第17話 将来

 おさらいだが、冒険者には三つの道がある。


 一に剣の冒険者。傭兵として人を殺す道。人を殺すというと聞こえが悪いが、戦争で戦い勝利を目指したり、盗賊と戦って村を守ったり、と言うのが仕事となる。


 二に弓の冒険者。狩人として魔物を狩る道。これはその通りだ。どんな手を使ってでもいいから、良い状態で魔物の死体をギルドに提出する。薬草採取なんかは弓の冒険者見習いの仕事だ。


 三に松明の冒険者。探索者としてダンジョンに潜る道。人も殺さないし、魔物も別に殺す必要性はない。求められるはただ財宝と生還。だからこそ、最も厳しく夢がある。


 そんな事を思いながら、俺は訓練所の食堂で、卵の冒険者証を見つめていた。


「ウェイド君、食べないの? 教官にどやされるよ」


「いや、食うよ。食うけどさ、……卒業後、どうしようかなって思って」


「卒業、後?」


 アイスがたどたどしい口調で聞いてくる。俺は「ああ」と頷いた。


「何の冒険者になろうかってな。別に乗り換えも自由なんだし、好きにすればいいだけの話なんだが、迷ってる」


「わ、わたしは、ウェイドくんについていく、よ……!」


「え?」


 アイスに言われて、俺はぽかんとしてしまった。


「そう言ってくれるのは嬉しいが……アイスは、何か目標があって訓練所に入ったわけじゃないのか?」


「う、ううん。わたしは、その、実家に不満があって、飛び出しただけだから……」


 アイスがもじもじしながら言うのに、俺は「そうか……」とまた考え込んでしまう。


 俺が訓練生になったのは、アイスと同じだ。親父にもスラムにも閉塞感にも嫌気がさして、飛び込んだ。


 結果、性に合って楽しく過ごせているが、だからこそ『今』が終わったときどうすればいいか、と言うのが分からない節があるのだ。


 前世は一丁前にサラリーマンなんかやっていたが、アレだってやりたいことだったからじゃない。食いっぱぐれないと聞いて適当に選んだら、ああなっていただけだ。


 その結果食うには困らなかったが、休み時間が足りずに死んでしまったのだから、世話もない。


「クレイは、どうだ? 卒業したら、どうなりたいんだ」


「僕は英雄になりたいんだ」


 とても自然にパワーワードを聞かされて、俺は面食らってしまう。


「……英雄、か」


「うん、英雄に。だから松明の冒険者になるよ。ウェイド君が決まってないなら、是非とも!……と誘いたいところだけど」


 アイスさんが、ね。とクレイは困った顔で俺からアイスに視線を移す。つられて俺もアイスを見ると、とても不機嫌そうな顔をしていた。


 え、初めて見るアイスのこんな顔。


「ダメ、だよ。ウェイドくんの未来は、ウェイドくんが決める、の。変に誘ったりして、ウェイドくんの意志を、左右しないで、欲しい……」


「とまぁ、こんな調子でね。本当ならもっとぐいぐい誘う予定だったんだけど、釘を刺されてるんだ」


「そ、そうか……」


 アイスは俺に見られているのに気付いて、いつもの様に、にこっ、と柔和な笑みを浮かべた。何と言うか、アイスの知らない面を知ってしまったな。


 ……アイスも、変な奴だよな。成り行きでパーティを結成したわりには、俺のことを尊重し過ぎているように感じる。


 ともかく、俺は二人の話を聞いて、何となく主軸となるものがあるのだと気付いてくる。


 クレイは英雄になりたい。英雄、と言うのも漠然とした概念だが、すべきことは具体的だ。松明の冒険者として、名を上げる。あるいは、それこそが英雄なのか。


 一方アイスも、俺に左右されているようで、そうでもないように見えた。


 流されているだけなら、クレイの勧誘を退けたりはしないだろう。どちらかと言うと、俺そのものに賭けたのだ、というニュアンスを感じた。


 ……流石にこの分析は自意識過剰か? けど、そう言う風にしか見えなかったんだよな……。


 ともかく、二人に共通している(風に見える)のは、何かに決め打ちして、そこに人生を賭けている、という点だ。


 賭ける、か。前世の俺は、一度もしたことがなかったことだ。


 ただ実力だけで挑んで、実力がそもそも足りてなくて、結果時間と体力を切り売りして、最後には物理的に売り切れてしまった。


 どん詰まりだった。前世は、それで詰んでしまった。


 だが、今世では、そうじゃなかった。


 生まれはスラムの酒浸りの息子と、最悪レベルで良くなくて、種類こそ違うものの、どん詰まりであることには変わりなかったように思う。


 けど、俺は不満を爆発させ、勢いでどん詰まりを破ってしまった。結果、ここでまともな生活を送れている。


「……」


 もしかしたら、好きに生きるのでいいのかもな、なんてことを今更に思った。正しい道なんてものは最初からなくて。


 だって、正しい道だと思ったサラリーマンで、俺はどん詰まってしまったのだから。


「となると、まず好きを探す必要があるな」


 俺の呟きに、アイスが「うん……っ」と一層笑みを浮かべ、クレイも「ウェイド君も、意外に青臭いところで悩んだりするんだね」なんてからかってくる。


「からかうなよ。俺だってまだまだだ。成長過程なんだ」


 数か月前なんか、俺多分アイスより小さかったぞ。そう言うとアイスは「あ……そうだったね、ふふ、あの頃から話してればよかったな」なんて言い、クレイは「えぇ!? そんなことはないでしょ」と笑った。


 それはとても微笑ましい瞬間で。俺が未熟に悩む、青々とした青春の一幕で。


 だから俺たちは、冒険者家業に、危険が付き物だなんて基本を忘れてしまっていたのだと思う。










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