昨日までの天真爛漫っぷりはどこかに行ってしまっている。
俺は言った。
「厄介ごとだとは思うが、巻き込まれてはない。だから、俺としては気にするな、と言うのが本音だ」
「う……、そう、だね。ウェイドの言う通り……。私の借金は、あくまで私の借金だもん」
「だが」
俺は前のめりに姿勢を変えて続ける。
「巻き込んでくれてもいい。トキシィが借金を返すためにどんどん稼ぎたいというなら、俺はそれに協力したい」
トキシィが、目を剥く。俺は笑った。
「俺たちの今後のために金を貸すことはしないが、お前と一緒により大きなリスクとリターンを求める心づもりなら出来てる」
だろ? と二人に同意を求めると、アイスもクレイも笑った。
「わたしは、どんなことがあっても、ウェイドくんについていくだけ、だよ」
「僕も強くなりたいことは変わらないからね。その早道となるなら、願ってもないよ」
「み、みんな……!」
トキシィは、しゃくりあげて、泣きだしてしまう。アイスは立ち上がって、トキシィを慰めた。
「わ、私、せっかく良いパーティが組めたと思ったのに、また解散しちゃうって、思ってた……! ありがとう、ウェイド、みんな……!」
グズグズとトキシィは涙をこぼす。それを拭いながら、アイスは尋ねた。
「にしても……、何でそんな大きな借金、背負うことになっちゃった、の?」
「……魔法のせいだよ。私の毒魔法は、穢れ魔法。それをどうにかしようとして、詐欺師に騙されたんだ」
俺は、その言葉に目を細める。魔法をどうにかする? それに、詐欺師。
「詳しく頼めるか」
俺が促すと、「うん……」と段々落ち着いてきたトキシィが、語り始める。
「半年前まで、私も訓練生だったって話はしたよね。その時に授かったのが、毒魔法だった。けど、親はそれを許せなかったみたいでさ」
「親っていうのは……」
「聖職者なんだ。司祭の一人。ちょっとした貴族くらいは偉かったんだけどね。それのせいでおかしくなっちゃった」
力ない笑みを、トキシィは浮かべた。それから、彼女は続ける。
「そもそも、魔法伝道師っていうのは、貴族の青い血で、かつ聖職者の司祭以上っていう、かなり偉い立場じゃないとなれないんだ。で、話によると、普通は魔法の再伝授なんてできない」
「……」
「でも、私のお父様はそれが許せなかった。娘の私が、穢れた毒魔法だなんて、って。だから、知り合いの魔法伝道師に頼んで、そんなことできないって断られて……それの繰り返し」
それで終わればよかったんだけどね、とトキシィは語る。
「そんな事ばっかりやってるからさ、どこからともなく現れた胡散臭い奴に、コロッと騙されちゃったんだ。金額は大金貨5枚分」
「……大金貨って?」
「金貨10枚分だね」
となると、今トキシィが抱える借金がちょうど、大金貨1枚分という事らしい。すげぇな4枚分は自腹で行けたのか。聖職者というだけあって相当裕福だったんだろう。
「それで結果は御覧の有り様。私の魔法は変わらなかったし、絶望したお父様は怒り狂い過ぎてぽっくり逝っちゃった」
お蔭で一家離散。私はしがない冒険者に。とトキシィは〆た。
「……壮絶だね」
静かに言ったのは、クレイだ。クレイはクレイで貴族なのに無料の訓練校に居たあたり、何か事情がありそうではあるのだが、今のところは知らないまま。
「そんな訳で、借金があるんだよね。しかも、結構ろくでもないところから。その詐欺師がさ、足りない分はここから借りてくださいねって。そこが高利貸しでさ、いやー参ったよ」
あっけらかんと言うが、状況はひどい。ほとんど騙し討ちのようなものだ。というか詐欺だし。俺は腕を組む。
「なあ、思ったこと言っていいか?」
「うん、どうぞ」
「そいつらの罪を告発するってことは、出来ないのか? それでなくとも、まず間違いなく詐欺師と高利貸しはつながってるはずだ。そこを突いて、帳消しに、とか」
「……出来ると思う? この街の警吏に」
言い返され、「実は俺全然その辺り分からなくて」と正直に言う。「あ、そうなん、だね」とアイスが目を丸くした。
「えっと、ね? この城塞都市カルディツァに限らないけど、警吏って、貴族街と、大商人の家の周りしか、ちゃんと警備してない、の。お金のない平民は、ほとんど相手にしてもらえなくて……」
「あー、了解。大体わかった。なら、警吏はいないものとして扱った方がいい、と」
「所詮は腐敗した役人どもだよ。だからこそ賄賂が効くっていう面もあるけれどね」
クレイが言うと生々しさが増す。しかし、なるほど。なら、これはどうか。
「じゃあいっそ、その詐欺師を俺たちで見つけて、そいつに高利貸しと繋がってることを吐かせて、借金どころか払った金、全部もぎ取るってのはどうだ」
俺がそれを言うと、みんなが目を剥いた。トキシィの目が動揺に揺れる中、俺も含めた他の瞳は、高揚に輝いていた
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