第4話 模擬戦

 ノロマ魔法の噂は、かなり広まっているようだった。


「あいつがあの……」「元々は最優秀成績者だったのにな……」「ハッ。魔法がノロマならどんなに優秀でも無駄だろ……」


 座学の時間。後ろでこそこそと喋る奴らの声を、俺は黙殺する。後ろ指を指されるのはそう辛いことではない。クソ親父の件でもされていたが、実害は少なかった。


 だが、調子に乗ってしまうバカというのもいるもので。


「おっと! あー! いてぇ! いてぇよぉー! テメェよくもぶつかってきやがったな! 治療代をよこせやオラァ!」


 俺より何歳か上らしき同期のチンピラが、俺にケンカを売ってきた。恐らく俺よりはマシな魔法を引き当てて、俺のことを舐め腐って来たに違いない。


「何だぁだんまりで? 怖くてブルっちゃいましたかぁ~? そりゃ仕方がねぇよなぁ! お前はノロマ魔法で、俺は風魔法だ! 速度に優れた俺を誰も止められねぇ!」


「……とてつもないバカだなお前」


「あ!? テメェ今なんつった!」


「いや、いいよ。ケンカ売ってんだろ? 買う。で、隙だらけな」


「は?」


「ウェイトアップ」


 俺は【加重】を掛けながらチンピラの手を優しく握った。チンピラはそこに敵意を見出せず首を傾げる。


 そして1秒。その1秒でチンピラは俺の魔法対象に認定され、重力に押しつぶされた。


「ぐぇっ!」


「ザーコ」


『……!』


 沈黙、それから、周囲がざわめき始める。


「何が起こったんだ今?」「あいつ勝手に潰れたよな?」「ウェイド何かやったのか?」「見てたけど全然分かんねぇ……」


 周囲がやり取りを見て、俺を驚愕の面持ちで見つめている。俺はそれもどこ吹く風で、その場を歩き去った。


 これから模擬戦の試合なんだっつの。邪魔すんな。











 模擬戦の授業が始まったとき、フレインが俺に話しかけてきた。


「よう、ノロマ魔法くん。模擬戦のことは、忘れてねぇだろうな」


 ギラギラした目で俺に突っかかってくるフレインに、俺は「もちろんだ」と返す。


「あれから三日間も訓練したんだ。やってもらわない方が困る」


「はっ! 上等だ。ぶちのめしてやるよ」


 周囲がざわついている。思った以上に、俺とフレインの激突は話題になっているらしい。たかだか模擬戦で組もうぜ、なんて言うちょっとした約束が何故。


「フレインは炎魔法で、ウェイドがノロマ魔法だろ……? ウェイドもつえー奴だけどさ、魔法が魔法だし、結構一方的なんじゃないか?」


「魔法があるのとないのとじゃあ、トカゲとドラゴンほどの差がある。その上、ウェイドの魔法は自分を弱くするだけ……厳しいだろうな」


「フレインが勝つに決まってる! あいつは将来の英雄だぜ?」


 やいのやいのと外野がうるさい限りだ。俺は模造刀と、盾を装備しながら、「準備が整ったらすぐ始めよう」と持ち掛ける。


「……相変わらず、スカしてやがる」


「は?」


「チッ。そうだな、こっちは準備が出来てる。お前待ちだ。すぐにぶちのめしてやるから、早くしろ」


 不機嫌そうに言うフレインに、俺は「準備完了だ」と呼びかける。盾と剣。これさえあれば、ひとまずはやれる。


「ハッ! いつもはつけてないのに、今日は怖がって盾の装備か? お笑いだぜ。最優秀成績者様が、ブルっちゃいましたか~?」


「そうだな、お前の炎魔法は怖いよ。……何で俺が盾をあんまり装備しないこと知ってるんだ?」


「それは―――チッ、良いから早くやるぞ!」


「ああ」


 イライラした様子で構えを取るフレインに、俺は盾を構える。


 そして、周囲が静かになった。初の魔法アリの模擬戦と言うのもあるだろうし、優秀成績者同士が真剣に睨み合っているというのもあるだろう。


 距離は大体十五メートル程度。直線で全力疾走すれば、二秒で詰められる距離感だ。


