第3話 実験

 問題は加重の魔法をどう使うべきか、ということだ。


 俺は訓練で走りながら考える。


 【加重】を他人に掛けられればいいのだが、残念ながら今の状態だと自分にしかかからないようだった。だが、ここでいう自分、と言うのも曖昧な話だ。


 例えば、今加重を発動すると。


「ウェイトアップ―――くっ、ふっ……!」


 俺は確実に重くなった体重に、足取りが遅くなる。最初のフル出力に比べれば潰れるほどではないが、かなり……! キツイ……!


 そう。各々の魔法は、出力をある程度いじることが出来る。これは一つの救いだった。フル出力オンリーだったら何もできないところだ。


 だがこの感じなら、少しずつ慣らす形で筋トレに活用できる。ひとまずこの使い方で地力を上げよう。


 そんな訳で俺は負荷を高めながらランニングに勤しむ。これいいな……。思ったより負荷がかかるので、最近ぬるいと思っていた訓練がちょうど良くなる。


 だが、これだけでは勝利には届かないだろう。フレイン。奴の炎属性の最初の魔法は、前世お馴染みのファイアーボールだ。


 ファイアーボールというのはこう見えて中々恐ろしい攻撃で、要するにドッジボール大みたいな炎の塊を、野球部のキャッチボールくらいの速度で飛ばす攻撃だ。


 つまり、直撃すれば死、ないし大怪我だ。回避しようにもそれなりに速度があるので難しい。ゲームや漫画なら定番だが、向けられるこちらからすれば悪夢もいいところだったりする。


 伊達にゴブリンなどのザコモンスターを殺すのに、ファイアーボール一発で済むという扱いをされていないのだ。


 ……ゴブリン、一回戦わされたけど全然ザコじゃなかったしな。負けはしないがかなりキツかった。要するに全力で抵抗してくる子供なのだ。石とか投げてきて普通にケガしたし。


 そんな訳で、何も対策をしなければ負けは必至だ。加重筋トレで基礎力は上げておくにしろ、もう少し何か魔法を利用した攻撃方法を考える必要がある。


「どう、した……もん、か……!」


 走り終え、筋トレに移行しながらも、俺は考え続ける。加重腕立て伏せヤバい……! いいな! 重力魔法良いぞこれ! 好きになってきた重力魔法!






 という事で放課後。俺は運動場で今朝のように練習台の案山子を前に、腕を組んでいた。


「どうすっかな……」


 とりあえず模造刀を持って構える。そして【加重】。体がぐんと重くなるが、今日一日耐えてある程度大丈夫になってきた。


「っふー」


 俺はその状態で切りかかる。脳裏にあるのは、一つの仮説だ。


 果たして、模造刀はかなり大きく練習台を弾き飛ばした。そしてバネ仕掛けで戻ってくる。「うん」と俺は少し表情をほぐした。


「なるほど。やっぱり、重さがあった方が威力は出る」


 非常に簡単な原理だ。体重が重ければその分攻撃が重いように、【加重】を掛けた状態で攻撃すれば、威力がその分上がる。それだけのこと。


 だが、運用はかなりテクニカルなことになるだろう。俺は腕を組んで考える。


「少し実験するか」


 俺は練習台に向かって、模造刀をしまって拳で殴りかかった。ズドン、と大きな音を立てて練習台はのけぞる。これは予想どおり。


 そして先ほどのように、模造刀で切りかかってみる。先ほどと結果は同じだ。拳と同程度に威力が上がっていると判断する。


「つまり、【加重】の対象は、俺そのものじゃなく、俺が身に着けるものすべてに拡張されてるってことか」


 だがまだ断定はできない。これはあくまで仮定だ。


 では次、練習台の案山子にしばらく手で触れてから、手を放さずに突き飛ばす。結果は、威力の上昇なし。おや、と思う。


「……」


 念のため【加重】を解いて同じことをする。やはり先ほどと同じだ。加重状態でしばらく触れてから突き飛ばすのと、全く同じ手応えが返ってくる。


「しばらく触れるのがキーなのか……?」


 俺は時間を数えながら、同じことを繰り返してみる。3秒待って突き飛ばすと手応えが【加重】前と同じ、1秒でも同じ。それ以下だと手応えは軽くなり、大きく練習台が弾かれた。


「1秒か」


 俺が1秒間触れたものは、魔法の対象となって【加重】されるらしい。うむうむ、と俺は知りたいことが知れて口元が緩む。


 じゃあ次だ。俺は【加重】を解いて、深呼吸する。


 そして構えを取り、【加重】を掛けると同時に模造刀で横に切りかかった。


「ウェイトアップ!」


 切りかかる。手応えは【加重】なしのそれ。すかさず反対に切り返すと、今度は【加重】が掛かっていた。


「ちょっとタイムラグがあるな」


 【加重】を解除する。解除にはタイムラグは無いようで、すぐに体が軽くなった。


 ううむ、と考える。


「少し練習が必要か」


 俺は呟きながら、イメトレをする。


 対策しなければならないのは、ファイアーボールをどう対処するか、ということだ。


 剣で受ける、というのはリスキーに過ぎる。だから、可能であれば回避する方向で行きたい。だが、俺の重力魔法は重力を軽減する方向性では使えない。あくまでも自分を重くするだけだ。


 それに、魔法で優位を取るのにもコツがいる。【加重】は威力を高める効果があるが、一方で動きは重くなる。切り替えはスムーズかつ的確に行わねばならない。


「ふーむ……」


 俺は腕を組んで、首をひねった。そして、結論付ける。


「ひとまず、今できるのはその辺りしかない。考えながら、まずは練習だな」


 俺は右拳を左手の平に打ち付け、そう呟いた。ひとまずは、体を動かそう。

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