Epi120 逃げ切れるわけもなく

 花奈さんと軽く会話を交わし、葉月の部屋で暫し待機する。

 室内を見回すと感慨深いものがあるな。豪華な内装、豪華な家具。ひとりで居るには広すぎる室内。巨大なベッドはふたりで寝ても、余裕たっぷりだ。葉月と同衾も今じゃすっかり当たり前になったが。

 添い寝じゃない。完全に同衾だ。どこで道を誤ったのか。


 そう言えば、そもそも妾、なんて制度は日本にはすでに存在しない。江戸時代じゃあるまいし。

 だから二号だの妾だの自体も無い。

 葉月と結婚したら花奈さんとはお別れ。花奈さんと結婚したら、ここを出る方がいいんだろうな。葉月の目の前で仲睦まじい姿を見せられん。心を痛めるのが目に見えるからなあ。


 まさかふたりの間で揺れ動くことになるとは。

 腹を括る必要もあるし。


 決めた。


 時間になり葉月を迎えに行く。

 駅前で待つこと暫し。三人の姿が見えると車外に出て、出迎え乗車を促す。


「何人か知ってる人が居た」


 知ってるの意味は曽我部を知っていて、葉月はぜんぜん覚えてない、と言うものだったようだ。勝手に声を掛けて来られ、恭しく首を垂れてあいさつされたとか。


「葉月もこれから大学生だし、サークル活動とかゼミとかで忙しくなるな」

「やらないと駄目なの?」

「あのなあ、交友関係を広げることにも繋がるし、授業だけ受けてりゃいい、ってもんでもないぞ」

「直輝は?」


 こっちはそれどころじゃなかった。明日の食い扶持を稼ぐ必要があったし。生活苦で何の活動もできず仕舞い。

 その結果をのちに享受する羽目になったわけだ。だからこそ、できることはなんでもやっておくに越したことはない。


「ってことだ」

「ふーん……ねえ、パパとかママも同じ考え?」


 後席に向かって話し掛けてる。俺の言い分だけじゃ信じられんってか?


「そうだな。視野を広げる上では、多くの人と接することも大切だ」

「葉月の選んだ大学は海外との繋がりも豊富でしょ。だったら学べることはたくさんあるから」

「そうなんだ」


 だから言ってる。人との繋がりもそうだし、学びもあろうというものだ。すべて棒に振ったけどな。貧乏すぎて。

 それとだ。


「出会いもあるぞ」

「なんの?」

「男性女性問わず。ものの考え方も異なる人も多数。それと本当に愛せる人との出会いも期待できる」

「直輝が居る」


 違う。そんな熱に浮かされた程度の存在じゃない。ま、いずれ出会うかもしれんし、卒業後に出会うかもしれんし。

 明日にも気になる人ができないとも限らん。


「そのくらい多様な人が集まるのが大学だ」

「直輝以外要らない」

「だから……まあいい。いずれわかる」

「嫌なんだ。あたしが」


 嫌じゃない。けど、やっぱり葉月とは無い。


 屋敷に着くと三人を降ろし、車はガレージに仕舞い込む。まあ、無事に往復できた。少しは運転にも慣れたんだろうな。花奈さんには遠く及ばないけど。

 葉月の部屋に行くと、やっぱそうだよな。


「準備万端ってか?」

「ずっと待った」

「一年も無かったと思うが?」

「長かった」


 ベッドに座り込んで、まっぱだし。枕元にはしっかり珍子ちゃんが配備されてる。それとウェットティッシュ。瓶がひとつ。たぶんローションだろう。

 まさに俺を食らわんと準備していたわけか。


「直輝。その無粋なスーツは脱ぐんだよ」


 やばいなあ。さっきまで葉月は無い。そう思ってたのに、なんでこんなに流されるんだろ。

 いつもの葉月みたいなアホな雰囲気じゃない。真剣さもある。そして何より俺を欲してるのがわかるんだよ。

 それとさあ、シーツ……もうあれじゃん。すごい期待して溢れ返ってるんだろう。


「あのさ」

「四の五の要らない」

「聞いてくれ。俺、葉月とは」

「聞かない。直輝が欲しい」


 あかん。

 ベッドから降りて俺にしな垂れる葉月が居る。耳元で囁く。


「直輝の気持ちがあたしに向いてないのは知ってる」


 それでも今はちゃんと向き合って、きっちり約束を果たして欲しいと。大学にしても勉強にしても、俺を迎え入れるために選んだんだからと。跡継ぎのことも考える必要は無い。自分が立てばいいと。俺には傍で支える存在であれば、それで充分だとも。

 ゆっくり服を脱がされる俺がいる。

 こんな殊勝な態度の葉月を放り出せるわけが無い。


 まじめな葉月は驚くほど魅力的だ。普段のアホさ加減は鳴りを潜めてるし。

 そうなるとなあ。俄然元気な股間が居る。張り切りすぎだっての。


 あかん。我慢も限界だ。

 やっぱ葉月を好きな気持ちもある。花奈さんも好きで結婚したいと思う。それを打ち消す魅力を持つのも葉月だ。葛藤しつつも性欲は抑えきれん!

 食らうぞ。葉月の隅々まで。いや、頂かせてもらおう。こいつの体はエロ過ぎる。抗える代物じゃ無いんだよ、もともと。


「葉月」

「直輝。来て」


 暫しのやり取り。

 そして葉月の念願叶って、ついに結ばれた。

 でもさあ、痛いとか無いの? 三回目まで来てるんだけど。


「痛みは?」

「感じない。直輝だからだと思う」


 あんのか、そんなこと。まあ知らんけど。

 でだ、性欲を発散させ頭が冷静さを取り戻すと。


「やべえ」

「なにが?」


 やっちまったよ。

 朝までは葉月とは無い。そう思ってたのに。

 花奈さんと決めて、葉月とは別れる。そう決心したのに俺の腕の中に葉月が居るし。

 これ、逃れられない運命って奴なのか?


「曽我部の家」

「入る必要無いってば」

「傷物にした」

「むしろ嬉しい」


 違う。花奈さん。

 きっと待ってる。俺が葉月と別れて迎えに来ると。どうする?


「あ、あのさあ」

「無かったことにはできないから」

「だよな」


 じゃなくて。花奈さんと。


「中条? 話し合った」

「は?」

「ちゃんとどうするか話し合った」


 妾や二号なんてのは制度的に存在しない。通常、花奈さんとも切れないと不倫関係。


「あたしはその関係を認めた。世間がどう思うかなんて関係ないから」


 花奈さんの気持ちを最大限汲んで、法律上は不貞行為であっても、当事者同士で納得の上での付き合い。

 子どもを儲けることも否定しない。全部受け止めるから俺を寄越せと。

 真剣に腹を割っての話し合いをしたそうだ。


「あたしが週に四日。中条は三日。直輝はちょっと大変だと思うけど、それぞれの部屋で過ごすから」


 なんだそれ。

 俺の居ない三日間は経営者になるべく、勉学に励む時間にするそうだ。

 そして。


「名字は向後を名乗るから」


 婿としてではなく、俺に嫁ぐ形になると。

 それでいいのか?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る