第2話 まだ了承していないのだが・・・
鎧武者が空中に胡座をかいていた。虚空を睨みながら腕を組み、眼鏡をかけた青年の周囲を漂っている。
青年の周りにいるのは鎧武者だけではない。紫の着物を身につけた中年女性が背後で正座し、本を読んでいるし、サングラスとクルーカットが特徴的な若い黒人男性が激しく身体を動かし、重力を完全無視したブレイクダンスを披露している。テレビに手を突き、脚を振り回したかと思うと、床に頭をつき、回転を始めた。
逆立ちして一回転した彼の内側から何かが飛び出した。巨大な黒い犬だ。踊る黒人の周りをはしゃぐように駆け回り、しばらくして着物の中年女性の前に移動し、舌を出し、ちょこんと座った。彼女は本を置き、撫で始めた。口角を薄く上げながら。
「どうでしょうか?」
青年——この部屋にいる俺を除く唯一の生者は言った。両手をこすり合わせ、身体を震わせている。霊が大量にいるから、冷えるのだ。俺も登山用のジャケットを羽織ってはいるが、今にも歯がカチカチ鳴りそうだ。
「3人と1匹います。こんなにたくさんの霊を一つの部屋で見たのは初めてですよ」
言いながら、口から白い吐息が漏れるのを感じる。どの霊も恐らく、生存時代も出身も違う。動きもフリーダムでまとまりがない。一言で言えばカオスだ。
「実は・・・」
青年はおずおずと手を上げ、窓の下にある白い壁を指差した。
「もう一人いるんです」
凝視すると、壁にある汚れに見えたものが動いていた。あまりにもゆっくりだったから気付かなかった。輪郭は人の顔にも見えるが、ロールシャッハテストで使われる図版に似て、はっきりしない。時々現れる染みのようなものは手か?
「確かにいますね。霊気が弱く、形を取るには至らないようですが」
「そういうこともあるのですか?」
「稀にあります。経験したのは初めてですが・・・。確認しますが、普段は彼らがあなたに何らかのアクションを取ることはないのですね?」
「はい、まるで私がいないかのように振る舞っています」
「引っ越しをしようとするときだけ、妨害してくると」
「そうですね・・・この家から出るための行動をしようとすると、それがどんな些細なものであれ、途端に金縛りで動けなくなるんです。彼らはそのときもこちらを見ず、何も言わないんですが」
青年は上を向き、ビクリと身体を震わせた。思い出しているのだろう。彼は5体の地縛霊に取り憑かれた状況で今までこのアパートの部屋で過ごしてきた。強い精神力と体力がなければ、完全に心が折れていただろう。猫背で痩せており、身長も俺より低いが、見かけより強いのだ。部屋の中にはマットが敷かれ、トレーニング用の器具も置かれているから、スポーツか格闘技でもしているのかもしれない。
俺達の周りでは霊達が動き回っている。黒人は天井でマイケル・ジャクソンのようなステップを踏み始め、犬は吠え、女性と武者は並んで座り、何やら話している。声は聞こえない。壁の染みは緩慢に動き、少しずつ位置を変えていた。
霊達はまるで俺達がいないかのように振る舞っているが、こちらへの意識は感じる。霊感がそれを告げている。新参者の俺を値踏みしているようだ。彼らにとって脅威になりうる存在だから、正直いつ攻撃してきてもおかしくはない。そうなったら、霊感が強いだけの俺に対処しきれるか、自信は弱い。
(こんな厄介事を休日に押しつけるなんて恨むぜ・・・親父、お袋)
両親の脳天気な表情が脳裏によぎる。せっかくの休日に命がけで5体の地縛霊と対峙しなきゃいけなくなったのは、元を正せば彼らに責任がある。俺は引き受けるとは言わなかったが、結局やることになってしまった。
少し、話が先んじた。ここで、2時間前の中華レストランに話を戻そう。
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