第8話 浅層訓練前
教官が、ダンジョンの入り口に立っていた。
「本日より、ダンジョンの浅層訓練を始める! 活動領域はダンジョンの1階層まで! 一人頭計3匹の魔物を討伐次第、帰還するように!」
教官の指示に、リュックを背負った訓練生たちは『はい、教官!』と一様に返す。思い返すとこれ軍隊式だな。まぁ傭兵育成の面もあるし、この方法で間違いはないのだろうが。
「では注意事項を述べる! まず2階層への階段を見つけても決して進むな! 次にこの敵は手におえないと判断した場合、即逃げろ! 最後に、負傷者が出た時点で引き返せ!」
かなり厳重な注意事項だ。俺は前世のゲームのダンジョンの認識が抜けないので、そこまで危険なのか? と疑問視する気持ちがある。
「教官、質問しても構いませんでしょうか」
声を張り上げたのはドロップだ。次席優秀者で、アイスを勧誘していた同期のスクールカーストトップ女子だ。
「いいだろう! 言え!」
「その、注意事項がかなり厳しくはないですか? アタシたちは一応もう全員魔法使いですし、他の実地訓練で魔物との戦いは済ませています」
ドロップも俺と同じような疑問を抱いていたらしく、そんな質問を口にした。教官は「良い質問だ」と返答する。
「結論から言えば、この注意事項は妥当なものだ! 何故なら、ダンジョンは森などとは違って諸君らを殺すために作られた、悪意そのものであるからだ!」
こんな言葉がある、と教官は言う。
「剣の冒険者は勇敢な戦士だ。彼らは武の下に敵を屠るだろう。
弓の冒険者は鋭い狩人だ。知略を用いて魔物を仕留めるだろう。
松明の冒険者は気狂いの探索者だ。死の危険を嘲笑いながら、ダンジョンから財宝を持ち帰るだろう」
ざわっ、と訓練生たちの中でさざめきが起こる。
「静粛に! このように、ダンジョンとは非常に危険なものだ! 逆に言えば、ダンジョンで生き残れるのであればどこでも生き残れる」
そんなに危険なのかよ、と俺は少し顔がにやける。「どうせ脅しだろ?」と誰かが言う。
「故に諸君は、卒業までにダンジョンの5階層の突破を努力目標として定められている! 突破した者には、卒業時点で一人前の冒険者であることを示す銅の冒険者証が与えられる!」
だが、と教官は言った。
「だが、5階層までで死んだ訓練生は、去年9人いた! 諸君らの3割だ! 諸君らおよそ3人の内の1人が、卒業まででダンジョンの中で命を落としたのだ!」
ぞくり、と背筋が粟立った。俺は、この世界に生を受けて以来、一番今がワクワクしているかもしれない。
「回答は以上だ! ドロップ訓練生! 疑問は解消されたか」
「は、はい……。問題ありません」
「他の者も質問はないか! ……無いようだな。では、訓練開始!」
教官が入り口の脇に移動した。俺を含んだ訓練生たちが、ざわつきつつもダンジョンの入り口に立っていく。
「うぇ、ウェイドくん、が、頑張ろう、ね?」
「ああ、頑張ろう。だいたい上位半三割が銅の冒険者証になると言われてるが、ひとまずは命を大事に、な」
「う、うん……! て、鉄の冒険者証でも、生きてる方が大事、だもんね」
俺たちは頷き合って、ダンジョンへと視線をやる。すると、何故かドロップたちのパーティ5人が、ぞろぞろと俺たちの前に立ちふさがった。
「ふん! 二人だけでダンジョンに挑もうって言うの? しかも、ノロマ魔法と半人前魔法で! ああ、でも二人とも半人前なら、揃えば一人前ってところかしら! 教官の話を聞いてなかったの? ダンジョンは、二人以上のパーティでなければならないのよ?」
嫌味な奴だなこいつ。
「何を言いに来たんだ?」
「別に。そこのアイスちゃん、ドジでしょ? トロ臭いし。今からでも回収してあげようかと思って」
そんなことしたら俺ダンジョン潜れないじゃん何言ってんだこいつ。
「……お前バカか?」
「なっ! まともな教育受けてないアンタの方がバカに決まってるじゃない! バッカじゃないの!?」
ウゼェ。
「間に合ってる。さっさとダンジョン入れよ。俺たちは俺たちで潜る」
「くっ……! ふん! その子のトロさを目の当たりにして、今更泣きついて来ても知らないわよ!」
そう言って、ドロップたちはぞろぞろとダンジョンに入って行った。俺はその姿を見送りながら、「何つーか」とこぼす。
「根本的にダメだなアイツ。アイスの話題なのに、アイスに問いかけすらしなかった」
「……ドロップちゃんは、いっつも自分が一番正しいと思ってるから」
苦笑して、アイスは言う。随分困らされてきたのだろう。それでとうとうしびれを切らしての今、と言ったところか。
「まぁ冒険者なんて一期一会だ。卒業したら同期の連中と一人もその後会わなかった、なんて話もある。気楽にいこうぜ」
「う、うんっ……。うぇ、ウェイドくんとは、卒業後も仲良くしたい、な」
「……そうだな。願わくばそうあれることを祈ろう」
叶うか叶わないかは同じくらいだろうが、といったニュアンスを込めた俺の返答に、しかしアイスは「うんっ……!」と頷いた。健気な子だ。幸せになって欲しいが。
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