Epi115 メイドさんの家族のこと
妹は春からメイドとして経理担当として採用が決まり、二か月後に来ることになった。基準は俺とか言ってたらしいが、できの悪さを基準にしたとしか思えん。
ろくな資格も持たず執事としての仕事もほぼしてない。葉月を相手にしてるだけだ。とても執事とは呼べないだろ。
俺と比較したら妹は優秀なんだろう。資格を活かした実務経験もあるんだからな。
妹の面接と家族旅行を兼ねた三日目の今日も、しっかり都内観光をしている。
定番とも言えそうな渋谷から青山、虎ノ門、そして皇居へのコースを組んだ。俺じゃない。花奈さんが組んだコースだ。今もほとんど都内のことはわからんし。
結果、すべて花奈さんに丸投げ。
田舎から出てくるとスクランブル交差点は、やっぱり驚くんだな。スクランブルスクエアに渋谷ヒカリエを見て回り、渋谷ストリームで昼食を取る。店の種類と数の多さに驚いてるが、俺としてはこんな気取った店に用は無い。もっと地味な店の方が好みだし。それでも田舎者には煌びやかな雰囲気が堪らんようだ。
ついでにスクランブルスクエアでは、ショッピングも楽しみたいとか抜かすし。金も無いのにと思ったが、俺の財布を当てにしてるようだった。
「じゃあ、ひとり十万」
「兄ちゃん太っ腹」
「なんか催促したみたいで」
「美沙樹にはいずれ返してもらう」
なんで、とか言ってるが、俺より優秀なら稼ぎも良くなるだろう。だったら上位者が下位者に奢るのは当然だと言っておく。
「兄ちゃん。面接で言ってたけど兄ちゃんの信用だって」
「なんだそれ」
「兄ちゃんの仕事ぶりを見て、あたしも期待できるんだって」
「あり得ん」
仕事なんてしてないぞ。葉月の相手してるだけで。アレを仕事と言うようだと、世の中舐め切った連中で溢れ返る。毎日如何わしいことしかしてないし。他は送迎するのと洗濯や掃除程度。専業主婦より遥かに楽してるし。別の意味で苦行ではあるが。
でだ、葉月が旦那様に電話してるし。
「パパ。あたしもなんか買ってもらうから」
要らねえだろ。なんでも揃ってるじゃねえか。
「それでね、直輝の家族の分も一緒でいいかな?」
なんだそれ。うちの家族の分まで負担する理由が無いだろ。
「いい? じゃあ直輝に言っておくね」
「おい」
「なに? あたしの買い物ついでに、直輝の家族の分も一緒にしちゃえば、面倒臭くないでしょ」
電話を切り終える時点で突っ込んだけど。どうやら葉月ならではの、おもてなしをしたいらしい。家族の分だけとなると名目が立たないから、葉月の買い物とセット。一緒に会計すれば俺の自己負担は無い。そう考えたらしい。
それを旦那様に言うと快諾したとか。
「アホだ」
「アホじゃない」
「公私混同」
「お・も・て・な・し。だよ」
結果、限度額不明のカードで好きなだけ買えと。
だが逆にうちの家族が恐縮してしまったようだ。まあ、その辺の常識があって何よりだな。たかる気満々じゃなくて。
それでも、葉月に連れられファッションや、コスメなんかを爆買いしてやがった。
少しは遠慮しろっての。
「レシートすげえな」
「何枚?」
「十八枚」
「いくら使ったの?」
使った額を気にするのか? だったら何万円まで、とか決めておけばいいのに。
だが違った。
「全部足して百二十五万八千円くらいか」
「たったそれだけ?」
「は?」
「一千万くらい使っても文句言わないよ」
アホか。庶民が一千万の買い物なんてできるかっての。使い方すらわからん。百二十万でも驚きの使い方なのに。
よく買い込んだもんだ。当然だが手に持ってなんて不可能。小物はともかく、大物や服なんかは全部配送依頼しておいた。
買い物が済むと青山や虎ノ門辺りを見て、その後、皇居まで行き暫し散策を楽しむと、この日の行程は終了となった。
帰りの車の中では遊び疲れたのか、俺と花奈さん以外はみんな寝てるし。
途中、車を一旦止めてナビシートに移動した。
「お嬢様のお相手は?」
「寝てるから」
「少しお話しできますね」
「なんか、アホな家族に付き合わせちゃって。ありがとう」
微笑んでるし。やっぱ花奈さんはいいな。
「そう言えば、花奈さんの家族とか故郷って」
「聞きたいですか?」
「興味はあるけど、話したくないなら無理には」
「出身は横浜ですよ。隣ですから故郷、と言う感じは無いですね」
知らんかった。もともと都会の人なのか。
「横浜とひと口に言っても広いですから」
横浜市の港南区出身だとか。緑区や保土ヶ谷区、旭区や瀬谷区ほど田舎臭くないらしい。それでも中区や西区に比べると地方色があるとか。
「地方から見た横浜の姿は、中区の臨海部でしょうから」
「ああ、みなとみらいとか、赤レンガ倉庫とか山下公園、あとはあれか、中華街に本牧」
家族のことも話してくれた。
「父と母、それに弟と妹が居ます」
「三人兄弟?」
「私の家も貧乏ですよ。三人育てるとお金がかかるので」
貧乏も程度があるしなあ。
「それでも弟も大学を出てますし、妹も大学在学中ですから、直輝さんの貧困より恵まれてますね」
うちは俺を大学にやるだけで精いっぱいだった。まあ、それよりは恵まれてるってことか。
「ですが、家族の温かさは直輝さんの家の方が上だと思います」
「そうかなあ」
「そうですよ。うちは夫婦喧嘩も多くて、いつも文句ばかりでした」
いろいろあるんだなあ。そう言えば親父と母ちゃん、あんまり喧嘩してるとこ見たこと無い。仲はいいのか。貧乏だから結束が強いのかもしれん。
互いに支え合わないと生きるのも辛いからなあ。
「ですから大学卒業と同時に、曽我部のメイドになってますよ」
「募集してた?」
「いえ。大学の先輩の伝手で紹介してもらいましたから」
「伝手? 先輩ってメイド?」
メイドではなく、曽我部の企業に就職した優秀な先輩が居て、そこから話が来たそうだ。その先輩の紹介だからと、面接に漕ぎ着け、めでたく曽我部のメイドになれたと。
「早く家を出たかったのもありますね」
なんか花奈さんも家庭で苦労したんだ。
「妹とか弟とは仲いいの?」
「今はほとんど連絡とって無いですね。家にも帰ってませんし」
「えっと、なんで?」
「家族がバラバラなんです。夫婦仲の悪さは家族に影響しますから」
なんか、思っていたのと違って、相当重い。
単純に金は無くとも結束の強い我が家。大学へ行ける経済力はあっても、家族はバラバラか。俺って幸せなのか?
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