第22話 覚醒
敵であるキメラの手札は二つだ。
まず、その巨躯だ。マンティコアなんて比べ物にならないほど大きな、筋肉の塊。猫のように軽くパンチするだけで、俺たちは倒れるだろう。
もう一つは、ヤギの頭。こちらはクレイいわく魔術を操るようで、実力は未知数だが封じなければ勝ち目はないだろう。
蛇の尻尾はアイスが身を犠牲にして対処が完了している。アイスは心配だが、ひとまずはもうキメラの手札ではなくなった、というところか。
一方、俺たちの人員は減ってしまって、これまた二人だ。
一人はフレインだ。素早い遠距離攻撃であるファイアアローでヤギの頭の魔術詠唱を止めてもらうのに回ってもらっている。
余裕があればキメラの胴体などに直接攻撃してくれるが、その度にキメラの俊敏な動きに回避される。ヤギの魔術の封殺以上のことは難しいだろう。
次に俺だ。手前味噌だが、動きが早く攻撃力もある。キメラの特性の中で最もシンプルで厄介な巨躯を、俺がどうにかできるかがこの戦闘のカギになってくるだろう。
そして最後に。
「……」
入り口の影になっているところを見る。アイスが今休んでいるだろう場所。そして彼女から受け取った、二本の凍えるレイピア。この手札は、きっと切り札になってくれる。
「おい、ウェイド。いつ仕掛ける」
鉄塊剣を構えてキメラと睨み合う俺に、フレインは問いかけた。俺は少し考えて、答える。
「キメラが俺たちに仕掛けたときだ。飛び掛かってくるなら俺が捌けばいいし、魔術ならフレインが叩いた時に隙が出来る。そこでアイスのレイピアで詰めにかかるぞ」
「分かった。とりあえず、魔術潰し以外期待されてないのがムカつくから、隙を見てファイアーボールでも叩き込んどくわ」
「ハハッ。じゃあそれも任せる」
俺は言いながら、キメラから視線をそらすことが出来ない。蛇を失ったことで、キメラはもう、俺たちをかなり強く警戒しているようだった。
俺は深呼吸をして、キメラを正面にとらえる。キメラは猫のように器用な足取りで、俺たちに次の行動を読ませないようにその場でちょこまかと動いていた。
俺たちは、ただ離れすぎない位置で、じっとキメラが動き出すのを待つ。
どこかで聞いた知識で、動物の目は動くものを捉えるのに優れるとあった。逆に言えば、この状況は辛かろう。動かない標的は、じきに背景に溶けだしていくはずだ。
だから、それまでのどこか。身じろぎさえしない俺たちを前に、キメラはカウンターを食らうと分かっていてなお、先手を打たざるを得ない―――
「来た」
それは、飛び掛かりだった。だから動き出すのは俺だ。【軽減】、からの【加重】。
急接近した俺は、鉄塊剣を振り降ろす。
だが、キメラは巧妙なことに、俺のその一撃を避けてきた。俺は自らの慢心を呪う。こいつは自分が先手を打たざるを得ないのを理解して、その先手を俺への釣り餌に使ったのだ。
果たして、【加重】でノロマになった俺を、キメラはその丸太のような前足で薙ぎ払った。【加重】を掛けているから武器で防ぐことも出来ない。回避も、何なら吹っ飛ぶことすら。
「ウェイド!」
【加重】の掛かった状態で食らう一撃は、重みの分だけ受けたダメージが逃げないことになる。つまり、普通に一撃貰うよりもさらに、体にダメージが走るということ。
「がっ、あ」
俺は一拍遅れて掛かった【軽減】で、吹っ飛び、壁に叩き付けられる。あまりの衝撃に、血を吐いた。クソ、全身が痺れて動けない。
「ファイアーボール! おい! ウェイドサッサと起きろ! オレが時間を稼いでやる!」
フレインが珍しく良い奴ムーブをしている。全く自分が情けない限りだ。そう思いながら、【軽減】で軽くなった自分を立ち上がらせる。
いくらかファイアーボールを牽制で撃ってから、フレインは俺を立ち上がらせようと駆け寄ってくる。そのとき、奴は怪訝な顔をした。何だ、と俺が見返すと、奴は言う。
「……お前、何で笑ってんだ?」
「は?」
助け起こされながら、俺は自らの口に触れた。確かに、笑っている。アレだけの痛みを受けながら、何故。内臓が荒れ狂うような苦しさがあるのに、何故。
そこで、俺は理解した。困惑の表情を浮かべるフレインを見、心配そうに陰からこちらを伺うクレイを見、その奥のアイスを想い―――そしてなおも俺を警戒するキメラを見る。
「そうか。ここにあったんだ」
「あ? 何言ってやがる。頭も打ったか?」
「ずっと、ずっと悩んでたんだ。俺の進路。将来。俺の好きはどこにあるか」
俺は、フレインを押しのける。そして、笑った。
「俺は、こういう、死ぬかもしれないような危険な殺し合いが好きなんだ」
「……なに、言ってんだ……?」
俺はフレインを無視して、キメラをじっと見つめた。さっきのフェイントは中々だった。だが、もう二度と食らわない。次はどうくる。逆に、俺はそれにどうする。
心が、高揚に鼓動を早くしているのが分かった。血を吐きながらも、ワクワクが止まらなかった。ギラギラとした挑戦心が、俺の中で刃を研いでいた。
進路を考えた時に悩んだこと。剣、弓、松明。すべて同じだと思ったのは、ある意味で間違いではなかった。
俺は、命のやり取りが発生していれば、それで良かったのだ。
「……現状を、確認しよう」
