第18話 卒業試験前夜
それから、また期間が経った。
俺たちはそれ以来三人パーティをずっと継続する形で、様々な訓練に従事した。
ダンジョンはもちろん、剣の冒険者の実地訓練で同期全員と盗賊狩りをしたり、弓の冒険者の実地訓練で森に突入したりした。
訓練生が訓練生として過ごす時間は短い。
元々公営の無料機関と言うのもあって、たった半年で卒業するのがこの冒険者訓練所だ。飯も教育も全部運営持ちと言うのだから、そのくらいでなければ成立しないのだろう。
そんな訳で、俺たちは自由時間に食堂で集まりながら、話をしていた。
「……明日の試験で、泣いても笑っても卒業か」
「そうだ、ね。でも、お別れってわけじゃ、ないから……」
「でも、どうしても少し物寂しさはあるよね。半年かぁ……長かったような、短かったような」
俺、アイス、クレイの順番で、この半年に思いを馳せる。
話の通り、卒業試験前夜のことだった。
俺たちは最優秀パーティに選抜される程度には、連携も安定していたし、強くなっていた。残念ながら新しい魔法こそ覚えられていないものの、勝負強さは得られたように思う。
だが、一つだけ懸念が残っていた。
「それで、ウェイド君。結局君の進路は決まった?」
「ううむ……!」
そう、俺の進路が、いまだに決まっていないことだ。
結局、剣も弓も松明も体験したが、全部楽しかったのだ。どれならいい、というのが正直ない。全部同じじゃね? になってしまったのだ。
「アッハッハ! 別にそう悩むことでもないと思うけどね。それぞれ試験内容が異なるから一つに絞るってだけで、別に松明の冒険者になるために剣の冒険者を止める必要なんてないんだから」
「そう、だよ……。ウェイドくんは、気に、しすぎ。むしろ、ウェイドくんなら、剣も弓も松明も、全部銅の冒険者証を取れるかも、だし……!」
「すごいよねぇそれ。剣の銅の冒険者証の条件『盗賊を十人以上撃退』、弓の銅の冒険者証の条件『魔法を三つ以上習得と銅ランク以上の魔物の提出』、そして松明の銅の冒険者証の条件『ダンジョン5階層以上到達』。全部クリアしかけなんて」
そうなのだ。今までの実地訓練で、すでに『盗賊十人以上撃退』は完了している。これで剣の銅の冒険者証は獲得決定だ。
他にも、『銅ランク以上の魔物の提出』も完了済み。あとは魔法を覚えるだけだが、これは機を待つしかないだろう。今でも常に【加重】を掛ける筋トレは続けているのだが。寝てる時以外。
そして最後の『ダンジョン5階層以上到達』。これは現在、4階層まで到達している状況だ。
明日俺たちが挑むのは、この『ダンジョン5階層以上到達』だった。他のパーティは、森に行ったり盗賊対策の依頼を受けたりしているところも。選択可能試験なのだ。
「都合よく5階層で新しい魔法に目覚めたりすればいいのにな……」
「割とウェイド君なら起こしてもそんなに違和感ないんだよね」
「頑張って、ウェイドくん……!」
「おうおう、応援サンキュ」
そこで、食堂のおばちゃんたちが、ガラガラと後始末を始めた。大きな音を立ててやるのは、言外に「もう時間だから帰れ」と言っているのだ。
「……解散するか」
「そう、だね……」
「じゃあみんな、また明日」
俺たちは椅子から立ち上がり、それぞれ散っていく。アイスは女子寮へ。クレイは男子寮へ。俺は……もう少し名残惜しみたくて、運動場へ。
運動場に出ると、辺りはすっかり暗くなっていた。俺は暗がりの中でも目立つ案山子の練習台まで歩いていき、そっと触れて笑う。
たった半年だったが、それでも人生を大きく変えた半年だった。
俺はスラム出身のロクデナシの息子で、俺に未来なんてないんだと思ってた。けどブチ切れて行動したら、今じゃあ小さなこの校舎の中で、一番の成績だ。
