第21話 キメラ

 鉄塊剣を扱う上で重要なのは、【加重】を掛けるタイミングが少しでも早いと剣に振り回される、ということだ。


 自主訓練で色々と振り回したものだったが、タイミングミスでは毎回腕が持っていかれるような思いをしたものだ。こけて剣を投げだし、背筋がヒヤリとしたことも数知れず。


 だから、実践活用は練習で絶対にミスをしないようになってから、というパーティ間で約束を交わしていた。そして俺は先日、鉄塊剣を自由自在に操れるようになった。


「キメラ、この剣の威力のほどを試させてもらぞ」


 俺の宣言を受けてか否か、キメラは低く深く唸った。俺は真っ向から、キメラに対峙する。


 睨み合い。少し大きめの車ほどもある体躯の魔物と対等に向かい合っているなんて、何だかおかしかった。けれど、負ける気はない。ボスだと知っても、心に怯みはない。


 息を吐く。闇の中に、静寂が落ちる。周囲の息遣いと、キメラの荒々しい呼吸。俺の息はそこになかった。集中が極まり、止まっている。


 緊張が、じわじわと張りつめていった。俺もキメラも、まばたき一つしない。焦れる。だが抑える。抑えられているのなら、問題ない。


 だが、キメラは所詮魔物でしかない。焦れる意識を抑えるなんてことは、しなかった。


 轟音。それがキメラの咆哮だと分かった時には、キメラは襲い掛かってきていた。


「そう焦るなよ、早漏ライオン」


 俺は重力魔法を操作しながら駆け出す。【軽減】からの突進、【加重】でのインパクト。


 急接近攻撃が、弾ける。


 俺はまばたきほどの時間で、飛び上がったキメラの腹下を駆け抜けた。同時、血が走る。鉄塊剣がキメラの腹を掻っ捌く。


「どうだ」


 俺はすかさず振り返って向き直った。キメラは転倒するも隙は小さく、すぐに体勢を立て直してこちらに向き直った。


 傷は浅い。垂れる血は、人間でも致死量には達しない。


 俺は舌を打ち、また構えを取る。そうしながら、指示を出した。


「もう一度今のをやる! 動ける奴はこっちに来てくれ! 次はキメラが転倒した瞬間を叩く!」


「「了解!」」「仕方ねぇから従ってやる!」


 アイスとクレイ、そしてフレインが駆け足で俺に合流してくる。キメラの意識が逸れかけるが、「おい、よそ見すんなよ」と俺が足元の地面を砕くと、視線を俺に戻した。


 再び、睨み合う。キメラとて、同じように焦れて襲い掛かれば負けると分かったことだろう。


 次は、簡単にはいかないようだった。警戒したキメラは、俺を注視したまま襲い掛かってこない。俺はまんじりともせず、ただ奴を見つめた。


 そこで、フレインが小声で呼んでくる。


「おい、ウェイド……」


「焦れるな。キメラの様子が明確に変わらない限り、待ってくれ」


「なら、明らかに妙なら、いいんだな?」


「……どういうことだ?」


「双頭の、ヤギの方。何か、パクパクやってねぇか?」


「は……?」


 見る。確かに、ヤギの口がパクパクと開閉を繰り返している。何か、意味があるのか? 考える。だが、俺の知識の中にない。


 その時、クレイが叫んだ。


「魔術だ! 阻止しないとマズイ!」


「ッ!?」


 クレイは飛び出す。魔術。教官に、軽く説明を受けたような記憶がかすかにある。人の魔法に対する人ならざるモノの魔術。それは、概して人のそれより強力だと。


「フレイン! ヤギ頭を狙ってくれ! 他のみんなは俺に続け!」


「チッ、仕方ねぇ!」


「「了解!」」


 フレインのファイアアローが飛ぶ。キメラは詠唱の隙を突かれたとばかり、火の矢をまともに食らった。


 そこに畳みかけるのが俺たちウェイドパーティだ。まず俺が急接近攻撃を仕掛け、続いて身軽なアイス、大槌を持つクレイと続く。


 俺はキメラの眼前から切りかかった。有効打を入れるのではなく、続く二人の攻撃のため気を逸らす目的だった。


 だから案の定ライオンの首に剣を止められても、焦らずに【加重】率を高めていく。俺の力はキメラには遠く及ばない。だが、鉄塊剣の重さはキメラの隙を作りうる。


「アイス、ブロウ」


 そしてその隙を縫うように、アイスが接近する。狙うは隙だらけの胴体。だが、俺たちはまだ、キメラという魔物に対する経験値が低かった。


「―――ッ! キャッ……」


 キメラの尻尾。大蛇が素早くアイスを迎撃にかかった。アイスは突き飛ばされて動かなくなる。そこに、クレイが間に合った。


「クェイク!」


 振動効果を纏った大槌が蛇を叩いた。途端、蛇が粉々に砕ける。アイスは迎撃されつつも、一撃入れていたらしい。


「クソッ。アイス、大丈夫か!?」


 俺はライオンの顔面に右ストレートをくれて鉄塊剣を離させる。それから重力操作で素早く彼女の下に駆け付けた。


 アイスは、苦悶の表情で倒れ伏していた。その首筋には、恐らく蛇のものだろう牙の破片が刺さっている。


「こ、これ……!」


「だ、大丈夫、だよ、ウェイドくん……。わ、わたしのこと、は、気に、せずに……」


「喋るな! クレイ、これどうにかならないか」


「普通の解毒薬はもってるから飲ませてみる。ただ、キメラみたいなボスの毒にも効くかは分からないよ」


「分かった、飲ませてやってくれ。それから部屋の端に運んで、楽な体勢にしてやってくれ」


「了解。けど、放置すれば寄ってきた魔物に狙われるかもしれない。どうする?」


「看ててやってくれ。俺とフレインでどうにか相手してみる」


「分かった」


「うぇ、ウェイド、くん……。わたしは、だいじょう、ぶ……」


 冷や汗をだらだら流しながらも強がるアイスに、俺は泣き笑いのような顔をする。


「強がらなくていい。お前は役に立ってるよ、アイス。キメラの蛇は、お前とクレイが倒したんだ……」


「ごめん、ね……。でも、せめて……」


 言って、弱々しい手つきで、アイスは自らのレイピア二つに、「アイス、ブロウ……」と魔法を掛けた。そうか、と思う。これを上手く使えれば、活路は広がる。


「ありがとう、使わせてもらう」


「頑張って、ウェイド、くん……」


 そこまで言ったところで、クレイがアイスを抱きかかえる。「じゃあ、看てるよ」とアイスを抱えたまま、この広間の片隅、入り口の影へと退避していった。


 そこで、俺は殺気を感じて飛びのいた。すかさずキメラの牙が俺の立っていた場所をえぐる。


 体勢を立て直してキメラに向かって構えると、フレインが言った。


「おい、おままごとは済んだかよ」


 その皮肉に俺は、「ああ。少し厳しいが、やれなくはない」と返す。









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