第32話 初クエスト成功祝い

 無事依頼の成果物、そして盗みを働いた盗賊たちをギルドまで運び込んだ俺たちは、数人で分けても中々の稼ぎを前に飛び上がっていた。


「はい、報酬は銀貨10枚です」


「おぉぉおお~~~! 流石銅のクエスト……! 山分けしても美味しいね」


 確か銀貨10枚で大銀貨、100枚で金貨という事だった。そして300万円程度の価値がある金貨を単純に100で割って……銀貨1枚で3万円か。


 ってことは、これ30万円相当かよ。


「か、かなり稼ぎ良いな、これは」


 俺は日本円換算して、一回の稼ぎの大きさに唾を飲み下す。四人で割っても日当7.5万円だ。こんな稼げていいのかと思う。


 とはいえ、普通なら3日掛けるようなクエストだ。これをさらに3で割れば、2.5万円。命を懸けてそれだというなら、妥当と言えば妥当なのかもしれない。


「よぅし! これは初クリアということで、みんなで飲むしかないね! 大騒ぎしよう!」


 イェエエエエイ! とテンション爆上がり娘と化したトキシィだ。アイスも「う、うん……っ! これは、お祝いしなきゃ……!」ととても嬉しそうだ。かく言う俺もにやけてしまう。


 一方、静かに受付のお姉さんと話しているのがクレイである。


「すいません、これってギルドの取り分と税金の分抜いてますか? ……ギルド分は抜いているが、税金分は抜いてない。なるほど。ちなみになんですが、この地域では所得に対する税ってどのくらい……」


