第23話 帰還

「……マジかよ。勝ちやがった。しかも、後半は一方的に……」


 フレインの言葉で、俺は忘我に近い状態から回復した。


「ハッ! 俺勝った!?」


「おいおい……マジで大丈夫かよ」


 呆れるフレインに、俺は渋い顔で首横に振る。


「分からん……。キメラとの戦闘の最後の方は、正直頭トンでた」


 と、言うなり足から力が抜け、俺はよろけてしまう。それを支えてくれたのはクレイだった。


「大丈夫、ウェイド君? ひとまず、アイスさんの容体は回復したよ。……いや、君はすごい人だと思ってたけど、まさかキメラに勝つなんて」


 しかも人を助けるために。英雄だよ、君は。


 言われて、俺は何だか申し訳なくなる。違うんだ、クレイ。俺は、そんな高尚な理由で戦う人間じゃない。


 そこで、アイスがフラフラとこちらに向かってきた。俺は心配で、思わず声をかけてしまう。


「アイス、大丈夫なのか?」


「うん……、ウェイドくん。まだ少し気持ち悪いけど、だい、じょうぶだ、よ……?」


 言いながら、俺の胸元に飛び込んでくるアイスだ。そして、そっと胴体に触れる。


「っ、つつ……!」


「あっ、ご、ごめんね……! その、心配で……」


「いや、良いんだ……、いてて。ひとまず、アイスが無事でよかった。アイスのレイピアがなければ、流石にキツかったな」


 言いながら、空間の中央辺りに転がるレイピアに視線をやる。流石にあの大暴れではへし折れてしまったらしく、二本ともダメになっていた。


「悪いな、折っちゃって……。戻ったら、プレゼントするよ」


「ううんっ……! いいの。ウェイドくんが、無事でいてくれただけで、嬉しいよ……っ」


「はは。嬉しいこと言ってくれるな……アイスは」


 クレイとは反対側から俺に肩を貸して、アイスは俺を支えてくれる。そうしながら、彼女は言った。


「もどかしいな……。わたしが、水魔法使いなら、ウェイドくんの傷も癒せたのに……!」


「無いものねだり、だな。ともかく、脱出しよう……。フレイン、お前のとこのメンバーは」


「……一人、逝っちまった。他はまだ息があるから、叩き起こして連れていく。お前らはお前らで脱出しろ」


 胴体をぐしゃぐしゃにかみ砕かれた仲間の亡骸を見ながら、フレインは言った。俺はかける言葉が分からなくて、咄嗟に言う。


「……分かった。救えなくて、すまない」


「ハッ、傲慢だな。そんなこと言うくらいなら、さっきの頭おかしいお前の方が、まだ好感持てるぜ」


 言われて、アイスとクレイが妙な顔をする。頭おかしい俺。殺し合いが好きだとか何とか口走ったことだろう。


 俺は説明しづらいので、「ひ、ひとまず地上まで連れていってもらっていいか?」と二人にごまかしで頼む。


「うんっ。了解、任せて……!」


「ああ。ここまでの敵は、僕ら二人でも何とかなる。安全に、君を地上まで連れていくよ」


 俺はヨタヨタと歩きながら、段々と脳内麻薬が切れていき、最後には痛みで気絶した。











 地上に出てからは、訓練所は大わらわだった。


 満身創痍で気絶する俺は即医療室に連れ込まれたし、アイスも毒がぶり返して昏倒。クレイは何があったのかの事情聴取で拘束という形になった。


 そこから一拍遅れて帰還したフレインの説明も追加で、俺たちが普通いるはずのない階層にいたキメラに襲われ、死者1名、怪我人5名の大惨事に見舞われたのだと発覚した。


「この説明で、間違いはないか?」


「はい、間違いありません」


 病室のベッドで、俺は教官から質問されていた。教官は深いため息を吐いて、「事情聴取は完了だ」と告げる。


「はい、お疲れ様でした」


「俺のセリフだよ、それは。ウェイド……お前は優等生の癖に何かと問題を起こす奴だったが、何と言うか、今回といいマンティコアといい、フレインとの決闘といい、戦歴の鮮やかな奴だな」


「はぁ」


「皮肉だよ」


 言われて、俺は閉口する。それから教官は肩の力を抜いて、こう続けた。


「だが、素晴らしい戦果だというのは間違いない。フレインパーティが回収して、お前のパーティの忘れ物だと提出したキメラの牙。アレは金貨一枚に相当する」


「……金貨一枚ってどのくらい価値があるんですか?」


「一年は遊んで暮らせるぞ」


「マジですか」


 ってことは何だ? 遊んで、ってことはちょっといい飯を毎食食える、みたいな感じだろうから、……3~500万相当か?


