第12話 ドロップとアイス
アイスの半生は、ドロップに否定され続けてきた。
「読書なんてつまらないわ! ほら、捨ててあげるから渡しなさい」
「手芸? 根暗な趣味ね! やめさせてあげる!」
お気に入りだった王子様とお姫様の恋物語は焼かれ、手芸の道具もへし折られた。友達の輪とやらにも連れられたが、全員アイスを下に見ていて、楽しくなかった。
「ドロップちゃんが居なかったら、アイスちゃんなんかと遊ぶわけないでしょ」
「アイスちゃんが鬼ね! ずーっとアイスちゃんが鬼!」
キャッキャッと笑うみんなの中で、アイスだけがずっと口を引き結んでいた。ドロップの居ない場所に行きたかった。
だから15歳になった日、アイスは家族にも言わず、冒険者訓練所に入所していた。
「お、おい……大丈夫なのか、アイス……? お前は気弱で、華奢だ。スラムから出てくるような荒くれ者もいる冒険者なんかに、なれないだろう……?」
入校後の荷物の持ちだしで、父はそう言ってきた。そう違ったことを言っているとは思わない。アイスは気弱だ。体も強いとは言えない。それでも、実家はドロップの息がかかった場所で、アイスが居たい場所じゃなかった。
だが入校後、アイスはドロップに見つかった。
「あ! アイスじゃない! 奇遇ね、アタシも行商で自分の身を守れるくらい強くなりたくって、冒険者になることにしたのよ!」
アイスにとって、それは絶望に近かった。逃げようとした相手が、何の偶然か同じ場所にいる。それは運命の袋小路に似て、アイスに『逃げ場なんてない』と告げるようだった。
訓練所ではずっとドロップがアイスに付きまとってきて、本当に嫌だった。訓練をするのも一緒、食事を取るのも一緒、極めつけは寮すらも同じ部屋。
ずっとずっと、ドロップは自分の考えを押し付けてきた。アイスには何の意思もないかのように。
しかし、ドロップは優秀だった。
走れば男を抜いてトップに立つこともあった。模擬戦でも力自慢の相手にスピードで圧倒して勝利することすら。結果は次席優秀者。敵わない、と何度見上げたか分からない。
ドロップを上回るのは、ただ一人。ウェイドだけだった。
ウェイドの存在は知っていた。入校時に父親が殴りこんできて、門番に追い払われるのを鼻で笑っていたのを覚えている。意地の悪い人だ、と思ったものだ。
最初に見た時は、ガリガリで、背も低く汚れていて、野良犬のようだった。スラム出身と聞いて納得した。誰もが彼から距離を取っていた。
だが、見る見るうちに成長した。誰よりもよく食べ、よく眠り、そしてよく訓練に勤しんだ。
気付けば、彼はすらりと上背のある、しかし筋肉も相当についた好青年と言った姿になっていた。
「もう! ウェイドさえいなければ、アタシが最優秀成績者だったのに!」
悔しがるドロップの声を聞いて、何度溜飲が下りたか分からない。アイスは自然と、ウェイドに憧れを抱いていた。
事実、ウェイドは非常に優秀だった。走るのも速く、頭も回る。模擬戦でもドロップを平然と下すのは彼だけだった。
だから魔法伝授で彼がノロマ魔法になったと聞いて、アイスは息をのんだものだ。
憧れの人が、憐憫の対象に変わった。そして同時に不安になった。アイスはちゃんとした魔法を授かることが出来るだろうか。自分も、まともな魔法を得ることなんてできないのでは。
その予想は、的中することになる。
「氷魔法。それが、あなたに宿った魔法です」
その言葉を聞いて、絶望した。氷魔法。別名半人前魔法。水魔法の相方としてしか役に立てない、要らない魔法。
そしてあろうことか、ドロップはその水魔法だった。アイスは恐怖した。これからずっとドロップの付き人のように生きていかなければならないのか。ずっとこのままなのか。
「アイス、パーティメンバーを集めたわ。もちろんあなたも一緒よ」
優しく言うドロップは、自分が優しいつもりでいるのだ。アイスは思わず首を横に振った。嫌だ。ドロップのお人形でいるのはもう嫌だ。わたしは人間だ―――――
「何やってるんだ?」
それを救ってくれたのが、ウェイドだった。
彼はいとも容易く、ドロップをアイスから引きはがした。それどころか、勇気づけてくれた。氷魔法だけでもできることはある。ノロマ魔法でもなんとかやれるんだから、と。
彼の言葉には、言葉だけじゃない説得力があった。ノロマ魔法だけで炎魔法に勝利した模擬戦。魔法が全てじゃない。勇気づけられる思いだった。
気付けばウェイドは、憐憫の対象なんかじゃなくなっていた。憧れの人で……アイスの、初恋の人になった。
気持ちは、高まる一方だった。浅層訓練でも魔法で素早く移動してゴブリンを倒したし、その補助をしたアイスを褒めてくれた。悲鳴を聞いて助けに行くと判断した姿は、まるで英雄のようだった。
助けに行った先で暴れていたマンティコアを倒した時、アイスは信じられない思いだった。自分がこんな強い敵を倒せるなんて。まさか自分がドロップを救う側に立てるなんて。
全部ウェイドのお蔭だった。アイスが自信を持てたのも。ドロップから離れられたのも。全部。全部!
