Epi118 お嬢の高校卒業前夜に

 家族が帰り一週間ほど経過すれば、いよいよ葉月の高校卒業となる。

 卒業後に繋がるのか、大学入学後に繋がるのか、葉月と俺の間でかなり揉めた。


「卒業したら自由って言ってた」

「大学入学式以降だ」

「パパもママも今すぐやってもいいって言ってる」

「俺がそれを認めない」


 このやり取りを数日に渡り続ける羽目に。頑なに譲らない葉月と、先延ばしにしてうやむやにしたい俺。双方の思惑は一致するはずも無かった。

 葉月と事に至ると言うことは、同時に婚姻関係を意味しかねない。なにしろ「生でやるんだからね」と抜かす葉月だ。生は確かに望みたいが、それ即ち腹を括る必要がある。

 万が一、その時の一発で大当たりとなれば、その時点で曽我部入りが確定だ。


「大丈夫だと思うけどなあ。一回や二回でなんて、早々できないと思うけど」

「そう思って油断すると当たるんだよ。世の中見て見ろ。できちゃった婚の哀れな末路を」


 無責任な関係性の末の悲劇は枚挙に暇がない。大概は男がものを考えず猿になってるからだが。

 親になる心構えも無く親になる。そして邪魔になり虐待して、あげく死なせてしまう。大人になり切れないガキが、子どもをこさえて、結果死なす事例は数多い。


「だから、生は無い」

「いいのに。だって、生まれたらパパもママも面倒見てくれるよ」

「人に頼るな。自分で育てるんだよ」

「そうだけど、無理な時もあるじゃん」


 初めから頼る気での妊娠なんて認められるか。

 子どもが哀れすぎる。


「じゃあ、生はいつならいいの?」

「結婚後だ」

「堅いなあ」

「そうじゃない。心構えの問題だ」


 責任を取ること。そして授かる命を大切にすること。自分自身が大人になれないと、子どもを愛することすらできん。大人になり切れないガキが子を儲ければ、それはただの飯事ままごとにしかならん。

 それだと子どもが不幸だ。


「ってことだ」

「じゃあ、それは譲る。大学卒業して結婚したらでいい」


 代わりに高校卒業したら、即一発とか抜かしやがる。

 それを避けたいから、こうして抵抗してるんだがなあ。

 どうにか避けたい事態。花奈さんとの結婚を意識してるのもある。葉月と結婚なんてしたくない。いや、葉月自体はいい。ただ、曽我部に入りたくないだけだ。背負うものが巨大すぎて、確実に潰れるのが目に見えてるからな。


 旦那様も奥様も背負う必要は無いとか言ってるが、ひとり娘だろ。その時が来たら曽我部に入れと言うに決まってる。

 だが俺には不可能だからな。そんな能力は皆無だ。


「卒業式後に処女も卒業」

「大学入学後」

「遅い。ずっと待ってる」

「遅いったって、ひと月程度だろ。我慢しろ」


 でだ「あたしのこと、嫌いなんだ」とか言い出した。


「あたしは直輝をずっと愛してきた。でも直輝はあたしを嫌いなんだ」

「違う。そうじゃないって」

「中条は好きなんでしょ? でもあたしを嫌ってる。金持ちを嫌ってるから、あたしも同じって見てる」

「葉月は少なくとも違うだろ。そこらの成金バカとは」


 泣き出してるし。

 今は葉月を嫌うとか一切ない。むしろ変態な部分を除けば、本気で欲しいと思うくらいだ。ただ、その気持ちと同時に花奈さんへの想いもある。

 今はどっちとか言えない状態なんだよ。

 それをわかって欲しいんだがなあ。まあ無理か。いつまでもふらふらしてる俺が悪い。


「とにかく四月まで待ってくれ。その時には腹を括る」

「やだ。今すぐ直輝が欲しいのに」

「そこで駄々をこねないでくれ。俺にも決断する時間が必要なんだよ」

「一年あったのに」


 そう。ここに来てすぐ花奈さんに惚れた。花奈さんも同じだった。だから俺としては花奈さん一択だった。

 だが、葉月も同じようにずっと一途に思い続けてる。

 これを選べってか?

 なんか、多夫多妻制とかあったら、なんの問題も無かったかもしれん。今どき一夫一妻制なんて時代にそぐわないと思うんだがなあ。少子化なんだから、なんでも認めりゃいいのに。


 男女問わず財力があっても相手はひとり。そこだけは縛りを設けてる。意味ねえぞ。

 そもそも一夫一妻に生物学的根拠が無い。一夫一妻になったのは細菌だとする説が、どっかの国で出たみたいだが。日本でもそうだと言えるか?

 結果、どの国も自ら首を絞めることになってる。先進国の少子化は深刻だろうに。

 バカだ。頭が硬直化し過ぎてる。


「まあ、なんにしても、俺が優柔不断なのもあるが、花奈さんだって放っておけない」

「中条と結婚するんだ」

「したいさ。一番は花奈さんだ」

「じゃあ、すればいい。あたしは二号でもいい」


 いいわけねえだろ。なんだ二号って。


「曽我部に泥塗りまくりだろ。拾ってもらった恩を仇で返すようなもんだ」

「あたしは気にしない。直輝と一緒になれるなら」

「家柄ってのもあるだろ。少しは意識しろっての」


 こうして卒業式前夜にまでもつれ込んだ。

 結論は今も出てない。


「卒業式だ。送るぞ」

「直輝。今夜」

「無い。それは認めない」


 落ち込み気味だけど、誰が何と言おうと今夜は無い。

 俺の腹が据わってない。まだふらふらしてるし、花奈さんと別れる選択肢も無い。どうすりゃいいのか、ずっと考えても結論は出ないし。

 ただひとつだけ、曽我部の家には入らない。曽我部を名乗る気も無い。


 学校まで送り届けると「直輝。ちゃんと考えてね」と言って、校内に向かう葉月だった。

 葉月が普通の家庭の子なら、こんなに悩まずに済むんだけどな。


 一旦、屋敷に戻り花奈さんに会う。


「卒業式ですね」

「そう。いよいよ」

「直輝さん」

「なに?」


 葉月と結婚しろと言い出した。なんで? だって、俺と望んでたはず。


「私はお嬢様が許すなら妾でも構いません。お嬢様を妾にするわけにはいかないんです」

「それはわかるけど、でも俺は」

「直輝さん。お嬢様の気持ちは痛いほど、私にもわかります」


 将来のことまで考えると、葉月と結婚するのが俺にとってベストだと。もちろん、苦難も多いだろうし、容易に経営者になんてなれない。しかし、それらを乗り越えれば、俺自身の成長に繋がる。例え経営者になれずとも、曽我部の企業で働いていれば、一定程度のステータスもある。


「私も期待してるんです。直輝さんが曽我部の頂点に立つことを」

「無理だって」

「いいえ。旦那様も奥様も見込みがあると仰っています」


 俺自身が向き合うか否かだけだと。


「見せてください。底辺からトップに至る様を」

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