第11話 事後報告
七人で脱出して、教官にマンティコアが出た旨を伝えると、即刻訓練の中止が宣言された。
マンティコアは、本来10階層近辺で出るような敵なのだという。しかも群れで。それがこの1階層に出てきたことについて、教官はこう言った。
「恐らく群れからはぐれた個体だろうな。こういうことはそう珍しくない。ひとまず今日は帰れ」
それと、と教官は俺とアイス、大柄に向けて言った。
「普通の見習いなら、マンティコア1匹に全滅なんて普通だ。よく勝てたなお前ら、すげぇよ」
これからも死なない程度に頑張れ、と激励を貰い、俺たち三人は少しニマつきながら、その場を離れた。
訓練所に戻り、どっと崩れ落ちる。
「……ひとまず、お疲れだ、二人とも」
「うん……」
「つ、疲れた……」
俺のねぎらいに、アイス、大柄が答える。そう言えば、と気になって、俺は尋ねた。
「ところで、お前何て名前だ?」
「えぇっ? 僕のこと覚えてくれてなかったんだ、ウェイド君……」
「ごめんな、基本関わりのない奴は有名でない限り覚えてないんだ」
「ごめんね、クレイくん……。ウェイドくんって、その、ちょっと変わってて」
変わってなんかないが。普通だが。
ということで、大柄は名乗る。
「僕はクレイ。土魔法使いだよ。成績優秀者ではないけどね」
「気にするな、クレイ。改めて、俺はウェイド、重力魔法使いだ」
「あ、アイス、です。氷魔法使い、です……」
三人で自己紹介を済ませる。土魔法使いのクレイか。何かこの世界全体的に名前が覚えやすくて助かるな。いかにも土魔法って感じの名前してるもん。クレイ。
……俺も人のこと言えないけどな。ウェイド。ウェイト。ううむ。
と、そこで気になることがあって、「そういえば」と話題提起した。
「今回はマンティコアでかなり怖い思いをしたわけだが、あんなのが二人のパーティに襲い掛かったら絶望だろう。何で教官は二人以上なんて緩い条件でのパーティ結成を許可したんだ?」
「ああ、それはね」
クレイが人差し指を立てる。
「ダンジョンっていうのは、悪意の迷宮だ。悪意って言うのはつまり、『死ぬ可能性が高くても、人間が入ってくるのを止めないようになっている』ってことなんだ」
「というと、つまり」
俺が促すと、「つまりね」とクレイは続ける。
「入ったら必ず死ぬダンジョンには、どんな財宝が眠っていても入らないでしょ? 三人未満で入ったら絶対死ぬダンジョンにも、二人以下では絶対に入らない」
「……あぁ、なるほど。それは確かに、悪意の迷宮だ」
「えっ、ど、どういうこと? ウェイドくん」
分からず慌てているアイスに、「つまりだな」と俺はかみ砕いて教える。
「ダンジョンは、ダンジョン内で冒険者がより多く死ぬように仕向けてるんだ。で、入ったら絶対死ぬダンジョンには入らないから、結果死者数は減る。二人で入れば絶対死ぬなら、三人以上になれない奴はダンジョンに入らないから、結果死者数が減る」
「あ、なるほど……」
「要するに、二人で入っても意外に死なないくらいの方が、結果的に多くを殺せるんだよ。かと言って五人の方が安全かと言うとそうでもない。そういうのが、つまりダンジョンの悪意ってことなんだろうな」
えげつない話だ、と思う。
それで言うと一人でも恐らく死なないのだろうが、一人だと回復などリカバリが効かない。恐らく死者率が複数パーティに比べて段違いに高いのだろう。だから禁止されている。
そこで、クレイは目を輝かせて俺を見た。何だ、と思うとアイスも目をキラキラさせて俺を見ている。
えっ本当に何?