 ……俺もずいぶん稼いだもんだな……。


「お前がやったことは、そういう事だって話だ。キメラなんかに勝てる銅の冒険者はいない。鉄なんかは言うまでもない。そう言うのはベテラン、凄腕とされる銀等級から、やっと聞こえ始めるような話だ」


「あまり褒めないでください。むず痒いです」


「褒めてるんじゃねぇ。警告してんだよ。お前は恐らく天才だ。英雄とか、そういうのの卵なんだろう。それそのものは素晴らしいさ。だが、周りは簡単にはついてきちゃくれねぇぞ」


 言われて、俺は口を閉ざす。アイス、クレイ。良い奴らだが、キメラは半分以上俺一人で勝ったところは否めない。


「俺は、どうすれば」


「お前が決めろ、そんなもん。いいか、お前は強いし才能があるが、冒険者基本の心得が成っちゃねぇ。ウェイド、よく聞け?」


 教官が、ずいと俺に顔を寄せて言った。


。何者からの指図も受けない。王から命令でさえ、嫌なら他国に逃げられる。つまり、決めるのは全部お前だ。お前が決めるんだよ、ウェイド」


 俺はその物言いに面食らって、しばらく目をしばたかせた。それから、深呼吸して、答える。


「はい。自分で、決めていきます」


「おう、いい目だ。ひとまず、これでお前も訓練生は卒業だ。ほれ、冒険者証」


 渡された三つの冒険者証に目を落とす。剣、弓、松明。その全てが、銅に鈍く光を反射している。


「―――っ。そうか、俺、第三の魔法も土壇場で習得したから……」


「おめでとう、ウェイド。お前はすべての冒険者証で銅等級を獲得した、5番目の卵の冒険者だ。お前の先輩は、全員すでに銀や金、たった一人だが白金に手を届かせた奴もいる」


 俺は、その言葉に期待で震える。


「だが、死人が居ない訳じゃない。だから、教官として俺から伝える最後の言葉は、やっぱり前と変わらん。―――死なない程度に、頑張れよ」


「ハイッ! ご指導、ありがとうございました!」


 俺が深く頭を下げると、「じゃあ早く出てけよ。水魔法使いがお前らの傷は治した。とりあえず、手持ちの金で宿でも確保するんだな」と教官は出ていった。


 その物言いに、俺は首を傾げる。


「……お前ら?」


「「「……」」」


 振り返ると、物陰からアイスとクレイが、こっそりこちらを伺っていた。ついでに飽き飽きした表情でフレインがそっぽを向いている。


「……うぇ、ウェイドくん……! わ、わたし、もっと、もっと強くなるから、捨てないで……っ!」


「え!? い、いやちょっと待ってくれ。今の会話を聞かれてたことの恥ずかしさが先に来てる」


「ウェイド君! 僕! 強くなるよ! 君の活躍を見ているだけじゃない! 英雄の君を支えるんじゃなく、僕も英雄となって君に並び立つんだ!」


「クレイも何を言ってるんだ?」


「……青臭くって見てらんねぇ。帰るわ」


「勝手に見て文句たれんなフレイン!」


 ギャーギャーと喚く俺たち。そうしていると廊下の騒がしさに気付いて、全員で視線をやる。


「おい、聞いたか!? ウェイドの奴、キメラを倒したとかって!」「何だよそりゃ」「優秀だとは思ってたけど、そこまでとは……!」「え、嘘だろノロマ魔法だぞ?」「バッカお前!」


 そこには、俺たちのうわさを聞き付けた俺たち同様卒業生たちが、ワイワイと集まっていた。俺たちは騒ぐのをやめ、顔を見合わせる。


「……どうやって脱出する?」


 誰もその問いに返答しなかった。俺たちは強張る顔で硬直する。


 俺たちが春に入学してから半年。卒業試験を終えた、とある秋のことだった。









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