第16話 クレイの素性

 アイス、クレイとの三人パーティを組んでから、数週間が経っていた。


「松明を投げる」


「「了解」」


 ダンジョンの2階層。暗闇の中で前方に気配を感じて、俺は宣言の下松明を投げた。そこに居たのは5匹のコボルトだ。二足歩行の犬。素早く鼻の利くゴブリン。


 俺はいつものように、戦闘の火蓋を切る。


「ウェイトアップ、ウェイトダウン」


 さぁ、捻り潰してやる。


 俺は鋭く息を吐きだして、体重を【軽減】して前に跳躍、敵に肉薄したタイミングで【加重】する『急接近攻撃』を行った。定番の奴だ。これで敵の大抵は驚いてくれる。


 そのまま重くなった拳を、最後尾のコボルトのどてっ腹に叩き込んだ。鉄製の手甲に覆われた拳だ。


 威力のほどは分かっていた。硬さ、重さ、速さ。そのすべてがそろったこの拳は、単なる剣よりもよほど恐ろしい武器になる。


 果たして、『加重ボディブロー』を叩き込まれたコボルトは、半ば爆ぜるように吹っ飛んだ。血を吐きながら壁に激突し、潰れる。


「「「「ッ!?」」」」


 一匹が一撃で、しかも異様な死に方をしたのを見て、コボルト四匹は動揺に動けなくなった。思うつぼ、という奴だ。だから俺は流れでもう一匹に狙いを定める。


『加重ストレート』


 ボクシングのワンツーの要領で、ボディブローに突き出していた腕を引っ込める勢いのままに、俺は右ストレートを放った。呆気に取られていたコボルトは、反応できない。


 ぱんっ、と音がする。加重ストレートを受けたコボルトは僅かにその場で震え、その場で倒れ込む。


 この間、約一秒。


 ノロマ魔法とは何だったのか、というくらい、重力魔法は速攻が強い。


「ガ、ガァアア!」


 そこでやっと、残る三匹が俺を前に臨戦態勢に入る。だが、俺はワンツーを終えてファイティングポーズで構えを取っている。いつかのゴブリン戦のような隙はない。


 そこで、コボルト三匹は、体勢を立て直すように、俺から目を背けないままに飛び退いた。俺はニヤと笑う。


「だよな、松明を投げられて、いきなり襲い掛かられたら、


「アイス、ブロウ」


 俺に向いた―――つまり、アイスとクレイに背を向けたコボルトたちに、二人は早々に襲い掛かった。


 アイスはレイピアに、メイスで冷気を宿しながら接近。そして鋭い突きを一つ入れた。そのコボルトは最初さしたる痛みもなかったようだったが、段々と動きがぎこちなくなり、最後には動かなくなる。


 それを、連続で三回。素早く入れながら、アイスは俺に合流する。残る凍り付いた三匹のコボルト。そこに、クレイの大槌が振り下ろされる。


「クェイク!」


 クレイの横薙ぎの一撃は、凍り付いたコボルト三匹を一撃で打ち砕いた。俺たちはその連携の完成度に、「「「いぇーい!」」」とハイタッチし合う。


「す、すごい……! こ、こんなにスムーズに敵を倒せる、なんて」


「いやぁ、ウェイド君の切り込みで最後尾を取って、敵の隙を作る。そこにアイスさんが一撃入れて凍らせて、最後に僕が一網打尽! 爽快感があっていいね!」


「ああ。こうなればいいな、くらいの陣形だったが、ここまで刺さるとはな」


 俺は達成感をかみしめながら、松明を拾い上げた。2階層でこの感じなら、3階層に潜ってもいい頃合いかもしれない。


「とはいえ、これで潜ってもう4時間だ。そろそろ集中力も切れてくるころだし、脱出しよう」


「え、そんなに経った、の?」


「あー、そっか。確かにかなり潜ってたね。銀になると数日間潜りっぱなし、なんて人もいるって聞くけど、僕らは早いところ上がろうか」


 クレイは何やら高そうな懐中時計を確認して言う。俺も店の安い懐中時計を使っているが、そんな紋様とかついてないぞこっちの。


 それで気になって、聞いていた。


「なぁ、気を悪くしたらすまないんだが、クレイってもしかして、良い家の出か?」


「え? ああ、一応男爵家の三男坊だよ」


 それに、俺とアイスは揃って震え上がった。揃って距離を取ってぎこちなく聞く。


「き、貴族か?」

「お貴族、さま……?」


「え!? ああ、えっと、それはそうなんだけどさ。そんな畏まらないでよ! 全然大したことないし」


 焦り気味に言うクレイに、俺たちは警戒を解く。き、貴族か、そうか……。俺なんか奴隷まで秒読みみたいな境遇だったから、ちょっとビビってしまった。


 しかし、貴族か。何と言うか、目の当たりにするとじわじわ異世界ファンタジーみが感じられて良いな。魔法の時点でそうだったが、身分の差とかも、割とワクワクする。


「す、すごいな……。貴族っていうと、魔法伝道師の人のことしか知らないから」


「ああ、テレスさんね。あの人は僕と違ってかなり偉い人だよ。男爵家は世襲が認められている貴族の中で一番下だけど、彼女は伯爵家の方だから」


 さっと名前と個人情報が出てくる時点で、ちょっとすげぇな、となる俺だ。あの人の名前とか俺今の今まで忘れてたもん。


「伯爵って、どのくらい偉い、の?」


 アイスの問いに、クレイは「うーん」と考えて答える。


「貴族の中では真ん中くらい、かな。貴族って王族の親族と、代々王族の家来を務める家っていう感じなんだけど、伯爵は代々家来の家の中でも上から二番くらいの地位だね」


「す、すごい偉いん、だね……」


 すげぇな……。俺この段階になるまで王族とか全く意識せず生きてたわ。何なら王の名前とか言えないもん。俺、もしかして学が全然ないのか。


「で、男爵は本当に下の下。世襲を許されてない騎士よりかは偉いかな、ってくらい。でも、騎士って一代限りで、つまり何か立派なことをして王族に気に入られた存在だから、騎士にも強く出れないのが男爵だよ」


 しかも三男坊だしね、とクレイは〆た。何か貴族は貴族で世知辛そうだな。


 俺はしばし考えてから、一つ尋ねた。


「……パーティのリーダー、やりたいか?」


「え!? いやいやいや! 僕はウェイド君に惚れ込んでパーティに入ったんだから、自信持ってリーダーやってよ!」


「そういうもんか……」


 別にリーダーなんてやりたくてやっているわけではないので、譲ってもよかったのだが。どうせ卒業までのパーティなのだし。


 そこまで考えて、俺は考える。


 俺は結局、卒業後、何の冒険者になるのだろうか、と。

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