 だが、直線に走れば正面からファイアーボールの餌食になる。ある程度作戦を立てて動く必要があるだろう。


 俺は静かに息を吐く。俺が動くのはフレインよりも後だ。先に動けば潰される。俺のとる戦略は、そう言う類のものだ。


 だが、フレインもじっと俺のことを見据えていた。狙いすますのが得意と見える。どうやら俺が動き出したのを見て、その先にファイアーボールを置いておく算段らしい。


 いやらしい戦法だ。つまり、有効なやり方だった。優秀成績者の座は伊達じゃないらしい。


 にらみ合いは激化する。動かないままに、腹の底にうねる焦燥と戦う羽目になっていた。「おーい何やってんだー」と少し遠くから教官の声が響く。


 そこで、フレインが身じろぎをした。俺はフェイントを入れる。慌ててフレインはファイアーボールを飛ばす。


 バーカ、そっちじゃねぇよ。


 俺はフレインがファイアーボールを放ったのとは、真反対に走り出した。フレインは「まずっ」と肩を跳ねさせる。


 その隙に、俺は奴との間にあった十五メートルの内、十メートルを潰した。慌ててフレインは第二の攻撃を放つ。


「ファイアーボール!」


「解除」


 俺は【加重】を解除して、速度を上げながら横に回避した。周囲がざわめく。フレインが息をのむ。


 フレインから見れば、この動きは瞬間的に二倍近い速度が出たように見えただろう。この緩急が肝なのだ。初め少しノロいくらいで目を慣れさせてから意表を突くと、思った以上に早く見える。


「くっ、ファイアーボ」


「おせぇよ」


 俺はフレインに肉薄し、模造刀を振りかぶった。軽くなった偽物の剣は、【加重】で鍛えられた腕によって軽やかに軌跡を描く。


 その途中で、俺は言った。


「ウェイトアップ」


 タイムラグの0.3秒を終え、全身が重くなる。それは直撃の瞬間だ。


 『ノロマ』になるのは、一瞬でいい。


「ぐぁっ!?」


 俺の一撃をフレインは咄嗟に剣で受ける。だが、それでは防ぎきれない。最初俺が潰れたようなフル出力での一撃だ。恐らく衝撃は五倍近い。


 俺は吹っ飛んだフレインを確認し、即【加重】を解除して詰めにかかる。そして、その首に模造刀を突き付けた。


「勝負あり、だな」


 周囲から歓声が上がった。観衆が口々に驚きを表現している。


「マジかよ」「何でノロマ魔法で勝てるんだ」「つーかウェイドのやつ速くなかったか?」「ノロマ魔法でよくあんな動きできるよな」「これが最優秀成績者の貫禄か」


「く……クソ……!」


 心底悔しそうな顔をして、フレインは歯を食いしばる。俺は、盾は使わずに済んだな、と思いながら模擬戦は終わりだと判断して、奴から離れて次の相手を探し始める。


 そこで、フレインが激高した。


「クソ……クソクソクソクソ! オレは、炎魔法に選ばれたんだぞ! 英雄の入り口に立ったんだ! お前なんかァ!」


 殺気。俺は振り返ると、フレインは俺に手を向けていた。


「ファイアボール!」


「ウェイトアップ」


 俺はすかさず【加重】を掛けて、避けられないファイアボールに盾を翳した。そして力いっぱい弾く。【加重】のかかった打ち払いはファイアボールを跳ね返し、フレインに直撃させた。


 ……結局、使うことになっちまった。


「ぐっ、ぐぁああああああ!? あつい! 熱い熱い熱い! たすっ、だれかたすけ」


「フレイン!」「お、おい! 誰か水魔法使いはいねぇのか!」


 炎上するフレインに、取り巻きたちが集まっていく。俺はその様子に興味を失って、視線をそらした。


 だが不快さがぬぐえず、歩き去りながら呟く。


「バカがよ。不意を突かれたら、手加減なんかしてやれないだろうが」









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