第3話 霊媒師が可愛くて集中が・・・!!

 

 彼女は頬がふっくらとし、顔の輪郭が横全体にやや広がっていた。分けた前髪と団子に結んだ後ろ髪。上半身に比べ、下半身が締まっており、俊敏な運動神経を感じさせる。近づくと、微かに化粧の匂いが漂ってきたが、霊対策の香料の可能性もある。5体の霊を相手にするのだから、準備は整えているだろう。その割には巫女服ではなく、レースのついた水色のトップスと茶色のストレッチパンツでラフな出で立ちだが。


「宮下さん」


 俺の名前を呼ぶと、丸い茶色がかった瞳を向けてくる。ドキリと心臓が鳴る音が聞こえた気がした。俺は独身だ。可愛い女性に弱い。別の場面で会いたかった。

 

 俺の反応を知ってから知らずか、軽く笑って続けた。

「あなたと田中さん、この町の全住民を救っちゃうかもしれませんよ。いや、全国民かも?」

「「は?」」

俺とアパートの青年——言い忘れていたが、田中という名字がある——の声が思わず揃った。

「あるいは・・・」


 彼女はふと天井を見て、困ったように額を指先で叩いた。

「いや、最悪の未来についてはまだ確定していないので、言わないでおきましょう。悪霊パワーで日本が滅ぶとか、気軽に口に出して、現実化しちゃったら大変ですからね」

「えぇ・・・」


 おっと、話を更に先に進めてしまった。中華レストランに話を戻すんだった。そもそもの発端はそこでの両親の依頼きょうようである。


 田中さんのアパートに行く前、俺は家族3人で円卓に座り、中華料理のコースに舌鼓を打っていた。父は俺の好物を把握しているので、懐柔は容易だ。その目論みはパラパラのアツアツ蟹チャーハンが出された頃には完全に達成されていたと思う。


「早速なんだが・・・」


 デザートの芝麻球を口に運びながら、父が口を開いた。糖尿病と診断されたのは5年前だが、大丈夫なのだろうか。

「霊関係のトラブルだろ。親父が気前良くなるのは大抵そういうときだし」

「流石俺の息子!話が早くて助かるなあ母さん!!」

「ん?ああ、そうね。なんか私眠くなっちゃったわ。悪いけどお父さんが話し終えるまで寝かせてくれる?」

 母は父の肩に顔を預け、船をこぎ出した。父は満更でもなさそうな表情になり、慌てて俺に意識を戻した。

「そうそう、うちが大家をしているアパートにその、取り憑いているらしいんだ。霊が」

「そいつらをなんとかしてほしい、と」

「そう、いつも悪いが、うちに霊感が強いのはお前しかいないし、今までもなんとかしてもらったからな。知らない霊媒師に頼むより信頼できると思ったんだ。頼む」

 頭を下げると、父は紹興酒のおかわりを注ぎ、俺のグラスにも瓶の口を向けた。

 それを手で制すと、思わず口からため息が洩れた。俺には小さい頃から霊が見える。そうするとどういうことになるかは、「シックス・センス」を観てイメージしてほしい。

 両親に話したら、最初は半信半疑だったが、証拠を見せたら割とすぐに信じてくれた。そこに関しては深く感謝している。まあ、それ以降、霊関係のトラブルは完全に俺に一任されるようになったわけだが。

 トラブルを避けて生きようとかなり努力していたこともある。学生時代は特に頑張っていたな。しかし、霊感体質である以上無駄なのだ。俺は諦め、代わりにお札などを使った護身に力を注いだ。

 護身したら除霊の真似事がやりやすくなってしまったものだから、仕事がますます増えた。

 無論、霊感だけ強い男が道具という付け焼き刃でなんとかしているだけなので、相手にできるような霊は限られている。それでも、両親にとっては十分らしい。なにせ中華料理だけで引き受けるのだから。


 母は相変わらずいびきをかいている。呑気なものだ。父は紹興酒のボトルをラッパ飲みしようとして、踏みとどまり、気まずそうに肩を揺すった。コロナ禍じゃなければ踏み出していた可能性あり。

「えっと・・その住人は引っ越したいそうだが、引っ越そうとした途端霊からの妨害で身体が動かなくなるそうだ。筋肉が動かなくなって、息も苦しくなるらしい」

「悪質だな・・・せっかく弁護士の友達いるんだから、相談してみたら?」

 俺は川口さんの顔を思い浮かべながら父に尋ねた。彼は俺が幼い頃から両親と交流しているので、俺の体質も熟知している。弁護士のくせに超自然研究が趣味という変わり種だ。たまに手伝ってもらっている。

「電話で聞いてみたが、今忙しいらしい。仮に来れたとしても、死者相手に法律的なアプローチは厳しいから無理だとさ」

「そりゃそうか」ダメもとで言っただけだが、やはり今回も俺一人が引き受ける運びになりそうだ。

「あ、でも今回はお前に霊媒師の助手がつくぞ」

「え」

覚悟しかけていたので思わず胸が躍る。

「しかも若い美人」

「よっしゃ!!」

ガッツポーズと共に俺は地獄への道を更に深く突き進むことになった。


 冒頭に話を戻そう。俺が田中さんのアパートに到着してしばらくしてから、彼女は到着した。親父の知り合いの知り合いの紹介で来たと自己紹介し、事態が想像以上に厄介で、重大な危機が両親の町に迫りつつあることを告げた。楽しそうに。


「実は、このアパートにはかなりやばいのが取り憑いています。簡潔に言うと、平安レベル。これは日本滅びちゃいますねー。滅ぼさないために、3人で頑張っちゃいましょー。えいえいおー」


 霊媒師のアスカさんは両拳を上げ、俺と田中さんは口を開けて棒立ちになっていた。

 

 しばらくして俺は呼吸を思い出し、なんとか口を動かした。

「帰れないっすかね?」

「んー既に狙い定められちゃったので、おすすめできません。日本どころか東アジアの危機になるかも」

「・・・やめときます」

 帰りたい。切実に!!!美女と中華に誘惑された過去の自分を罵りたい!!!!









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