第6話 戦い
「まず、田中さんには霊とタイマンしてもらいます」
アスカさん——今日は巫女服に身を包んでいる(待ち受けにしたい)——はそう言うと、お札を取り出し、筆で何やら書き始めた。
「タイマン…○さないんですか?」
ビクついた。今のは俺の隣で踊ってる黒人ダンサーのあんちゃんのせいではない。田中さんはピンクパンサーのロゴ入りのジャージ姿であろうと元傭兵なのである。
アスカさんは物騒な発言も平然と聞き流し、
「はい、除霊はしません。ていうか、ぶっちゃけできません。霊力強すぎて、リソース全部使っても勝てないんで。その代わり田中さんには一時霊体化して、時間稼ぎをお願いしたいです」
「今、私は不調で、姿勢も曲がりやすいので、あまり稼げる自信はありません」
田中さんは生霊化した経験はないと思うが、生身の肉体の強さが魂の強さと連動していることはなんとなく読めるらしい。
アスカさんはニッコリして、突然札を壁に投げつけた。顔っぽい染みが動いているところに命中し、途端に灰色のエクトプラズムが湧き出てくる。すべてが札に吸い込まれると、再び彼女の手に戻った。
「退治したんですか?」
俺の質問に首を振った。
「違います。はい、お返しします」アスカさんは田中さんの額に札を貼りつけ、低い声で鋭く呪文を唱えた。
田中さんが白目を剝いて痙攣し始めたので、近寄ろうとしたが、霊媒師に制止される。
「大丈夫です」
「とてもそうは見えないんですが」
「あと30秒待ったらわかります」
大丈夫だった。猫背が治り、筋肉の張りを取り戻した彼は、優勝候補の総合格闘家に見える。組んで良し殴って良しだ。
「田中さんは先天的に生霊気質がありました。幼い頃は夢遊病と診断されたこともあります。傭兵時代は睡眠時間が少なかったので発現しませんでしたが、いくらか眠る余裕が増えてきた今になって、再び現れたというわけです」
「となるとあの壁の染みは…」
「彼の魂の一部です。引っ越ししようとしたときだけ妨害されるのは、長期的な分離にお互いが耐えられないから。他の地縛霊は一切関与していません」
なるほど。最初から誤解していたのか。俺は他の地縛霊達に身体を向け、頭を下げた。
「本当に申し訳ない。勘違いしてました」
リアクションはなかったので、もう一度言ったが、同じだった。
「無駄ですよー。彼らはあなた方とコミュニケーションしません」
「嫌われてるんでしょうか?」
元気を取り戻した田中さんの声は心なしか溌剌としてる。
「そうでもありません。今から彼らを成仏させるので、一緒にお祈りお願いします」
アカリさんの念仏に合わせて祈ると、天井から光が降り注ぎ、地縛霊たちの姿が消えた。着物女性と鎧武者は消える間際に一礼してくれた。犬は尻尾を振った。ダンサーは派手な三回転バク宙を披露した。
「彼らは皆現世に未練がなかった。にも関わらず地縛霊化していた理由は霊力のすべてを駆使して、やるべきことがあったからです」
やるべきこととは?言葉にする前に地震が起き、俺たちは転倒した。椅子の脚を掴む。全員受け身を身に着けていたので、幸い怪我はない。揺れが収まってから慎重に立ち上がると、目の前にそいつはいた。
縦幅2メートル、横幅3メートル級の顔。それだけが見える。坊主頭の入道だ。
「平安貴族っぽくないですね」
「平安レベルとは言いましたが、正確に時代を掴むのは難しいんですよぅ。あの地縛霊たちはこの人に集団で対抗していたんです。会話する余裕がなくても、仕方ありません」
そう言いながら、アスカさんは田中さんの胸に札を貼り付けた。田中さんの体が倒れたので床に横たえると、口から灰色の田中さんが出てきた。
「なるほど、これが生霊ですか」
「今度は完全なアイソレーションです。動きやすいですか?」
「とにかく体が軽くて、スーパーマンの気分です。これならやっつけられそうだ」
生霊化した腕をハンマーのように肥大させ、田中さんは入道の額にパンチを叩き込んだ。突如でかい拳が出現してそれをブロックし、田中さんはこちらまで吹き飛ばされた。
「…ドゥームズデイを相手にするスーパーマンの気分です」
「私の儀式が終わるまで、なんとか攻撃防いでください」
「…はい」
田中さんは気落ちした表情を切り替え、再び戦いを挑み、吹き飛ばされた。
「アスカさん、だいぶ無理そうです」
「ですよね」
ですよねって。彼女は道具を並べ、準備しつつ、気のない返事をしてくる。邪魔したくはないが、どうも入道のサンドバッグと化した田中さんが保ちそうにない。
「あと5分稼げたらいいんですがねぇ」
「そんな他人事みたいに」
「御免」
振り向くと、鎧武者が刀を構えて立っていた。
「この身が露と消えるまで、幾許かの猶予がある。それまでは助太刀致そう」
「かっ、かたじけない…」地に伏した田中さんが息も絶え絶えに言った。俺達も礼を言おうとしたが、止められた。
「今は一刻さえ惜しい。それまではお待ち頂きたい」
「ハハッ!」思わず平身低頭した。
「では田中殿。共に参るぞ!」
「承知!」
「「セヤーッ!!」」
二人は入道に果敢に挑んで行った。無情に吹き飛ばされたのは、それから5秒後である。
「アイタタタ…拙者、実は割と近代の歴史オタクでして…戦いは慣れてないというか」
「えぇ…」
勝てる気が驚くほどしない。やばい。
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