第5話 戦いは近い

 準備があるので1日後に会いましょうと言い残し、アスカさんは去った。俺は田中さんとビジネスホテルに泊まることにした。お金は俺の奢りだが、後で領収書を両親に送るつもり。田中さんは何度も遠慮したが、それくらいのサービスはされて良いだけの苦労をしていると俺が説得すると、折れたようだ。フロントで別々の部屋を予約して、エレベーターに入ってから、ふと思いついた疑問を尋ねた。

「田中さん」

「はい?」

「普通に外出できてますね」

 彼ははっとしたように顔を上げ、自分の肩や脇腹に手で触れた。

「そういえば、そうですね。取り憑かれてから身体がずっと重く、外出する気力も出なかったのですが、今は心なしか軽くなったように感じます」

「確認しますが、引っ越しの手続きを取ろうとしたときは、妨害されるのですよね?」

 田中さんはコクリと頷いた。途上でエレベーターが停止し、ドアが開いたが、客は入ってこなかった。死んでいる客含む。

「そうですね。ダンボールに服を入れようと考えただけで、身体にまったく力が入らなくなったり、逆に筋肉が固まって動けなくなったり、呼吸がかなり浅くなったりで、ひどいもんですよ」

「今のところ何ともないので、彼らは引っ越しだけを妨害しているようですね」

「そのようです。変な奴らだなあ」

「あなたも変ですよ。霊を怖がってない」

 普通、取り憑かれたら、もっと狼狽したり、判断力が下がることが多い。神経が正常に働きにくくなるからだ。田中さんも心身に強い負荷を感じているはずだが、妙に冷静なのが気になる。

「それはまあ、私の過去が原因ですよ。昔、傭兵とかをしていたので慣れてるんです」

 意外な告白だ。しかし考えてみれば、あの部屋の整頓状況と妙に透明な印象は確かにプロフェッショナルっぽい。やばい人ほど普通に見える。

「すみません。この話をすると、怖がられるので、あまりしないようにはしていたのですが」

 頭を下げる彼に俺は慌てて手を振った。

「いえ、お気になさらず。正直驚きましたが、私もまあ、昔から霊に囲まれていたので、感性がズレているところはあります」

「それなら良かった。変人二人組ですね」

 笑い合った。夜は食事を取りながら、彼と会話をした。守秘義務があるので、話す内容は慎重に選んでいたが、それでも平和ボケした俺の頭にはインパクトがでかすぎる話ばかりだった。霊退治のパートナーとして、彼の存在を心強く感じた。我々は明日の勝利を祝って乾杯し、その後7時間ぐっすりと寝るつもりでベッドに入ると、アスカさんの通話に阻まれた。

 うっすらと開いた瞳でスマホを見ると、まだ5時前だ。だるいので、呼吸して酸素を体内に入れ始める。


「すみませんが、予定を早めます。動きやすい恰好でアパートに来てくださいね♪いよいよ戦いです」


 着替えて部屋を出ると、田中さんは準備万端という様子だった。俺はあくびをし、柔軟体操をしてから、二人で朝食を取り、チェックアウトを済ませ、戦いの舞台へ移動した。やれることをやっていこう。

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