第13話 アイスとドロップ

 猫なで声で、ドロップは意味不明なことを言う。


「ね? いいでしょ? もちろん、アタシだってウェイドが最高の男だなんて思ってないわ。だから、お試しよ。少し試して、つまらない男だったらアイスちゃんにも貸してあげる。ね? それでいいでしょ?」


 それに、アイスは嫌気がさしてしまった。緊張は切れてしまって、投げやりに呟く。


「……アイスブロウ」


「は? 今、なんて言ったの?」


 怪訝な顔で、ドロップはアイスを見下ろしてくる。その場にへたり込むアイスを。地面に手をつけるアイスを。


 アイスは、立ち上がる。それから、おもむろにドロップを突き飛ばした。


「わっ、キャッ!」


 まさかアイスが抵抗してくるなんて思ってもいなかったようで、ドロップはいとも容易く転んだ。それからギロッと睨んできて、叫ぶ。


「おい! お前何してんだよ! ふざけんじゃ」


 言いながら立ち上がろうとして、ドロップは立ち上がれないことに気が付いたらしかった。地面についた手は、離れない。手に限らない。足も、お尻も、全部。


「え、なに、なによ。何で立てないの?」


「……わたしね、ウェイドくんに言われて、氷魔法の使い方、色々考えてみたんだ」


 氷魔法で冷えたものってね、くっつくの、色んなものに。


 アイスは、ドロップを見下ろす。ドロップはアイスを見て、何故か「ひっ」と息をのんだ。


「だからね、ほら。ドロップちゃんの肩を掴んで、地面につけてあげれば」


「やっ、やめ、やめて」


「ほら、くっついちゃった」


 ドロップは膝だけ立てる形で、地面に寝っ転がっているように見える。だが、その実態は違う。すべてが冷え切った地面に押し付けられて、くっついて、動けないのだ。


「あ、アイス、ちゃん? や、やだ、やめてよ、こんな冗談……」


「冗談? ……何が?」


 アイスは、ドロップを見下ろして問いかける。


「わたしの趣味を、全否定、したこと? わたしの性格を、全否定、したこと? 一生ドロップちゃんの、奴隷で、いろってこと? ウェイドくんを、わたしから奪うって、こと?」


「あ、あいす、ちゃん?」


「ね、ドロップちゃん」


 アイスは、ドロップの首に、そっと手をかける。


「や、やめ、やだ、やだ!」


「大声、出さないでよ……。わたし、ね、ずっと嫌い、だったの、ドロップちゃんのその、キンキンした、甲高い声。耳障りで、本当に嫌いなの」


 言いながら、アイスはドロップの唇を指でなぞった。アイスブロウの残滓が、ドロップの唇を凍らせ閉ざす。


「んー! んー!」


「ねぇ、ドロップちゃん。わたし、ね、ウェイドくんに出会えて、本当に幸せなの……。ウェイドくんはね、すごい人だよ……! ひどい魔法を授けられても、諦めないの。それどころか、使い方を考えて、人よりも強くなるの」


 アイスは、ドロップの首をそっと触れながら、語り掛ける。


「ウェイドくんはね、もっと、もっとすごくなるよ。でもね、そこにドロップちゃんがいたら、きっと邪魔をする。分かるの。わたし、あなたに邪魔ばかり、されて来たから」


 それはダメだよ。アイスは言う。


「わたしはね、我慢できたよ。でも、ウェイドくんはダメ。あんなすごい人の人生を、あなたなんかが邪魔しちゃダメ」


 ドロップが言葉も発せずに、ボロボロと涙をこぼす。その涙が、地面から立ち上る冷気に触れ、次々に凍っていく。


「だからね、約束して欲しいの。もう、ウェイドくんに近寄らないって。じゃなきゃ、わたしね、何するか分からない、から」


 淡々と説明すると、ドロップは泣きながらこくこくと首を縦に振った。アイスが口を閉ざす冷気を払ってあげると、泣き笑いしながらドロップは約束を口にする。


「わ、わかった、から。アタシ、ウェイドに、近寄らない、から。だから、もう、解放して……? さむ、いの。本当に、寒くて、くるし、いの」


「……ふーん」


「ふ、ふーん、って……」


「知ってる? ドロップちゃんってね、嘘をつくときね、にこって笑うの。今、そうしたよね。……裏切る気なんだ」


「ひっ」


 ドロップの表情が、とうとう恐怖に歪む。


「うそ、じゃない! 嘘じゃない! 本当! 本当に、アタシ、ウェイドに近づかないッ!」


「信じられない、かな……。どう、しよっか。このあと、少し、考えてなくって」


「……あと、って」


「ね、ドロップちゃん」


 アイスは問いかける。


「凍らせて、粉々にすれば、ドロップちゃんが死んだことってバレないかな?」


「―――え」


「アイスブロウ」


 ドロップの足に触れる。詠唱する。それで、ドロップの足はじわじわと凍り付いていく。一回でマンティコアを氷漬けにした冷気だ。ドロップなんて、ものの一分で凍らせてしまう。


「や、やだ! やだ! 許して! ゆるしてアイスちゃん! アタシが悪かったから! ウェイドには近づかない! やだ! やだぁ!」


「それをどう、証明する、の? どうすれば、ドロップちゃんがウェイドくんに近寄らない、ってことを、わたしに納得させられ、る?」


「そ、それ、は」


「アイスブロウ」


「ッ!」


 ドロップは歯をガチガチと打ち鳴らしながら、半狂乱で首を振った。


「やだ! 死にたくない! 死にたくないよぉ!」


「なら、考えて。どうするの。ドロップちゃんは、どうやって、ウェイドくんに近寄らないっていう証拠を示すの?」


「退校する!」


 ドロップの言葉に、アイスは僅かに目を瞠った。


「退校する! 冒険者にはならない! そうすれば、アタシはウェイドに近づけない! それで、それでいいでしょ……? もう、やだぁ……。怖い魔物も、ダンジョンも、アイスにこんな風に脅されるのも、もう嫌なのぉ……!」


 シクシクと泣き始めてしまうドロップに、アイスは心を折った感触を得た。だから、一つ指を鳴らす。


 それで、冷気が一気になくなった。ドロップの凍りついていた下半身は普段通りに戻り、彼女を拘束する地面も普通の温度に戻る。


「あ……」


「ほら、早く。手続きを済ませて、今日中に出ていって。荷物は、わたしがまとめておいてあげるね」


「……」


「ほら、早く」


「ッ! わ、分かった、から。睨まないで。こわいの……」


 半泣きでドロップは立ち上がり、逃げ出すようにして去っていった。アイスはその情けない後ろ姿を眺めながら、自分がこれだけのことをしたのだと思って、少し感動を覚えていた。


「……わたしに、ドロップちゃんを言い負かすことが出来る、なん、て」


 ふつふつと、自信が自分の中に戻ってくる。戻ってくるどころではない。湧きあがってくるようだった。こんなに、こんなにアイスが強くなれるなんて。


 そして、その原因に思いをはせる。ウェイド。彼が居なければ、アイスはずっとドロップの言いなりだっただろう。お人形さんで、奴隷で……。それを、自分一人で打ち払える力をくれた。


「ふふ……っ」


 アイスは、熱くなる想いを胸に抱きしめながら、そっと呟いた。


「ウェイドくんは、すごいなぁ……」


 噛みしめるように言うことで、アイスの脳がじんわりと痺れていく。










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