「……」


 クレイのことは大事にしよう、と思った瞬間だった。


 さて、そんな一幕がありつつ、俺たちは概ねお祭りムードで併設された食堂に陣取り、銀貨2枚までを予算に飲み食い騒ぎの流れとなった。


 つまり予算60,000円だ。何でも食える。何でも飲める。何故ならそれでも黒字だから。


 ということで……。


「みんな! 初クエストお疲れ様でした! では初の成功を記念して、カンパーイ!」


「「「カンパーイ!」」」


 俺たちは木でできた大ジョッキいっぱいのエールを掲げ、乾杯し合った。木樽ジョッキをぶつけ合って、そのままゴクリゴクリと飲み下す。


「ッカー! あー……仕事終わりのいっぱい、最高」


 前世でもこれだけを生きがいに生きてた時期があった。その時間さえ、気付いたらなくなっていたが。


「ふふっ、ウェイドくん……お父さんみたい」


 くすくすとアイスが笑う。俺はちょっと年不相応だったかな、と照れ隠しに肩を竦める。


 一方、顔を盛大にしかめるのがクレイだ。


「うぇ、苦いねこれ……。ウェイド君たちがそんなにぐびぐび飲めるのが不思議だよ」


「味わって飲むもんじゃないぞこんなの。のどごしと、後味の苦さを楽しむ飲み物なんだ」


「な、なるほど……。すこし慣れが必要そうだね」


「そうだな。それで言うなら、アイスが飲めるのはちょっと意外だったが」


「わ、わたしはお父さんから訓練されてたから……」


「訓練?」


「しょ、商人にとってはね、お酒って言うのは、とっても強力な武器、なの。気持ちよくさせて、いい気分で契約を結ぶ、っていうか」


「へぇえ、面白いな」


「だからわたし、こう見えて、ちょっと、強い、よ? ……ふふっ。なんて、ね」


 可笑しそうに肩を揺らすが、すでに木樽ジョッキは空だ。どこにも『なんてね』要素はない。完全にガチだ。


 そんな風に、和気藹々と食事は進む。クレイは程々に、他方俺、アイス、トキシィはガンガンに飲みながら、お互いのことを話し合う。


「イェエエエエイ! ウェイド! ウェイドウェイドウェイド!」


 そして30分後、早くもトキシィは出来上がっていた。


「どうしたどうした」


「飲んでる!?!?!?!?!?!?!?!?」


「おう。これで五杯目だ」


「ダメだよ! もっと飲まなきゃ!」


「うっわ典型的なアルハラじゃん。そういうトキシィは何杯目だよ」


「2杯目!!!!!!!!」


「もうお前飲むのやめろ」


「なぁーんでぇえええー!」


 うぎゃー、と訳もなく暴れる様はまるで赤ん坊だ。そうなるからやめろっつってんだよ。


 とは言いつつも、俺もこう見えて中々イケる口。アイスもザルなので、もう何度目かも分からない乾杯を交わしながらこくこくと5杯目を飲み干してしまう。


「エール2つ追加で!」


「はいよー!」


「ウェイド君も、かなり飲むね」


 1杯目を飲み終わり次第、すぐに炭酸水に切り替えたクレイが言う。俺はドヤ顔をキメて答えた。


「このために生きてる」


「うん、ウェイド君も相当酔ってるね」


「いやいやいや、まだまだ行けるぞ俺は。証拠に重力魔法で宙返り10連続を見せてやる」


「要らないよ」


「いや要る」


「勝手に決めないでくれ」


 何だつまらん……、と俺はぐびりと一口。それだけでだいぶ幸せ度が高まる。追加のエールが来たのでさらに幸せになる。とりあえずアイスと乾杯だ。


「乾杯、アイス」


「うんっ! ウェイドくん、カンパーイ!」


 お酒の効果で日ごろおどおどした様子のあるアイスも、かなりテンション高く乾杯だ。カツーン、とジョッキをぶつけ合ってゴクリゴクリと。


「ぷっはー! あー……。これが冒険者かぁ。サイコーだな」


「それは、否定できないね」


 クレイの敗北宣言を聞いて俺はご満悦だ。


「クレイ、……乾杯」


「乾杯。僕は炭酸水だけどね」


「関係ない! 乾杯するッ! 心があれば!」


「ウェイド! 乾杯!」


「トキシィは水を飲め」


「私にだけ冷たいぃぃぃいいい!」


 びえええ、と泣き始めるトキシィだ。そんなつもりはなかったので、俺は慰める……条件を提示する。


「水を飲めば優しくしてやる」


「ホント!? 店員さーん! 私お水お願いしまーす!」


「はいよー!」


 ドヤ、と偉いでしょとばかり振り返ってくるトキシィ。俺は優しくすることに決めた。


「トキシィは偉いな……! うん、とっても偉いぞ。今日だって大活躍だった! トキシィに乾杯!」


「わっ、ほ、本当に優しい……! か、カンパーイ! カンパーイ! う、うぅぅ……! 泣きそう」


 全然泣いてるが、本人的にはよく分かっていないらしい。俺はよしよしと頭を撫でてから、受け取って水を渡す。


「これは、俺からお前に渡す感謝のしるしだ……! 大切に、飲んでくれ」


「うぇ、ウェイドぉぉおおお!」


「それ、ただの水だけどね」


 クレイのツッコミが心地よい。心置きなくボケられる。


 受け取った水をがぶ飲みするトキシィを見て、とりあえずこれで良いだろ、と俺は人心地付く。そしてまたエールを一口飲み、机に置いた瞬間、ガバッとアイスに襲い掛かられる。


「ッ!?」


 気付けば、俺はアイスの真下からアイスを見上げていた。頭の下には柔らかな感触。……これは、膝枕か?


「ウェイドくん……! トキシィちゃんにばっかり構って! めっ!」


 そして謎に怒られる俺。よく分からなかったので「ごめんなさい!」と返しておく。


 するととっても優しい手つきで、アイスは俺の頭を撫で始めた。


「ごめんなさいできて良い子、良い子……。ウェイドくんは、とっても頑張ってていい子だね……。ウェイドくんのこと、わたしがずっと見守っててあげるからね……」


「これが……母のぬくもり……?」


「絶対違うと思う」


 クレイが炭酸水をすすりながら冷めた声で言う。机が挟まっているので表情は分からないが、絶対冷たい目をしている気がする。


「いいこ……いいこ……」


 一方アイスは俺を無限に愛でるタイムに入ってしまったらしく、やんわり俺が起きられないように手を回しつつ、空いた右手でずっと俺の頭を撫でている。


「ウェイドくんは、いいこだね……。とっても格好いいよ。キメラを倒すなんて、新人で出来る人なんていないよ……。すごいね……流石ウェイドくんだよ……」


 しきりに褒め続けるアイスに、俺は何だか覚えちゃいけないゾクゾクが背筋に走るのを感じた。


「……く、クレイ、た、助けてくれ。ダメだこれ気持ち良すぎる。俺このままだとダメになる」


「面白いね」


「クレイッ!?」


 助けてくれないクレイに対して、アイスの猛攻は終わらない。


「いいんだよ……、ウェイドくんなら少しダメになっても、大丈夫だよ……。だって、ウェイドくんは、本当にすごいんだから……。生きてるだけで、いいんだよ。すごいね、流石だね……」


「クレイ! 助けてくれ! 俺の! 俺の心が溶かされていく! 俺のクソ親父によってささくれ立たされた心が、ドロドロに溶かされていく!」


「良いことじゃないか」


「よくない! 一見いい気がするけど多分よくない! 何でだ! 何で助けてくれないんだ!」


「んー……正直なところを言うと、僕がアイスさんを宥めようとした瞬間に、アイスさんものすごい、いや、ごめんなさい。僕は何も言ってないよ」


「そう、だよね。クレイくんは、わたしの邪魔、しないよね」


「うん。僕は君の邪魔をしないよアイスさん。だから僕を敵だと見做したりするような浅慮は止めてね」


「もちろん、だよ。クレイくんは、物分かりのいい、いい人だもんね」


「そうとも」


 ……気づかないうちに、アイスが完全にクレイを支配下に置いていることがここで発覚する。一体いつ、どうやって……!?


 と驚愕する気持ちもほどほどに、俺はしきりにアイスに撫でられ、褒められ、溶かされ尽くして、そのまま寝てしまった。


 ぐー。

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