「いや、でも本当にすごかったよウェイド君! マンティコアに一歩も引かないあの態度! 武器を失っても立ち向かう意思! 僕は英雄の誕生を目の当たりにしてしまったんじゃないかって思ってるくらいだよ!」
「う、うん……! ウェイドくん、すごかった……! 一瞬でぴゅーんって飛んで行って、ざくぅっ、て!」
うんうん! と頷きながら、二人は俺を褒めてくれる。え、ヤダ照れ臭い……。
「そ、それほどでもない」
「ううん! すごかったよ、本当に! しかも本当に拳一つでマンティコアの隙を作るなんて!」
「ウェイドくんが居なかったら、きっとみんな、大怪我してた……。もしかしたら、死んじゃう人も、いたかも。だから、ウェイドくんは、本当にすごいことをしたんだよ……! 命の、恩人」
興奮気味に言う二人に、俺は照れくささを誤魔化すように頭を掻いて、「それで言ったら」と言い返した。
「俺の一撃じゃあ担保しきれなかった隙を拡張してくれたのはクレイだし、トドメを刺したのはアイスだ。お前らも十分すごいと思うぞ。クレイは一人だけ戦意喪失してなかったし、アイスはあの状況で、素手でマンティコアを倒しきったんだから」
二人ともすごい勇気だ、と言うと、二人はぽかんとした。それから、アイスは顔を真っ赤に髪を両手で顔に寄せ、クレイは鼻をしきりにこすり始める。
「や、やめて、恥ずかしい……」
「ウェイド君にそんな風に言ってもらえるなんて、誇りに思うよ。勇気を出した甲斐があったってものだね!」
……こいつら、俺が言うのも何だけど、単純だなぁ。
だがまぁ、つまり可愛げがあるという事だろう。俺は「いや、マジですごいと思うぞ」と肩を竦める。
そんな話をしていると、イライラした雰囲気を全身に醸し出しながら現れる者が居た。
「何を的外れなことを言っているのよ!」
「……ど、ドロップ、ちゃん……」
うわぁ何か来たぞ。
俺が振り返った先には、ご存じ水魔法のドロップが立っていた。俺は渋い顔で、「何の用だ」とため息交じりに問いかける。
「……別に。妙なことを言っているのが聞こえたから、少し口を挟んだだけよ」
「何だ、妙なことって」
「クレイはともかく、アイスが役に立ってたってところよ! 半人前魔法が役に立つ訳ないじゃない!」
俺は渋面でため息をついて「んな訳ねぇだろ。俺たちじゃトドメ差しには火力不足だった。それをリスク背負ってやってくれたのがアイスだ」と否定する。
それから、ムカついたので一つ刺してやった。
「つーか、それで言うならお前も大概役立たずだっだろうが。目の前のマンティコア無視して治療って……。治療してる間に殺されたらとか考えなかったのか?」
「うっ……。わ、分かってるわよ! アタシは何の役にも立てなかった! だから、助けてくれてありがとうって、お礼を言いに来たのに……!」
えぇ……? その目的で今の流れ作っちゃったの? コミュ力がなさすぎる。
だがドロップは何やらガチと見えて、ポロポロと涙を流し始めてしまう始末だ。俺はこうなると弱くって、「あーあー」と慰めにかかってしまう。
「悪かったよ、言い過ぎた。お前も怖い中で、せめて自分に何ができるのかって考えて動いたんだよな。正解とは言えないが、努力はしてたと思う」
「う、うぅぅううぅぅぅぅ……!」
泣き始めるドロップの頭をぽんぽんと叩いて、俺は宥める。まぁ前世持ちの俺と違って、みんな15歳前後の少年少女だ。死の脅威を目前にしたら狼狽えるし、ショックを受けもするだろう。
というか、俺もショックを受けても違和感ないんだけどな。前世でそう言う経験したわけでもないし。
今世は、何ともいえずそういう事に耐性があるようだった。多分遺伝レベルで耐性が高いんだと思う。精神的に安定しているというか。
「ともかく、だ。礼を言いに来たのは分かった。とりあえず、次から誰かをバカにするような物言いは控えろ。な? 上手く生きるコツだ」
「うん……」
「ほれ、分かったらもう行け。つーか俺たちもここで解散しておくか。三人とも怪我はないな? 異常があったりとか」
「う、ううん……」
「ないよ。奇跡的に無傷さ」
「……アタシも、ない」
三人からそれぞれ安否を聞いて、俺は頷いた。
「そいつは良かった。じゃあ解散だ。俺は疲れたし昼寝でもする」
手を上げて、俺はその場を退散した。それから不意に振り返ると、ドロップが妙にキラキラした目をこちらに向けているのと、そんなドロップを凝視するアイスが見えた。
……何か不穏じゃね、あの二人。早いとこ逃げよ。
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