震える手で、俺は自らの状態を確認する。胴体は先ほどの一撃でほぼイカレ気味だ。吐き気がグルグルしていて止まらない。だが、同時に脳内麻薬ドバドバで、気にもならない。
腕は動くか。動く。だが先ほどまでの俊敏さは無理だ。足は。手よりもひどい。
だが、動く。戦えないほどじゃない。要は、戦略だ。戦略の変更が求められている。―――どう勝つ、このボスに。俺は考える。
「お、おい、大丈夫かウェイド。お前、気は確かか?」
「気は確か……? ああ、なるほど。いいな、それでいこう」
「……こりゃ、マズいな。チッ。どうしたもんか―――っておい! 待てよ!」
俺は一歩踏み出す。気は確か。その言葉が連想したのは、固定概念だ。俺は【軽減】と【加重】を急接近攻撃なんてありきたりな方法でしか、そう使ってこなかった。
俺は、もっと自由でいい。
剣を構える。待つのはやめだ。俺から行くぞ、キメラ。
【軽減】。俺は体重を極限まで軽くし、跳躍した。
体はいとも容易くダンジョンの天井にまで至る。俺は身を翻して、天井に着地した。【軽減】のフル出力は、体を空気よりも軽くする。すると、浮力でやんわりと天井に押し付けられる形になる。
「ウェイド……?」
「グルルルルルルルルゥゥゥゥゥ……」
俺は、天井からキメラを見上げていた。ニッコリ笑って、俺は鉄塊剣を手放す。
「……?」
最初、鉄塊剣は天井へと落ちた。それが、1秒。1秒で俺の手から離れた物体は【軽減】の影響下から外れる。
鉄塊剣は、キメラめがけて落下した。
「ッ!」
キメラは咄嗟にそれを避ける。それは目の当たりにしながらも、予測していなかった攻撃。意表を突かれれば、どんな存在だって注意をそこに持っていかれる。
キメラは、問題なく剣を避けたが、俺を視界から外していた。
さぁ、ぶちのめしにかかるぞ。
俺は【軽減】率を操作して、音もなく地面へと着地した。それから、キメラの視界外から急接近攻撃を仕掛ける。狙いは奴の足。使う武器はアイスのレイピア。
素早く俺はキメラの後ろ脚二つにレイピアを一本ずつ差し込んで駆け抜ける。キメラは反応するが、遅い。その時には俺は鉄塊剣を回収して、またも急接近攻撃を行っていた。
急接近攻撃、横薙ぎ。凍えた後ろ脚の二本が、粉々に砕け散る。
「ギャォオオオオオオオオオオオオオ!」
体勢が大きく崩れ、キメラが咆哮を上げた。それはライオンの頭だけではなく、ヤギの頭も含む咆哮だ。
「フレイン!」
「分かってんだよ! ファイアアロー!」
詠唱を始めたヤギの頭めがけてファイアアローが飛ぶ。ヤギ頭は攻撃を受けて詠唱をやめる。それはキメラ全体の隙が生まれるのと同義だ。俺は急接近攻撃でヤギの頭を刈り取った。
「グルルルルルルァアアアアアアア!」
ヤギの首からキメラは大量の血を流す。悲鳴にも似た雄叫びを上げ、奴は所狭しと暴れまわる。さぁ、大詰めだ。俺は暴れまわるキメラに、気にせずに接近した。
「おいッ! ウェイド、それは流石に危険――――ッ」
フレインの言う通り、キメラの無造作な攻撃の一つが俺に襲い来る。だが、俺はわざわざ回避を取るまでもないと気付いていた。
【軽減】をフル出力近く掛けていれば、俺はまず風圧で遠ざけられる。そうすれば、敵の攻撃は届かない。
「はぁッ!?」
フレインの驚愕の声を聞きながら、俺は暴れまわるキメラの攻撃の風圧を受けて、再び宙に浮いていた。それに気付かず、キメラは血を流しながら狂乱する。
だから、重さで押しつぶしてやることにした。
【加重】フル出力の、落下攻撃をお見舞いする。
上空から振り下ろされる鉄塊剣の一撃に、キメラは横っ腹を半分近い深さまで裂かれた。死力を尽くして暴れまわるが、切断した直後から【軽減】を掛けている俺には当たらない。
だが目に見えて動きが鈍くなっていたから、俺は回転で威力をつけてから、もう一撃キメラに入れた。左前脚が飛ぶ。キメラはとうとう一本足になる。
「ガァ、カッ、グルルルルルルルルゥゥゥゥゥ……」
キメラは四肢の内の三つを破壊され、充血した目で俺を睨みつけていた。俺は不意に訪れた右手の違和感に気付きながら、左手で指をまげて挑発する。
「終わりにしようぜ。掛かって来いよ」
前足一本で、キメラは高く跳躍して、俺に襲い掛かってきた。この根性は流石ボスモンスターというところか。
だから俺は、キメラに敬意を払って、右手を突きだした。
「じゃあな、キメラ。俺の新魔法で、安らかに眠れ―――オブジェクト・ウェイトアップ」
キメラの全身に、【加重】が重くのしかかる。
飛び上がっていたはずのキメラは、急激な速度で地面に打ち付けられた。しかし勢いあまって、地面を削りながら進む。
【加重】に押しつぶされそうになりながら、けれどキメラは諦めない。俺をめがけて必死に前足を前に這いずってくる。
そこに、俺は【軽減】で鉄塊剣を宙に放った。「オブジェクト・ウェイトアップ」と告げ、人差し指で地面を示す。
「俺の勝利だ。貫け、鉄塊剣」
鉄塊剣に強烈な【加重】が掛かる。まっすぐにキメラの頭上に落ちる。
断頭。最後の首が、転がった。
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