第19話 卒業試験

「では次! ウェイド班!」


「はい!」


 パーティリーダーとして、前に出ながら大きく返事をする。


「諸君は大変優秀なパーティだった。メンバーの中には、すでに銅の冒険者証の条件をクリアしている者がいる。その上、リーダーのウェイドはあと一歩で、全冒険者証で銅に届きつつある」


 教官の言葉に、周囲の訓練生たちが「おぉ……」とどよめいた。人前で褒められると、むず痒いな。


「卒業試験ではあるが、諸君の連携を知っている身としては、特にいうことはない。しいて言うなら、どこまで行ってもここはダンジョンだ。気張りすぎたり、逆に油断しすぎるな。ベテランでも浅層で死ぬことがある。それだけは、忘れぬように」


「はい! ありがとうございます!」


「では行け!」


「はい! ウェイドパーティ、出発!」


 俺はアイス、クレイに号令を出し、ダンジョンの入り口へと足を踏み入れた。いつも通りの闇、肌寒さ。俺はダンジョンの壁で、松明に火をつける。


「よし、行こう二人とも。目指すは5階層だ。到達まででいいから、いつも通り4階層で慎重に探索を続ける、というので問題ないと思う。下り階段を見つけたら下りて、即戻ろう」


「うん……っ」


「そうだね、それが安全だ」


 欲張って「6階層まで行ってきました」なんて事をするつもりはない。そうすれば周囲からは尊敬の目で見てもらえるかもしれないが、代わりに差し出すのは命の危機だ。釣り合わない。


 俺たちは淡々と進む。1階層の敵は、もはや俺たちの敵ではない。2階層も、3階層も。


 そして4階層になると、少し真剣に戦わなければならなくなってくる。


「投げる」


「「了解」」


 俺は短く告げて、松明を前方に投げた。だが、以前までのように敵の反応を見るような時間は設けない。


 松明が地面につくよりも早く、俺は急接近攻撃を仕掛ける。


【軽減】からの肉薄。【加重】からの最後尾狩り。敵が複数であることは暗がりの中でも分かっていた。


 ホブゴブリン。ゴブリンよりもいくらか背が高くなった魔物だ。ほぼ人間サイズの奴らは、何なら武器を持った人間と言い換えても違和感がない。違いは知性の有無だけだ。


 それが四匹。その内俺は最後尾の一匹を高速で捌いたから、残るは三匹。


 松明に照らされ、三匹は目を覆う。その後ろで俺の拳を受けて、最後尾の一匹が殴殺されているなんて事には気づかない。


 ―――この程度なら、俺が全員殺してしまうのが早いか。


「俺がやる!」


 合図を出しながら、もう一匹の懐に飛び込んで加重アッパーカット。顎を打ち上げられたゴブリンは頭蓋が砕けて死ぬ。流れでもう一匹に加重ボディブロー。松明の向こうに吹き飛ぶ。


 最後の一匹。そのホブゴブリンは、俺を目の当たりにして動けなくなっていた。俺は【軽減】を掛けながらゴブリンの首を掴み、そして持ち上げる。


「ぎっ、ギー! ギー!」


「じゃあ、なっ!」


 俺はゴブリンを空中に投げだして、渾身のストレートを放った。【軽減】による加速。【加重】による威力の増加。


 ホブゴブリンの胴体を、俺の拳が貫く。ガントレットが血まみれになり、そして死体ごと光の粒子になって消えていった。


「……ふぅ。悪いな、出番取っちまった」


「いいや、楽が出来てこっちとしては万々歳さ」


 俺が言うと、吹っ飛んでギリギリ息の残っていたホブゴブリンにトドメを刺しながら、クレイが近寄ってくる。アイスは松明を拾い上げ「お、お疲れ様……っ」と手渡してきた。


「ありがとな、アイス。……何つーか、結構余力あるよな」


 俺が言うと、アイスは苦笑気味に「そ、そう、だね」、クレイも「そもそも君が全部取っちゃうし?」とすこし皮肉げに相槌を打った。


「かなり慎重を期して4階層でウロウロしてた訳だが……どう思う」


「えっ、と……」


「どう思う、っていうのは、つまり荷が軽すぎないか。本来なら5階層以上の方が適切なのではないか? という意味かい? それならもちろん肯定だよ」


 クレイのいっそずけずけした物言いに、俺は「だよな……」と両手を上げて降参のポーズだ。


 しかしクレイは「けど」とも続けた。


「それが正解であったか、不正解であったのか、ということは誰にも分からないから、僕はどうこうすべきとは言わないよ。リーダーは君だ、ウェイド君。君が決めれば、僕らはついていく」


「……うんっ。クレイくんの、言う通り、だよ。わたしたちは、リーダーについてくって決めて、ここにいるから……!」


 そう言われると、俺にも腹が決まってくる。少し考えて、言った。


「なら最初に決めた通り、5階層への階段を見つけて、到着し次第そのまま直帰でいく。理由や意図としては、訓練生の立場で深くまで潜る利益は小さいからだ」


「その心は」


 クレイの促しに、俺は答える。


「どうせいつか取らなきゃいけないリスクなら、ギルドのクエストのために行く方が儲けものだろ? 自尊心なんかで命を危険に晒すのはバカバカしい」


「ふふ……っ。ウェイドくん、らしいね」


「あっはっは! なるほど分かりやすい。それでいいよ、ウェイド君。自信をもってリーダーをやってくれ」


 俺たちは頷き合い、4階層をさまよう。時折敵とも遭遇するが、俺の速攻、あるいは続くアイスとクレイの追撃にいとも容易く崩れ去った。


 そしてとうとう、それは見つかった。


「……5階層への下り階段」


 これまで下ってきた階段と、何ら変わらない。だが、訓練所が定める一つの基準だ。うすら寒さを覚えてしまうのは、何らおかしいことじゃないだろう。


 俺たちは顔を見合わせて、一歩、また一歩と階段を下りていく。









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