そしてこれから、もっと大きな世界に出ていく。少し前までは一人で出ていくつもりだった。だがありがたいことに、アイスは俺について来てくれると言うし、クレイも親しくしてくれる。
「ウェイド、くんっ」
そんな事を考えていると、背後から声をかけられた。振り返ると、アイスが立っている。
「アイス……。何だ、お前も名残惜しみに来たか?」
「えへ。わたしの部屋から、運動場、見えるから。ウェイドくん、何してるんだろうって、思って」
はにかみながらアイスは近寄ってくる。俺たちは立っているのも何だから、と近くの階段に腰かけた。
「荷物、まとめたか?」
「うんっ……。ウェイドくん、は?」
「俺も終わらせた。と言っても、武器と少しの着替えくらいのもんだがな。元々着の身着のままで入校したし」
「そっか……。まだなら手伝おうかなって、思ったん、だけど」
「ハハハ。男子寮に女子は入れないだろ」
「ふふ……。そう、だね」
アイスは肩を揺らして笑う。それから、「名残惜しいは、名残惜しいけど」と切り出した。
「それでも、ね。わたし、楽しみ、だよ。これから、正真正銘の冒険者、なんだもん」
「……そうだな」
「……ウェイドくん、不安……?」
心配するように覗き込まれて、俺は肩の力を抜いてアイスの頭を撫でる。
「不安、と言えば不安だけどな。でも、何とかなるとも思ってる。だから、あんまり気にすんな」
「わ、わ、うぇ、ウェイドくんに、撫でられちゃった……!」
「あ、ごめん嫌だったか?」
「うっ、ううん……っ! そ、その、撫でたいなら、いくらでも撫でて、いい、よ?」
言いながら頭を差し出してくるアイス。撫でろってことだろうか。前世にも今世にもいなかったが、妹が居たらこんな感じなのかもな。
俺はそっとアイスの頭を撫でつけつつ、言葉を続ける。
「アイスは、本当に俺についてくるのか? 俺は別に、訓練生でパーティを組んでたんだし、なんて束縛をするつもりはないぞ?」
「だ、だから、わたしがそうしたいの……! き、気を使ってるわけじゃ、ないから」
「そうか? ならいいんだけどさ」
具体的に何かを為そうとしているわけではないのに、俺についてこようなんて変わった奴だ。そんな事を思いながらひとしきり撫でて、俺は呟く。
「クレイは、英雄になりたいって言ってたよな」
「え、……うん」
「アイスは、何になりたいとか、あるか?」
「え……!? あ、えと、その。……秘密」
「秘密かよ」
「秘密、なの……っ」
ぷりぷり怒った風に手を振るアイスに、俺は笑う。
けど、とアイスは言った。
「その、卒業試験、上手くいったら、教えてあげても、いい、よ……?」
暗がりながらに、アイスの頬が赤く染まっているのを知る。彼女は上目遣いで、何処か潤んだ目で俺を見ていた。
きっと気のせいだろうと思いつつ、少しドキッとする。
「―――ハハ。なら、一緒に頑張らないとな」
「うん……っ」
俺たちは笑みを向け合う。それから、俺は言った。
「でも、すげぇよ。アイスにも、クレイにも、なりたいものがある。俺にはまだない。何が楽しいとかも、曖昧なままだ」
「……それでもウェイドくん、実地訓練はみんな好きって言ってた、よね」
「え……そういえばそうだな」
「なら、きっと、近いうちに分かるよ……っ。大丈夫。焦らなくても、いいんだ、よ?」
「……サンキュ。アイスには、励まされてばっかりだな」
今度なんか奢るよ。言いながらもう一撫でして、俺は立ち上がった。
「何はともあれ、明日の試験だ。俺たちならそう不安はないと思うが、明日に備えてちゃんと寝るくらいのことはしておこう」
「そう、だね。じゃあお休み、ウェイドくん……っ」
健気にパタパタと手を振って、アイスは自室へと戻っていく。俺もそれを見送ってから、「さぁ、明日だ」と気合を入れた。
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