第20話 フレインパーティ
5階層に降りて、俺たちは周囲を警戒したが、何かが大きく変わる、という事はなさそうだった。
「……」
洞窟めいた内装は何も変わらない。乾いた石の壁が曲がりくねって伸びていき、迷宮の様相を呈している。遠くの気配で、魔物らしきそれがあるのも分かる。
そして、それに問題なく勝てるだろうという確信も。
「―――撤退する」
「「了解」」
俺は宣言を変えることなく指示を出し、そして元来た道を振り返った。するとそこには、見覚えのある男たちがずらずらと立っていた。
「あん? ……チッ、ウェイドかよ」
「……フレイン」
フレイン。炎魔法を授かって、俺に模擬戦を申し込んできた同期の訓練生だ。あれ以来絡むこともほとんどなかったが、傷が癒えてから遠めに訓練に参加しているのは知っていた。
そんな奴が、以前よりも顔の怪我の痕を大きくして立っていた。恐らく、俺が跳ね返した奴自身のファイアーボールのせいだろう。火の玉は、奴の顔を焼いた。
「ッ! テメェ、ウェイドパーティかよ! クソッ、テメェらついてきやがったな!?」
「は?」
難癖をつけてきたのは、フレインの取り巻きだ。チンピラのような奴が、よく分からないことを言いだす。
「何言ってんだお前」
「だってテメェ―――」「バカ野郎、やめろ。ウェイドはそんなことしねぇよ」
ここから厄介ごとに発展するのだと思ったら、意外にもフレインがそれを制した。拳を固め、ボコッとチンピラの頭を殴る。それで、チンピラは頭を押さえてフレインに向き直る。
「なっ、何すんだよフレイン! 俺は―――」
「つまんねぇことすんな。つーかこいつらはオレたちより先に5階層についてたろ」
「う……で、でも」
「バカの癖に屁理屈をこねようとすんな。黙ってろ」
それで、チンピラはシュンと黙り込んだ。俺たちがぽかんとしながらその様子を見ていると、フレインはバツの悪そうな顔をしてこちらを見る。
「……悪かったな、バカが難癖をつけて」
「―――いや。このくらい別に気にしない」
「そうか。なら、通してもらうぜ」
「ああ……」
俺たちは脇に避ける。フレインたち四人は、フレイン以外俺を睨みつけてから、ぞろぞろと先に進んだ。
思わず、俺は問いかけていた。
「おい、フレイン。5階層到達までが、銅の冒険者証の条件だ。5階層を探索しても、得られるものは少ないぞ」
「あ? ……何だよウェイド、ビビってんのか?」
フレインは、口端をニヤと持ち上げてからかってくる。それに俺は苦笑して、からかい返してやった。
「いいや? お前のところバカが多そうだろ。もしかしたら条件を勘違いしてるんじゃないかと思ってな」
「あぁ!? テメェ調子乗ってんじゃ」
「ハハハハッ! ウェイド、お前も言うようになったじゃねぇか。前のスカした態度より、随分マシだぜ」
キレたチンピラよりも大きな声で笑ったフレインに、フレインパーティのチンピラたちが黙り込む。俺は肩を竦めて言った。
「お前もな、フレイン。肩の力が抜けてて、良い感じだ」
「あーあー、いい、いい。慣れ合いはごめんだ。帰んだろ? オレたちは進む。だから、さっさと消えろよ」
「何だよ、素っ気ないな」
「愛想が良い奴が冒険者なんかするか?」
後ろ手に手を掲げながら、フレインたちは奥へと進んでいった。彼らもまた、俺たちと同じなのだろう。決断を下すリーダーと、リーダーに従うという決断を下したメンバーたち。
その姿が闇の中に消えていくのを見守ってから、俺は二人に言ったり
「……帰ろう。ひとまず、これで俺たち全員が銅の松明の冒険者だ」
「う、うん……っ」
「そうだね。彼らのことは少し気にかかるけれど、それとこれとは別の話―――」
その時、未知の奥で野太い悲鳴が上がった。俺たちはバッとそちらに視線をやる。暗がりの奥。闇の最奥。フレインたちが進んでいった先。
「うぇ、ウェイド、くん」
「今の叫び声―――フレイン君たち、だよね」
狼狽える二人に、俺は言った。
「指示を変更する。アイツらの様子を見に行くぞ。危機が迫っていたら援護する」
「―――うんっ。了解」
「流石の判断力だ。了解、リーダー」
号令を出して、俺たちは駆け出した。奴らと別れたのはほんの十数秒前だ。すぐに追いつける。
そうして曲がりくねる石の道を進むと、大きな空間に出た。光。フレインパーティの松明。そしてそれに照らされる敵は―――
「……キメラ」
見上げるほどの巨躯。複数の動物のでたらめな複合獣。ライオンとヤギの双頭を持ち、尻尾からは蛇がシュルルルと特有の声を上げている。
それに、フレインの部下のチンピラは飲み込まれかけていた。尖った牙がチンピラの背中を突き破り、ぽつぽつと血を流している。
「え、き、キメラって……! た、確か、このダンジョンのボスの一匹、だった、よね……?」
「は、ハハハ。これは、ちょっとまずかったかもね……。僕らの手に、負えるかどうか」
目を剥く。歯を食いしばる。だが、ここに至って退くという選択肢はない。
「おいっ、フレイン! 加勢に来たぞ」
「ッ! チッ、悲鳴を聞きつけて来やがったのか……。バカ野郎が。お前らも死ぬぞ」
「それは、まずやってみてから考える。援護するぞ。まず彼の救出が最優先でいいな?」
「ああ。好きにやれ。どうせ、殺さなきゃ帰れやしねぇだろうからな!」
言いながら、フレインは「ファイアアロー!」と炎の矢を連射した。奴も新しい魔法を覚えていたらしい。ファイアアローはファイアーボールよりも速射性が高く、鋭くキメラめがけて飛んで行く。
だが、その攻撃をキメラは素早く避けた。フレインが「チッ」と舌を打つ。
「おい、ノロマ魔法! お前最近速くなったらしいじゃねーか! あの体格に似合わねー動き、どうにかしやがれ!」
「命令系で言うなよ。言われずとも、何とかする」
言いながら、俺は背中に手を伸ばす。
そこに装着されるは、人の手には余る武器。振るう鉄塊。超特大剣。店主から譲り受けて以来、まだ一度も実践活用されていないそれ。
俺は皮製の鞘を取り払う。アイスが「わ……!」と目を輝かせ、クレイが「とうとう出番だね」と苦笑し、フレインが「……それ、飾りじゃなかったのか」とドン引く。
俺は【軽減】を効かせながら、鉄塊のような剣を構えた。それに気付いて、キメラは飲み込みかけていたチンピラを吐き出して俺に唸る。
「さぁ、やろうぜ」
全身が、ヒリついていた。
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