だから。
「あの、アイス……? その、ウェイドって、好きな人がいるとか、知ってる?」
ドロップが恋する乙女みたいな顔をして聞いてきたとき、アイスは動けなくなった。
「そ、そそ、それは、なん、で……?」
冷や汗が垂れる。言葉がうまく出ない。だが、ドロップは気にしなかった。
「べ、別にアイスには関係ないでしょ! ……ただ、すこし格好いいかなって、思っただけよ。別に、他意はないわ!」
ふんっ、とそっぽを向くドロップは、彼女を嫌うアイスの目から見ても可愛らしい。だからだろうか。アイスの中で、もやもやが膨れ上がっていくのは。
「知らない、けど……ウェイドくん、ドロップちゃんの、こと、に、苦手かもしれない、かな」
思わず口にした言葉に、アイスはハッとする。ドロップは、それを聞いてアイスを睨みつけてきた。
「それ、どういう意味?」
「え、あ、その、これは……」
ドロップが、アイスに向かって一歩踏み込んでくる。アイスはその気迫に押され、一歩下がる。
「何? 本人がそう言ってたってこと? それとも、アイスが勝手に言ってるだけ?」
「え、と、そ、その……」
「本人が言ってたなら、そんな風に慌てないわよね。なら、アイスが勝手に言ってるだけってことよね」
「……う」
「ねぇ」
また一歩、ドロップは踏み込む。アイスは後ずさるしかない。
「何で? 何でそんなこと言うの? アイス、そんなこと言う子じゃなかったじゃない。ずっと、アタシのいう事を聞くいい子だったでしょ?」
いい子。その言葉が、どれだけアイスを縛り付けてきたか。
また一歩。また一歩とアイスは退路を失っていく。
「アタシがウェイドに興味があるのが、気に入らないってこと? ……あ、分かった! アイスちゃんも、ウェイドのこと好きなんだ! そっかそっか~」
にっこりと笑うドロップに、アイスは瞬間安堵感を得る。その油断を突くように、ドロップはアイスを突き飛ばした。
「痛っ……」
「ふざけんじゃないわよ」
壁際。アイスは、完全に追い詰められる。ドロップの両手が、アイスを逃がさないように壁を叩く。
「アンタなんかにウェイドが振り向くわけないでしょ。半人前魔法の、トロ臭いアイスなんかに」
至近距離で睨みつけられ、アイスは竦み上る。緊張が限界に近い。気が遠くなりかける。
「ああ、違うか! アンタ自身分かってるんでしょ? アタシが本気出したら、アンタなんかが敵う訳ないって! だから人の恋路を邪魔するのね。意地の悪い女」
頬に衝撃が弾ける。ビンタされたのだと、一瞬遅れて分かった。アイスは恐怖のあまり、泣きだしてしまう。
「あーあー、泣いちゃって。泣いたら誰かが助けてくれると思っているんでしょ? でも残念! 優しいウェイド君はここには居ませーん。……何とか言いなさいよ!」
「う、ぅぅうぅぅぅ……!」
情けない。震えて、泣きだして、何も言い返せない自分が。ウェイドにつけてもらった自信はどこに行ったのか。役に立てた自分は、一体どこに。
「……ふん。ま、ドン臭いアイスちゃんへのお仕置きはこの程度にしておきましょうか。だって、これからアイスちゃん、アタシに協力してくれるんだもんね」
「……え?」
「え? じゃねーよ!」
また頬を叩かれる。アイスはその場に崩れ落ちる。
「いい? アイスちゃん。アンタは今から、アタシの恋路が上手く行くようにサポートするの。そうすれば、アタシがいいようにしてあげるから。分かった?」
いいよう、とは何だろうか。分からない。分からないが、これだけは分かる。
ドロップが要求しているのは、二つだ。一つは、今まで通り、ドロップにアイスが全面的に従うという事。そしてもう一つは、ウェイドを諦めドロップに譲るということ。
憧れの人。初恋の人。あの人を、こんなクソ女が奪っていく。
―――そう思ったとき、アイスの中で、何かが切れた。
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